31話 真夜中の再会

 ザンギスとの邂逅より数日前の話。


 王城における戦いより数週間後、キッドやフリーダ達の傷も癒え、本調子を取り戻していた。ただ一人、ニールを除いては。


「脳に深いダメージを負っているようだね。出血が多かったのが原因みたいだ」


 王城の客室にて、『雷血』の吸血鬼にして医者でもあるヴォルトが横たわるニールを診て言う。ニールはネールを氷毒のヴラドの攻撃から庇ったがために深い傷を負い、今も昏睡状態にあった。


「そんな……何か兄さんを助ける方法はないんですか!?」


 ベッドの側でネールが悲痛な叫びを漏らす。


「ない……訳じゃないけど……しかし……」


 ヴォルトが口ごもりながら話しているとネールが何かを察して大きく目を見開く。


「まさか……もう兄さんは吸血鬼にならないと助からないんですか……?」

「ま、まったまった!違うんだ!いや違くないけど!……僕はキッド君のやり方を試そうと思ってる」


「キッドのやり方だと?」


 キッドの名前が出て部屋の隅にいたフリーダが話に入ってくる。ちなみにヴォルトはフリーダに拉致されるような形でこの王城にやってきていた。


「キッド君は吸血鬼の血を摂取することで人間から吸血鬼になり、しかも吸血鬼から人間に戻ることができるというこれまで前例のない人間でね。おそらく、母乳がわりのフリーダさんの血を少しづつ与えられていたことと、キッドくんが『忌血』であったことが要因だ」

「それってつまり……」

「そう、キッド君のようにすることで昏睡状態から回復させられるかもしれない。ニールさんも同じ『忌血』、可能性はゼロじゃないはずだ」

「なるほど、では早速私の血を分けてやろう」


 そう言ってベッドに近づくフリーダをヴォルトが手で制止する。


「いや、まずはキッド君の血を使おうと思う。下手に真祖の強烈な血を与えると拒否反応が出るかもしれなちからね。徐々に慣らしていかないと」

「しかしそれだと長い時間がかかるのではないか?私の血を飲んだキッドでさえも、真に吸血鬼に目覚めたのは10歳前後だ」


 フリーダは心配そうにネールを見ていう。フリーダの視線に気がついたネールは力強く言う。


「いえ、私は待ちます。たとえ何十年かかろうとも、兄さんが目覚めてくれるのなら」

「まあ僕も何年も人の患者を診てるから、時間感覚は他の吸血鬼よりは人間に近いはずさ、僕の全知見をもってなるべく早く治療してみせるよ。ところでキッド君はいまどこに?」

「パトロールだ。日課のな」


 *


 真夜中の王都を、キッドは一人歩いている。光源は月明かりのみで、辺りに人の気配はない。静寂が辺りを包んでいた。


「このあたりかな」


 キッドは道の途中で立ち止まると、持っていたナイフで自分の手のひらを切り裂く。


「いてて……」


 手から血がしたたり、血の匂いが辺りに充満する。すると路地裏から数人の足音が聞こえてきた。現れたのは家政婦の女性、職人の老人、憲兵の青年と年齢も職業もバラバラの者たちであった。彼らは影鬼エイキと呼ばれる、人間社会に溶け込んでいる鬼たちだ。


 キッドは包帯に血を染み込ませると、それを彼らに渡していく。彼らはそれを受け取るとキッドの手に数枚の貨幣を握らせる。キッドが要求したのではなく彼らが自発的に渡して来ているのだ。社会に溶け込んでいる彼らなりのプライドもあるのだろう。


 このは無言のまま行われる。互いに干渉しすぎないためだ。だがこの日ばかりは、憲兵の青年がキッドに耳打ちをしてきた。


「大通りの方から来ている、あれは私たちも知らない吸血鬼です。お気をつけて」


 憲兵の青年は急ぎ足で去っていった。そしてキッドは大通りの方向、遠くを見つめる。


もどうぞ。べつにお金とかは必要ないですから」


 現れたのは吸血鬼の大男だった。だが様子がおかしい。目を血走らせ息を荒げている。男は飢餓状態にあった。キッドはおずおず男に話しかける。


「……い、言っときますけど、ちょっとだけですよ?」

「血……久しぶりの血……たらふく……飲む!」


 だが男は聞き耳を持っておらず、牙を曝け出してキッドに突進してくる。


「もう!仕方ないなぁ!」


 キッドも腰に差した刀を抜いて応戦する。男の爪の攻撃を刀で防ぐと、足で男の体を蹴り倒す。仰向きになった男を足で押さえつけながら、男の口に血を垂らして飲みこませた。


「空腹感も収まれば正気に……」


 血を飲んだ男の目が正気を取り戻す。辺りを見渡し、自分が今どこにいるのか確認する。


「あ!大丈夫ですか!?もう飢えは感じませ」

「もうダメだ」


 男の顔が急に絶望に歪む。


「あの方に血を持っていくはずだったのに、俺が先に血を飲んでしまった。きっとタダでは済まされない。もうダメだ。ダメだ。ダメだ」

「あ、あの」

「ダメだあああああああああああ!!!!!!!」


 男の体が痙攣をし始める。それだけではない。全身が充血し始め皮膚の下から筋肉が膨らみ始めたのだ。


「これは……肉体の自己崩壊!?飢餓と過剰なストレスが引き起こしてしまったのか!」

「あがおおおおおおおお!!!!!!!!!」


 極度に肥大化した腕がキッドに襲いかかる。キッドは下からの攻撃を刀で防ぐが、キッドは刀ごと吹き飛ばされてしまった。体勢を崩したキッドに男は追撃しに来る。キッドが吸血鬼化しようと懐の血の瓶に手をかけたそのとき。


「懐かしい匂いがすると思ったら、なんだ坊やじゃないか」


 そのとき、銃声とともに男の足が吹き飛んだ。だが男はひるまず、なおもキッドに突進を続ける。すると男とキッドの間に赤い道着を着た若い男が割って入った。


「人々を守るのもハンターの役目ネ」


 道着の男は吸血鬼の腕を掴むと勢いを利用して地面にたたきつけた。


「バイアスさん!今ヨ!」


 その掛け声と共に、槍を持った男が上から降ってきた。


「こいつで止めだ!」


 槍は吸血鬼の心臓を貫き、体はみるみるうちに凍りついていく。そして吸血鬼の体は崩れていった。


 キッドは手をついて立ち上がると現れた人物達に声をかけた。


「助けてくれてありがとうございます!マリアさん!バイアスさん!……と知らない人!」


 キッドとヴァンパイアハンター達の再会であった。


 *


「いや〜坊や久しぶり〜元気してた?」


 フランクな口調で話しかけてきたのはヴァンパイアハンターのマリアである。露出度の高い金髪の女性で、銃を用いて吸血鬼と戦っている。最近英雄二人ニールとネールを真似て黄金の弾丸ゴールデン・バレット名乗自称っているようだ。


「よお北都以来だな。で、何やってんだ夜中にこんなとこで」


 威圧感のある口調で話しかけてきたのは、『凍血』の吸血鬼でありながら、ヴァンパイアハンターをしている異端の吸血鬼、バイアスだ。いかつい顔とスキンヘッドをしている。


「バイアス、年頃の少年に深夜なにやってるかなんてヤボなこと聞くもんじゃないネ」

「いや!違いますからね!?変な想像しないでくださいよ!」


 独特な口調で話している男はキッドの知らない男だった。黒い髪を後ろで纏め、着ている赤い道着の背中には、金で龍の刺繍が入っている。東洋の国から来た人物だということは読み取れた。


「あ、あのー貴方は?」

「やあ!ワタシ、ヤンと呼ぶアルネ!武者修行を兼ねてハンターやってるヨ!アナタ『炎血』の真祖討伐に協力したすごい人、ワタシも名前知ってる。キッド君よろしくアル!」


 ヤンの独特な話し方に戸惑いつつ、キッドもハンター達に問いを投げかける。


「皆さんはここでなにを?」

「吸血鬼を追ってたのヨ、さっきのやつネ」

「坊やは覚えてるかい?私と坊やが一緒に戦った『凍血』の吸血鬼を」


 キッドとマリアは過去に、ブリーズと呼ばれていた上位吸血鬼エルダーヴァンパイアと戦ったことがある。


「そいつはたくさんの部下を率いていてね……まあ坊やと戦った街では連れてた部下は一人みたいだったけど」

「問題はそいつが死んだ後だ。ブリーズが死んだ後、そいつの部下の吸血鬼が数十人も残った」

「それが各地で被害を?」

「それだけならまだマシだったんだけどな。統制の取れてない奴らなら各個撃破できる」

「ではなにが……」


 バイアスは深刻そうな顔で答えた。


「そいつらはな……を始めたんだ」

「共喰い?」

「同じ血の吸血鬼同士が相手を喰らい血を取り込む行為のことネ。上位吸血鬼と普通の吸血鬼の違いは真祖の血の濃度、真祖に近ければ近いほど強いアル、なら真祖に近づくには?……他者から血を奪えばいいネ」

「つまり残った奴らで殺し合ったってことだ。ただの吸血鬼の血でもかき集めれば上位吸血鬼レベルになる」

「そして共喰いを生き延びた奴らが徒党を組んで、ここの近くの大きな森、死の森ワールヴァルトで大集団を形成し始めてね。さっきの吸血鬼はそいつらの手先さ」

「ワールヴァルトってことは……王都が危ない!?」


 ハンター達は頷いてキッドの言葉を肯定する。


「無論協会もその動きは察知していた。今ハンター達を集めて殲滅作戦が計画中さ。ここ王都を拠点にね」

「俺たちも収集をかけられてな。ところで『忌血の英雄』ニールとネールに連絡は行ってないのか?」


 バイアスの言葉を聞いてキッドの表情が曇る。


「ニールさんとネールさんは……今戦える状態にありません」

「それはホントアルか!?作戦は彼らの戦力を前提に立てられてたような……」

「構わねえよ。アイツらが出ばらないならより俺の『栄光』につながるってもんだ」

「う〜ん困ったなあ〜どこかに英雄と並び立つような。『炎血』の真祖討伐にも寄与したような勇気ある人はいないかなあ〜」

「……マリアさん。言われれば僕行きますよ……」

「本当!?さっすが坊や!」


 なんならキッドは言われなくても行っていただろう。英雄二人が動けない今、キッドは自分が人々を助けなくてはという意思を持っていた。


「あ、でもハンターじゃない僕が作戦に参加して大丈夫なんですか?」

「大丈夫、私たちが話を通しておくよ」

「ハンターじゃないっていやぁ。お前知ってるか?非合法イリーガルハンターの話」

「……非合法ハンター?」

「協会に所属してないハンターのことネ。なんで所属してないかっていうと大抵闇の深い所業を行なってるからヨ。吸血鬼の血から武器を作って裏社会に流したり、貴族の依頼で女吸血鬼の剥製を作ったり。ろくなことしてないネ」

「その中でとびきり名の知れたやつがいる。って言うやつだ」

「ザンギス……」

「ヴァンパイアハンターには種類があってね。一つは吸血鬼に家族を殺された恨みでハンターになるやつ。もう一つはお金や名誉を求めてハンターになるやつ。私たちみたいなね」

「修行目的ってのもあるヨ!」


 流石にそれはレアケースでは……とキッドは内心思う。


「だがザンギスはそのどれにも属さない。ヤツはな……ハンターをやっているんだ」

「ええ!?それって危険人物じゃないですか!」

「だが今のところやつが殺人を犯したという記録は残っていない。表に出てないだけかも知れないがな」

「吸血鬼を殺すってだけなら人々には英雄と変わらないからね、捕らえる理由がない。……だけどね、やつが殺した吸血鬼の死体を見れば、アイツを英雄だなんて決して呼びたくはならないさ」


 キッドは心の中で何かを決意する。そしてハンター達をまっすぐ見つめて言った。


「僕、止めてみせます」


 その言葉を聞いてマリアはポカーンした顔をする。


「止めるってなにを?吸血鬼達の襲撃を?それとも……」


 キッドは自分の手を深く握りしめた。


 *


 数日後、作戦決行日。


 森の入り口に、キッド、マリア、ヤンの3人が並び立っていた。しかしバイアスの姿は見えない。マリアが銃のチェックをし終えると言う。


「作戦通りやるよ。坊や作戦内容は?」

「……吸血鬼を見つけ次第倒す。それを守って各々が自由にかつ臨機応変にやる」


 つまり行き当たりばったりで、作戦なんてあってないようなものなのだ。


「まあ個性の強いハンター連中に連携や協力なんて無理ネ。このやり方が一番いいのヨ」

「ぼ、僕らはちゃんと助け合いとかしましょうね。……すでにバイアスさんの姿は見えないけど」


 マリアは銃を空に向けると空砲を撃って音を響かせる。これが作戦開始の合図だ。


「ワールヴァルト殲滅戦、開始!」


 かくして、吸血鬼対ハンターの最大規模の戦いが始まった。

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