五章 悪性は人鬼を問わず
死の森のフロスト
30話 邪悪なるものたち
「氷毒のヴラドが死んだ」
朽ちかけた古城の一室、円卓に座った男の一人が淡々とそう告げた。男は彫りが深く無愛想な表情をしており、感情を読み取ることができない。円卓には他にも数名が座っているが、円卓の席は埋まり切っていない。そしてそのいずれもが身を黒色のローブで包んでいた。
「そ、そんな……氷毒のヤツが……!?嘘だろノーネイム!?」
円卓に座っていた男の一人が驚きの声を上げ、肩を震わせて嗚咽を漏らし始める。
「そんな、まさか、俺、信じらんねえよぉ!」
大声を上げる男を、ノーネイムと呼ばれた男は無表情で見つめている。
「だって、アイツが……アイツが……く、くく……あーひゃっひゃっひゃっひゃ!!アイツおっ死んじまいやがったのかよ!!あー腹痛ぇ!今日はなんていい日だ!」
「
笑い転げる男に向けて、円卓に座った女が文句を言う。だが男は笑い続けながら言う。
「笑わずにいられるかよ!アイツは何年も時間をかけながら、俺たちの悲願成就のためにコツコツと計画を進めてたんだぜ!?それなのに夢が叶うのを見る前に死んじまうなんてよ!アイツはどんな絶望を味わったんだろうと、想像するだけで笑いが止まんねぇ!あひゃひゃひゃ!!」
次の瞬間、氷炎雷のヴラドの喉元にナイフが突き刺さっていた。氷炎雷は一瞬呆然とした表情をするが、すぐに喉からナイフを引き抜き、自分にナイフを投げた人物を睨み付けて血の混じった声で話し始めた。
「炎毒、でめえ俺に喧嘩売っでんのが?」
「聞き取りにくいな。もっとハキハキと喋ってくれ」
炎毒と呼ばれた女は冷たい目で氷炎雷を見つめながらそう答えた。氷炎雷が右手に炎、左手に電気、口から冷気を漏らして、臨戦態勢をとったとき。
「あ〜ら、やめなさいよ同じヴラド同士で喧嘩なんて」
円卓のテーブルの上に、女口調の人物が立って仲裁に入ったのだった。しかしその人物は誰が見ても男だった。化粧で青白い肌をさらに白く染め、唇は血のように真っ赤であった。
「邪魔すんじゃねぇカマ野郎!」
「雷氷、どけ。さっさとそいつを静寂にしてやる」
しかし未だに一触即発の状態は続いていた。雷氷はため息を吐いたあとノーネイムを見ていった。
「ノーネイム、殺し合いになる前にはじめてちょうだい。まだ全員揃ってないけどいつものことでしょう?」
「ノーネイムさんは人望がねえからなぁ!あひゃひゃひゃ!」
「召集したのがお前だったら誰一人集まらないだろうがな」
「ああ!?」
言い争う二人を余所に、ノーネイムは相変わらず無表情のまま話始めた。
「氷毒のヴラドは『忌血の英雄』ニールネールによって葬られた」
「『忌血の英雄』……ならそれって氷毒ちゃんはあの子に間接的に殺されたってことかしら?」
雷氷のその言葉に氷炎雷はしばらくポカンとしていたが、何かを思い出すと再び笑い始めた。
「なんだよそれ!ウケる!アイツの忌血は殺さない癖がここに来て伏線回収かよ!」
「どうする?ヤツが英雄を生かしておいたばかりに起きた事故だが、責任を取らせるか?」
ノーネイムは黙って首を横に振ると話を続けた。
「氷毒の死は今となってはもはやどうでもいいこと。本題はここからだ。氷毒の死の現場、ヴァーニア王国の王城で、『鉄血』の真祖、フリーダの存在が確認された」
その言葉に全員が息を飲む。そして恐怖と高揚感の入り混じった声で雷氷は話し始めた。
「それは……私たちが滅びる危機であり、逆に私たちが『鉄血』の力を取り込む機会でもあるということね」
「アイツにも教えてやろうぜ!パーティーの始まりだ!楽しくなってきやがった!」
「お前は返り討ちに合わないようにするんだな」
「あん!?」
「『鉄血』『毒血』『凍血』『炎血』『雷血』真のヴラドの顕現には、すべての血を取り込む必要がある。時は来た。『
無表情を保っていたノーネイムが、突然笑みを作り出しそう言った。そして、全員が揃って一つの言葉を口にした。
「今日はいい日だった。明日はもっといい日にしよう」
ヴラドたちは闇の中へ溶けていった。
絶望を追い求めるために。
*
「ひいい!クソ!まだアイツ追ってきやがる!」
深い森の中を、一人の男が走っていた。だが男は様子がおかしい。目を黒く染め、牙を伸ばし、背からは羽が生えていた。
男は吸血鬼だったのだ。
「ハハハ!逃げろ逃げろ!それでこそ狩り甲斐がある!」
そしてそれを追うもう一人の男、その男は人間であった。顔に大きく斜めの傷が入っており、目を血走らせていた。第三者が見たらどちらが人と吸血鬼なのか勘違いしそうな状況であった。
「クソ!ブリーズのやつがいなくなってせっかく自由に血を吸えそうになったってのに!ああ!」
逃げ惑っていた吸血鬼の男が、飛び出ていた木の根に引っかかり転んでしまう。
「鬼ごっこはもうおしまいかなー」
倒れた吸血鬼に傷の男はゆっくりと歩みよる。そして真後ろに立つと舌舐めずりをしながらナイフを構えたのだった。
「ヴァンパイアハンターが!凍りつけ!」
倒れていた吸血鬼は男がある距離まで近づいてきたと同時に飛び上がり、傷の男に腕を振るう。
だが、その腕は男に届かなかった。
吸血鬼の腕の肘から先が一瞬にして切り飛ばされていたのだ。
「ぐ、ぐあああああああああああ!!!!!!!」
「ヴァンパイアハンター?いや俺そんなんじゃねえよ。俺協会に所属してないもの」
腕を切り飛ばされた吸血鬼が異変に気づいたのはそのすぐあとだった。
腕が再生しない。
通常なら即座に再生させられるはずなのに、男のナイフで切られた腕が全く再生しないのだ。
「ハハハ!すげーな!さすがドクターマーカスの武器!効果覿面だあ!」
男はナイフを惚れ惚れしながら見つめたあと、また吸血鬼に視線を戻す。そして淡々と喋り始めた。
「俺吸血鬼って大好きなんだよ」
「……は?」
「まず人間と似たような姿してるだろー、そんでもって切れば血を流してくれる。あ、あと悲鳴も上げてくれるんだよな。そしてなにより耐久力が高いってのもいい。他の動物は切るとすぐ死んじゃうからさぁ、あと表情も重要ね、刻まれてるときの痛そーな顔、大好き」
「な、何を言って」
「俺この仕事が天職だと思うんだよ。人を殺すと犯罪者だろ?でも殺すのが吸血鬼相手なら一転、英雄になれるんだ。だからいつも思うんだ。……人とそっくりな姿、形、心を持ってくれて、ありがとうって」
「てめぇ!イカれてる!」
「あーもう我慢できねぇ。博士は生け捕りにしてくれって言ってたけど一人くらいいいよな?」
「や、やめろ!」
傷の男は吸血鬼に歪んだ笑みを向けて言う。
「まずはさ、両手両足の指、次に目、鼻、耳、そして全身の皮を剥いでいくんだ。それが終わったら腹を裂いて内臓を取り出していく。それでもまだ生きてるようだったら、筋肉をみじん切りにしていくんだ。……お前はどの段階で死ぬかな?」
男はナイフを振り上げる。そして振り下ろされようとしたとき、
──吸血鬼の首が飛んだ。
だがそれは男の一撃によるものではない。
「大丈夫ですか?お怪我はありませんか?」
唖然とする男に、一人の少年が声をかけてきた。その少年は白い髪に紅い目を持ち、手には刀を携えていた。その少年の名は──キッドと言った。
男は我に帰った後すぐ、頭のない吸血鬼の胴体にナイフを突き刺す。だがすでに吸血鬼は絶命しており何の反応も返ってこなかった。
「吸血鬼はすぐに仕留めないとダメですよ。死を覚悟した吸血鬼は捨て身の攻撃を行なってくることもありますから、……いたぶるようなことをしていると、特にね。
眉をひそめてキッドの言葉を聞いていたザンギスは、突然何かを察知し、吸血鬼の体を蹴り飛ばした。直後、吸血鬼の体から氷柱が勢いよく飛び出す。蹴り飛ばさなかったらザンギスの体を貫いていただろう。ザンギスはイラついた様子でキッドの方を向いた。
「ありがたーく、その忠告覚えておくよ。だがよ。非合法ってなんだぁ?勝手に吸血鬼を殺すことを罰する法律はねえだろ?協会に所属してないってだけで非合法ハンター呼ばわりなんてなぁ。合法じゃねえが、違法でもねえだろ?」
「……そうですね。僕ももう何も言いません」
キッドは刀を鞘にしまうとザンギスに背を向ける。
「ですが、今のようなことを続けていては、いつか必ず命を落としますよ。吸血鬼はあなたが思っているよりずっと狡猾です」
そしてキッドは森の奥深くへ消えていく。ザンギスはキッドの後ろ姿を眺めながらそっと呟いた。
「へっ、命を落とすかもしれないから楽しいんじゃねえかよ」
ザンギスも夜の森を進んでいく、新たな獲物を見つけるために。
*
深夜、とある洞窟の奥、さまざまな器具が並んだ研究室に男がいた。その男は眼鏡をかけた中年の人間だった。複数並ぶ巨大なガラス管の中に、それぞれ吸血鬼が赤みがかった液体と共に入れられていた。
「経過は順調、次に必要なのは……『忌血』の血」
男はそう呟きながらレポートを書き記している。だが何者かの気配に気づき動きを止めた。
「あんらぁ、このナイフ、特殊な石で作られているみたいねぇ。目には見えないけど、太陽光より強力な光が出ているわ。それも人体にも有害なレベルの。だから再生できなくなるのねぇ」
男の後ろで、黒ローブをきた人物がナイフを持ってマジマジと見ている。ローブの下からは真っ赤に染まった唇が見え隠れしていた。その人物こそ『闇血』に連なるもの、雷氷のヴラドであった。
「女?いや、男か。何をしにきた吸血鬼、実験サンプルになりにきたのか?幸いガラス管にはまだ空きがあるぞ」
「まさか、私はどっちかというと実験する方よ。わたしはね、マーカス博士、あなたと共同実験を提案しに来たの」
「……意図が読めんな。私の研究は吸血鬼に害をなすものだ。それを止めるでなく共同研究を申し込んで来るとは」
「理由は単純よ。私と貴方の趣向が似通っているから」
「というと?」
「お好きでしょう?他人の絶望の表情が」
そのとき、マーカスの口角がわずかに上がった。
「……いいだろう。乗ってやろうじゃないか、君の提案に」
邪悪なる
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます