28話 贖うは血
『
ヴァンパイアハンター協会でさえその存在は知り得ておらず、真祖、そして一部の
それはなぜか。
彼らが闇の中に潜み、静かに暗躍していたからである。
彼らが欲するは──『絶望』。
そしてヴァーニア王国の王、ツェペシュが感じていた絶望は彼らを引き寄せるのに十分すぎるほどであり、彼の病んだ心に入りこみ、意のままにするのは容易いことであった。
ツェペシュを傀儡としたヴラドがまず初めに行ったのは、第一王妃マリアンヌをツェペシュ自身の手で殺させることであった。
「民を思ってのことです」
「生まれたばかりの娘が可愛くはないのですか?」
「私も一緒に罪を被りますよ」
言葉巧みにツェペシュを操り、『鬼血』を食事に混ぜ込ませて──殺させた。
そしてその罪を隣国、ムーン王国の仕業とし、戦争を起こして捕虜と占領した土地の住民を、
これによりツェペシュの民を守るという望みは果たされた。だがまだ惨劇は止まらない。
第二王妃アンネとの間に子供が生まれた。王子となる男の子であった。だが不幸なことに──ヴラドにとってはまたとない幸運であったが、その子は『忌血』であった。
ヴラドはすぐさまその子を処分するように言う。表向きは忌むべき血であることだったが、本当は『闇血』の野望に利用するためである。
だがここで想定外の事態が起こった。アンネが生まれたばかりの赤ん坊を連れて立ち去ったのである。
すぐに後を追ったが、アンネは川岸で胸元をナイフで突いて亡くなっていた。赤ん坊は影も形もなかった。
表向きの予定通り、アンネとその赤子は記録抹消刑となった。ヴラドのこれまでではじめての計画狂いであった。
その後は第三王妃エミリーの子、トイ王子をツェペシュの次の傀儡とすべく、目立った行動は控えていた。
大きく事態が動き始めたのは、キッドが『炎血』の真祖、アグニを討伐した英雄として報じられてからである。
長年より父親の態度に不信感を抱いていたエリーゼは、キッドの子細な情報を得、記録抹消刑にされていた王子だと気づき、ツェペシュやヴラドの息のかかったトイ王子ではなくキッドを王にしようと考えた。
そしてその動きを感づいたヴラドはエリーゼとキッドもろともを排除しようとこの式典を開かせたのだ。
そして──その計画は失敗に終わった。
エリーゼが『毒血』に適応したことによるネロの介入、すでに『鉄血』の傘下となっていたキッド。なぜか来たアイズ。すべて想定外のことであった。
計画は完全に破綻してしまっていた。
*
「──ですが許容しましょう」
ヴラドは両腕の鉄のブレードで、『忌血の英雄』二人と渡り合いながら1人ごとを呟く。
「計画は破綻しました。が、幸運にも、得ることが不可能と見られていた『鉄血』の力を、こうして手に入れることができたのですから」
ニールとネールは互いに息切れしていく。
剣と盾という物理的な戦いを主とする二人にとって『鉄血』という力はとても相性の悪い相手である。
「クソっ!『鉄血』相手なんて想定してねえぞ!」
「兄さん!氷と毒にも気をつけて!」
ネールがヴラドの飛ばす毒雹を剣で切り流しつつ言う。ネールの顔は徐々に青白くなっていた。『
二人が劣勢なのは誰の目にも明らかであった。
ヴラドは舌舐めずりをして二人を睨む。
「『鉄血』、『毒血』、『凍血』。私たちの野望達成へまた一歩前進しました。今宵は貴方達の血を祝杯としましょう!今日を昨日よりもっといい日へ!」
両腕のブレードが、さながらチェーンソーのように唸り始める。狙いは体力の減っているネールだ。足の裏を凍らせて滑るように突進してくる。
かわす余裕は──ない。
金属の破断する音が響く。ヴラドのブレードには真っ赤な鮮血が滴っていた。だがそれはネールの血ではない。
ニールが間に入り、ネールの盾となっていたのだ。
ブレードは
「兄……さん?」
「俺が……盾で……お前が……剣だ。それが……『
ニールは滴る自分の血を、ネールの剣に擦り込むようにつける。魔剣は拍動するように唸り、流れる血を赤く輝かせた。『炎血』の真祖アグニと相対した時と同じ現象、きっとこの力を引き出すには、強い思いが必要なのだ。
「……分かってます。兄さん」
ネールは静かに剣を構えた。
(まずい!アレは『鉄血』の真祖フリーダの血で作られた剣、その力を解放した一撃を喰らっては!)
余裕ぶっていたヴラドが、突如焦った顔をして逃走の構えをみせる。
その時だった。
「我々の罪を贖う時が来たようだな。ヴラド」
突如としてヴラドは背中に鋭い痛みを感じた。
振り返るとツェペシュが自分の背にナイフを突き刺していた。
(馬鹿な!?なぜ気がつかなかった!?)
その疑問はツェペシュを見てすぐにわかった。絶え絶えの息。血を垂らした口。ツェペシュは死にかけの体だった。それゆえに命の鼓動を感じ取れなかったのだ。
「邪魔をするなぁ!」
ヴラドはブレードをしならせて。自分にナイフを突き立てるツェペシュの両腕を切り落とす。流れ出る血と共にツェペシュは仰向けに倒れ込んだ。
「今更心変わりのつもりですか?唆したのは私ですが実行したのは貴方です。私に復讐するのはお門違いですよ」
「復讐?まさか。私は自分自身の悪行にけりをつけに来ただけさ」
絶え絶えの息でツェペシュは答える。
「何をほざ……!?」
突如、ヴラドの体が強張り動かなくなる。
「まさか、これは!」
「『鬼血』だよ。我が妻マリアンヌを殺し、我が娘エリーゼを吸血鬼とした。悲劇を生んだ『血』さ」
ツェペシュはナイフに『鬼血』を付着させていたのだ。
(まずい!『凍血』で毒を凍らせ、『毒血』で解毒をしなくては!クソ!『鉄血』の力が蝕まれていく!)
ヴラドの両腕のブレードがボロボロと崩れ始める。この体ではネールの一撃を防ぐことすらままならない。
「傀儡ごときがああああああ!!!!!」
ヴラドは白骨化していない半分の顔を歪ませ、激昂しながらツェペシュにとどめをささんと腕を振り上げる。
だがしかし、もはや全てが遅かった。
「『
ネールの神速の一撃が、ヴラドの首を切り落としたのだ。
「そんなバカな……この私が……傀儡ごときの仕業で……」
頭を切り落とされたヴラドの体が朽ち果てていく。あるところは毒に侵され、あるところは凍り付き、またあるところでは内側から鉄が飛び出していた。まるで制御を失った力が暴走するかのように。
「だが……私が滅びても……ヴラドは……不滅……」
ヴラドの体は砂のようになって消えた。
*
「皆さん!大丈夫ですか!?」
駆けつけたキッドが見たのは倒れているニールとネール、そしてツェペシュの姿であった。ニールの足元には大量の血が流れていたが、すでに血は止まっていた。ネールが力尽きて気絶する前に止血を行ったのだ。
キッドは瀕死のツェペシュに駆け寄る。
「国王陛下!大丈……!」
一目見て分かった。もうツェペシュは助からないと。
「……キッドか」
「喋らないで!僕がどうにか……どうにか……」
「よせ、私はもう助からん。……キッドよ。玉座の中に私とヴラドが行った悪事のすべてを記した日記が収められている。それをお前に託す」
「陛下……あなたはどうしてこんなことを……」
「……我が妻を……マリアンヌを殺めたあの日から、私は止まることができなかったのだ。悪人のままでいれば、自分はそういうものだと諦められて……楽だった。その結果、私は自分の妻二人を失い、その子供を手にかけようとした。こんな愚かな男はほかにいないだろうな」
ツェペシュの顔から生気が失われていく。目はすでに見えていないようであった。
「……親子ですね。姫様も自分で決めたことを変えられない人でした」
「……エリーゼをどうか許してくれ。悪いのはすべて私だ」
突然、ツェペシュは血を吐きせき込み始めた。いつこと切れてもおかしくはない。
「私が……私がもっと、強い心をもっていたなら……マリアンヌと、アンネと、エミリーと、エリーゼ、トイ、そしてキッド……お前と、幸せな未来を……ゴホッ!ゴホッ!」
キッドはツェペシュの頬にそっと手を寄せる。そして耳元でそっとささやいた。
「もう……もう眠ってください。……父さん」
「……ありがとう。息子よ」
そこからツェペシュが再び声を発することは無かった。キッドはツェペシュの目をそっと閉じる。
血塗られた式典は、今を持って幕を下ろした。
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