18話 宵闇は朱に染まる

 月の光のない宵闇を、炎だけが照らしていた。


 アグニを目に捉えたゾルドは、すぐに命令を発する。


「雷盾部隊!前へーーー!!!」


 ゾルドの言葉と共に、巨大な赤色の盾をもった騎士たちが前に出て、隙間なく騎士団を覆った。


「何かよくわからんがいい動きだ」


 アグニはそういうと、手のひらから火炎放射を放つ。だがそれは盾に触れたと同時に霧散してしまった。


 アグニは感心したように笑うと言う。


「なるほど!アレには『雷血』の血が塗られているのか!ワレへの対策ぬかりなしということか」


「氷石部隊!放て!!」


 ゾルドがそう命じると後方の投石機から氷の塊が打ち出される。だがアグニは着弾する前に炎で氷を溶かし切ってしまった。


「『凍血』の氷か?だが当たっても『炎血』のワレには効かな……」


 アグニはようやく騎士団の意図に気がつく。氷が溶かされて生まれた蒸気で、辺りが全く見えなくなっていたからだ。


「……面白い!ワレも作戦というものを考えたくなったよ。ワレが騎士団ならば次に取る行動は──」


 アグニの頭にアイデアが浮かぶ。


「──あたりを見えなくしておいて矢を射かける」


 次の瞬間大量の矢がアグニに突き刺さった。



「『毒血』のクロスボウ部隊!全弾射出しました!」


 部下の一人がゾルドにそう報告する。


 ゾルドは頷くと、そばに待機していた四人の騎士に命令を下す。


「炎剣部隊突撃せよ!我ら騎士団の中でもさらに勇猛なお前たちの力をみせてやれ!」


「ハッ!」


 四人の返事が重なり、そしてアグニに向かって突撃した。


 アグニはというと、毒の矢で体が麻痺し、動けない様子であった。


「こ……これが統率と戦術によって生まれる騎士団の力!素晴らしい、素晴らしいぞ!」


 アグニが麻痺をした口でそう言うと、霧の中から赤熱した剣を構えて四人の男が突っ込んで来た。そしてアグニの胸に、腹に、喉に太ももに、4方向から剣を突き刺す。


「止めだ!吸血鬼いいいいい!!!!!!」


 喉に剣を突き刺した男が、そう叫んでアグニの首を切り飛ばそうとする。

 騎士達は歓喜した。自分たちの刃はついに真祖の首に届き得たのだと。名誉と栄光が、惜しみなく自分たちに注がれるのだと。


 ──だがその騎士達の思いは爆炎とともにかき消された。


 突然、アグニの体が爆発し、辺りが炎に覆われた。それを見たゾルドは苦々しく呟く。


「くっ!道連れにしようと自爆したのか……だが、彼らの犠牲のおかげで真祖を倒すことが出来た。名誉と栄光は彼らのものだ」


 ゾルドは撤退命令を下そうと手をあげようとする。しかしそのとき、猛火の中から響く声を聞いて、信じられないといった顔をして振り向いた。


「──名誉も栄光も、まだ得られてはいないぞ?戦争は……これからだ」


 炎の中からアグニが現れたのだ。


「全員!戦闘態勢に移れぇぇぇぇ!!!!」


 アグニが生きていたことにうろたえながらも、ゾルドは冷静に指示を飛ばす。


 雷盾部隊は盾を構えて炎の攻撃に備える。

 が、一人の騎士の盾が、鎧が、一撃で貫かれた。アグニが一瞬のうちに距離を詰め、拳のみでその全てを打ち砕いてしまったのだ。そのままアグニは手を地面につけ、体を回転させると、足のみで両隣にいた騎士の頭を吹き飛ばした。


 一連の光景を見た騎士達はあっけに取られるが、すぐに気を取り直し、アグニにあふれんばかりの殺気を向けた。


「ほう、今のを見ても逃げずにワレに向かってくるか、素晴らしいぞ騎士団員達よ!」


 騎士団達はアグニを囲んで槍を、斧を、剣を振り下ろす。その全てをアグニは防いだり避けたりしない。すべて受け止めた上で騎士団員に反撃をした。

 それはアグニの騎士団たちへの礼儀であり、血を流し、痛みに耐えながら戦うことが己の誇りでもあったからだ。


 次々と倒れゆく騎士達をみてゾルドは目を血走らせる。本当なら今にでも自分も突撃し、アグニに一撃を振るいたかった。だがそれをしないのは団長として、部下を犠牲にしてでもアグニを倒そうという決意の現れだった。


(すまない!なんとか持ち堪えてくれ!がここに来るまで!)


 アグニは投石機を掴むと、それを持ち上げ振り回して騎士団員を薙ぎ払った。火球を放ち、団員の体を焼き、爆散させた。

 それでも騎士達は果敢にアグニに立ち向かっていく。自分が死ぬとわかっていながら。


(すまない!すまない!すまない!すまない!)


 ゾルドが目を瞑り、罪悪感に苛まれているとゾルドに声がかけられた。



「──あとはお前だけか?団長殿」


 ゾルドが目を開くと、辺りにはが広まっていた。炎が辺りを煌々と照らし、地面はアグニと騎士団員の血で染まっていた。


 


「ふ、ふふっ」


 ゾルドが笑みを漏らす。


「うおおおおおおおお!!!!!!!!」


 そしてたちまち鬼神のような形相になってアグニへ向かって突進していった。そしてアグニは棒立ちのままその攻撃を受けた。剣が胸の奥深くまで突き刺さる。だがアグニは気にも止めていない様子であった。


「お前たちは……強かった!」


 そしてアグニの手刀が、ゾルドの剣を振るった腕を吹き飛ばした。ゾルドは残った方の手で、切られた腕を押さえながらアグニを睨む。アグニは自分に突き刺さったゾルドの剣を引き抜くと、ゾルドに向かって言った。


「騎士は戦場で剣に斬られて死ぬのを最上の名誉とすると聞いている。ワレは剣は不慣れだが、お前の為にワレが介錯しよう」


 ゾルドは答えない。無言のままアグニを睨んでいた。そしてアグニも黙って剣を振り下ろす。ゾルドの首が斬られようとした瞬間。


 ──が辺りに響いた。


「間に合って──は全然ねえな。だが、一人は助けられる!」


 ニールが『四血の盾』でゾルドの身を守っていた。


「吸血鬼ぃいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!」


 怒気を含んだ声でネールが叫んだ。そして辺りに機械音声が響く。


「高周波ブレード、展開完了」


 ネールが『マキナ』を手にアグニに斬りかかる。異様な雰囲気を感じ取ったアグニは腕を盾に攻撃を防ごうとするが、ネールの『マキナ』によって両断された。


「人間が『雷血』の『マキナ』を使っているのか!さすがは『英雄』!規格外なことをする」


 アグニが感心したように言うと、切られた腕を再生させながら笑顔でニールとネールに話しかけた。


「待ちわびていたぞ。こうしてお前たちとあいまみえることを。ワレはアグニ、『炎血』の真祖である」


 ネールも殺気に溢れた目をアグニに向けて言う。


「私も待っていたわ……真祖を……お前を殺す、この時を!」


 アグニとニール、ネールの戦いは苛烈を極めていた。

 アグニとネールは互いの攻撃をギリギリのところで避けあい。アグニが炎の攻撃をするとニールが割って入って防ぐ。一進一退の攻防であった。


 事態が変化したのはしばらく経ってからである。


「高周波ブレード、停止します」


 そう音声が流れてブレードの振動が止まった。


「『雷血』の血が切れたようだな!」


 アグニはチャンスとばかりにネールに向かって突進してくる。だがネールは慌てることなく、ブレードで居合の構えを取った。


「──油断したな」


 すれ違い様にネールは剣を振るう。振動がなくなっても刃の鋭利さは健在であった。

 そして、音も鳴らさずアグニの首を切断した。

 首の取れたアグニの体が、地面に仰向けに倒れこむ。


「今だネール!止めをさせ!」


 ニールが言うが早いか、ネールは止めをささんとその体に急いで向かう。そして心臓目掛けてブレードを突き刺さんとしたとき。


 ──ブレードがアグニの肉体に白羽どりをされ受け止められた。


 ネールは急いで武器を手放し距離をとる。アグニはブレードに力を込めて粉々に砕いた。


「まだ動けるのかよ……!」


 ニールが驚愕して言う。

 アグニは立ち上がると、切り飛ばされた自分の頭を拾い自分の胴体にくっつける。


「ふう、流石は英雄だ。ワレの首をこうもアッサリと……む、前後が逆だ」


 アグニは首を180度回してニールとネールの方を向く。そして地平線をチラリと見て言った。


「夜明けも近い。明日の夜、決着をつけよう。互いに万全ではない状態で戦っても面白くあるまい。今度はこの街を滅ぼすつもりで来よう。だからお前たちも全力を持って臨め」


 そういって背を向けて立ち去るアグニに、ネールは怒りをぶつける。


「ふざけるな!私はまだ戦えるぞ!」


 はやるネールをニールが止めた。


「武器もないのに無理だ。それに今はゾルド団長を治療するのが先だ」


 ニールの言葉にハッとしたネールは、アグニに背を向けて呟く。


「……また多くの人の命を失ってしまった」

「ゾルド団長は助けられたさ」


 その時、「ゴホゴホ」と咳き込む音がした。ゾルド団長ではない。アグニに突進していった四人の騎士の一人だった。全身が焼け焦げていた。

 ネールはすぐに駆けつけて言う。


「大丈夫か!すぐに助けてやるからな!」

「いえ……自分はもうダメです……それよりコレを……」

 そう言って男が取り出したのはであった。


「ヤツの腹を切ったときに出てきたものです。なにかお役に立てれば……」


 ネールは虫の息の男の手を握り、涙ぐみながら呻くように言う。


「やめろ……死なないでくれ……生きてくれ……もう目の前で、命が消えていくのを見たくない……」


 だが男はネールにわずかに微笑んだ後、息絶えてしまった。


 そしてネールは渡された瓶を見て呟く。


「コレは……『鉄血』の真祖の血……?」


 なぜそれが『鉄血』の真祖の血だと感じたのかはネールにはわからなかった。だがその血に秘められた力は無限の可能性を感じさせた。


 地平線に登る太陽がネールの顔を照らす。

 ネールは涙を拭って言った。


「アグニは必ず倒す。散って行った者たちのためにも」

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