29話 満月の誓い

「エルマ、起きろ。ほら」

「うーんあと5分……は!?」


 フリーダに顔をペシペシと叩かれてエルマは飛び起きる。


「フリーダ様!戦いはどうなりましたか!?」


 エルマの問いに、フリーダは無言で彼方を指差して答えた。


 指し示した方向には、捕らえられたエリーゼ姫、気を失い倒れるニールとそれによりそうネール、そして、国王ツェペシュの亡骸が横たわっていた。亡骸の隣にはキッドが片膝をついて佇んでいた。


「……私たちの勝ち……でいいんでしょうかね」

「ネロは撃退し、エリーゼもキッドが捕まえた。そして何やら『あん血』のヤツも関係していたみたいだがそいつは『忌血の英雄』に倒されたらしい。キッドとアンナを守れたという意味では、私たちの勝ちと言っていいだろう」


「……そういえば戦っている時は気づかなかったけど何者かに私の『血』を使われたような記憶が。私の血を飲まれたとかあーサブイボ立つ」


「まさかまだ『闇血』の奴らがのさばっていたとはな。『五血大戦』のときにもろとも全滅させたつもりだったが」


「あのー、フリーダさん、エルマさん。これからどうしましょう」


 真剣な表情で会話をしている二人の間に、アンナがおどおどしながら入って来た。


「国王陛下は亡くなられてしまったし、今のこの混乱した状況をまとめられる人がいません。キッド君もネールさんも今は意気消沈してるし」

「ああ、それなら」


「やあ皆!連れて来たよ!」


 アイズが大きな声を上げて会場に入って来た。傍らには第三王妃エミリーを連れている。


「ふ、フリーダさん……この方が陛下に重篤なことが起きたと……」


 そういって連れてこられたエミリーは、ツェペシュの亡骸を一目見ると、絶句したままへたり込んでしまった。

 フリーダはエミリーにゆっくり歩み寄ると、しゃがみ込んで視線を合わせる。


「わ、私たち、怪物たちが現れて離れへと避難して、そうしてしばらくしていたら私たちを助けてくれたこの方に呼ばれて……い、一体なにが」

「エミリー王妃。混乱しているかもしれないが、国王亡き今、この場をまとめられるのはあなたしかいないんだ。兵士たちを集めて指揮を執ってくれ」

「私、そんなことできない……!」

「やるんだ。あなたの子を、トイ王子を守るためにも、大丈夫。私も協力する。ママ友のよしみだ」


 トイ王子の名前がでて、エミリーはハッとした後、覚悟を決めた顔をする。


「……これから他の貴族達を呼んでトイの戴冠式を行います。速やかに次の王を決めることが今のこの国に必要なこと、そうですよね?」


 そういうとエミリーは外へ飛び出していった。


「……ふ、母は強し、だな」


 フリーダは笑みを浮かべてエミリーを見送る。そしてわずかに怒気を込めた顔で、エリーゼ姫に歩み寄る。


「……私のキッドを傷つけた罪は重いぞ」

「……キッドを私の復讐に利用しようとしたこと、弁解の余地もありません。どんな裁きも甘んじて受け入れます」


 エリーゼはフリーダをまっすぐ見ていう。嘘偽りのない眼であった。


「ツェペシュが……が亡き今、私が生きる理由はありません。この命で贖えるならば、ぜひ」


 フリーダは逡巡する。彼女は『闇血』やネロたちの大きな陰謀に巻き込まれてしまった被害者でもあるのだ。だが一国の姫が吸血鬼となっているという醜聞や、王位継承権を持つ彼女の存在は、これからのエミリーやトイ王子の治世の大きな害となりうるだろう。


「……許せ」


 フリーダは剣を作りだし、エリーゼの首元に振り下ろした──


「はいストップ」


 剣はエリーゼの首を切り落としはしなかった。『凍血』の真祖、アイズが足で剣を防いでいたのだ。剣は凍りつき足の裏にくっついている。


「……なんのつもりだ?」

「お姫様の命の危機を救うなんてとっても『栄光』的じゃない?」

「説明になっていないが?」


 アイズは剣を弾き飛ばすとエリーゼを抱えて空中へ飛んだ。フリーダはすぐさま追撃しようとするが、アイズの指から飛んだ氷弾が手元に辺り、体が一瞬硬直する。


「冷ち!」

「いくら最強と謳われる君でもネロと続けて私と戦うのは難しいんじゃないかな?まあこの子は私に任せといてくれよ。君に迷惑はかけないさ」


 そう言ってアイズは羽を広げると、エリーゼを脇に抱えて天井の穴から空に飛んでいってしまった。そして悠々と城を後にしたのだった。


 なにが起こっているのかよくわかっていないエリーゼはおずおずとアイズに尋ねる。


「あの……どうして私を助けて……いや!貴方のしたことはおせっかいです!私はあそこで死ぬべき人間です!今すぐあの場所に戻してください!」

「君にはまだやることがあるだろう?」

「やること……?」


 アイズのその言葉にエリーゼは目をパチクリさせる。


「君の復讐は──まだ終わっていない。『ヴラド』はあいつ一人じゃないんだ。やつらを全滅させなければ君や、君の両親のような犠牲者がまたでることになる」


 エリーゼはその言葉を聞いて押し黙る。


「贖罪を果たすのはその後でもいいだろう?悪人退治、とっても『栄光』的じゃないかい?」

「……それが贖罪につながるならば」

「決まりだね!さあ朝日が登る前に帰ろうか!」


 アイズはさらに速度を増して夜の中へ溶け込んでいった。



 アイズを逃したフリーダは伸びをして、なんとも言えない顔をする。


「よかったですねフリーダ様」


 エルマが微笑をたたえて話しかけてきた。


「何がだ。よくない。やつらを取り逃してしまった」

「いえ、何やらお姫様を殺したくない様子でしたから」

「……まさか、私が情にほだされるとでも?私の顔に少し喜びが入っているとするならば、それは奴の氷弾のお陰で体内のネロの毒が完全に無毒化できたことによるものだ。これに免じて奴の今回の行いは不問にしてやることにする」

「ふふっ、まあそういうことにしてあげますよ」


 そんな会話をしている二人に、ネールが歩み寄ってきた。


「兄さんの意識が戻らないのです」


 二人は真剣な顔になりネールを見つめる。


「出血が多かったらしく……私の血も輸血したのですが……このまま意識が戻らなかったらと思うと」

「気をしっかり保て、兄が目覚めたとき、お前がそんな顔をしていたらきっと悲しむ」

「あの……もし……もしもの話なのですが……吸血鬼になれば兄さんの意識は目覚め──」


「それはダメだ」


 フリーダは力強い口調でネールの考えを否定する。


「それだけはダメだ」

「ですが兄さんは私を庇ってこうなったのです!なんとかして私が助けてあげなきゃ……!」

「落ち着け、私の知り合いに名医がいる。そいつならなんとかできるかもしれん。いいか、変な気を起こそうとするなよ?そもそも誰でも吸血鬼になれるわけではないからな。下手をすれば血に適応できずに死ぬことになる」

「……はい」


 ネールは気を落として戻っていった。そしてポケットから血の入った瓶を取り出し静かに見つめる。

 ヴラドが持っていたフリーダの『血』だ。


「……私と兄さん二人で『忌血の英雄』、そうでしょう?兄さん」


 *


 王城での惨劇から数日経ち、混乱は収束に向かっていた。エリーゼ姫は表向きはヴラドによって死んだことになっている。


 国王ツェペシュとエリーゼ姫の葬儀が済まされ、トイ王子が正式に王位を継いだ。エミリーはヴラドの工作で政治から爪弾きにされていた有力貴族達と、協力して今後の政治を行なっていくという。また騒動に吸血鬼が関わっていたこともあり、吸血鬼ハンター協会も立て直しに協力するとのことだ。


 そしてキッドは──


 深夜、王城の庭の一角、誰も目を向けないような花畑の中に、記名のない墓があった。そしてその墓の前にキッドはしゃがみ込んでいる。

 フリーダはキッドの背後へゆっくりと近づいてきた。


「キッド、ここにいたのね。こんな夜遅くにどうしたの?私たちはともかく貴方はもう寝る時間でしょう?」


(よし!ちゃんとお母さん口調で話せたぞ!)


 ネロとの激しい戦いでお母さん口調を忘れていないか心配だったが、ちゃんと話せたことにフリーダは内心ガッツポーズをする。


「……ここ、アンネさんの墓なんだって。記録抹消刑になったから名前は刻まれてないけど。こっそり遺骨を持ち去ってここに埋めたって、日記に」


 キッドは手帳を片手に持っていた。ツェペシュが遺した、自分とヴラドの悪事を示した日記だ。


「全ての悪事はヴラド一人の仕業と言うことになっているみたいね。まあそうかもしれないけど彼がまったくの無罪というわけでもないでしょうに」

「その方が、真実は公表しないほうが、きっと人々のためにいいのかもしれない。でもツェペシュ王は……お父さんは、自分の罪を裁いて欲しかったと思う」

「そんなことを思うなら始めからヴラドの悪事に加担なんてしなければ……」


 そう言いかけたところでフリーダは言葉を止めた。

 あの日、赤子のキッドを拾い上げたときも同じようなことを思った。

 『かわいそうなキッド、こうするしかない私を許して』

 キッドに謝罪の手紙を書いたアンネに対し、許しをこうくらいなら初めからそんなことをしなければ良いと、だがそうではなかった。

 アンネはキッドを守るために自分の命を賭し、これ以上自分が守ってやれないことを謝罪したのだ。


「……そうね。誰もが全てのことを自分の思い通りにできるわけじゃない。彼らは困難の中で、それでも自分の願いのために戦っていたのね」


 自分が強者であるゆえの、今までありとあらゆる苦難を打ち砕いてきたゆえの、弱者への無理解、侮蔑。それがこれまでのフリーダであった。


「キッド、母さんもお祈りをしていいかしら」

「……!もちろんだよ!」


 フリーダも墓の目の前で静かに祈る。

 以前はそうであった。だが今は違う。最弱の存在あかんぼうであったキッドと出会ったことで、自分は変わった。

 弱きを、慈しめる自分へと。


「……キッド、生まれてきてくれてありがとう」

「え!?こ、こちらこそ、僕を育ててくれてありがとう!母さん!」

「……そして、キッドをこの世界に生んでくれて、私と出会わせてくれてありがとう。キッドのお母さん」


 フリーダは墓に向かってそう言う。

 キッドは不思議な顔でフリーダの横顔を眺めていた。


「キッド、ここで誓いなさい」

「えっ?何を?」


 フリーダは大きく深呼吸をしてから呟いた。


「あなたはアンネさんやエルマ、さまざまな人の手助けのもとに、今ここに立っているわ。だからその人たちのために誓いなさい。……どんな苦難が待っていようと、精一杯生きて幸せになると、それがあなたを生んだお母さんへのたむけよ」


 それを聞いたキッドは目をパチクリさせたあと、真剣な表情で答えた。


「うん、なるよ。僕だけじゃなく、母さんや姉さんアンナちゃん。そして沢山の人たちと、一緒に」


 それを聞いてフリーダは安堵の顔を浮かべる。そしてすぐに不安げな顔で話しかけてくる。


「ところでよかったの?王室に戻らなくて。無理に私たちについてくる必要はないのよ?」


 その問いに、キッドはふるふると首を振って笑顔で答えた。


「ううん、王族ってのはなんかピンとこないし、僕たちは血は繋がってないかもしれないけど、ある意味、『血』で繋がった家族だから。僕は、家族は一緒がいい」


 その答えに、フリーダも笑顔で返した。二人は墓に背を向けて歩き出す。


 満月の、ほのかな光が照らす夜であった。


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