19話 最終血戦(前編)

 日中、ヴォルト診療所の一室に『五血同盟ブラッド・フォース』全員が集まっていた。

 ヴォルトが皆に向かって静かに言う。


「ヴァンパイアハンター協会からもらってきたアグニの肉片を調べた結果、ヤツの異常な再生力の正体がわかった」


 それをきいたバイアスが感心して言う。


「へえ、やるじゃねえか。俺のコネを使わせてやった甲斐があるってもんだ」


 フレイも大声で尋ねた。


「それでどうだったんだ!弱点とかわかったのかよ!?」


 ヴォルトはゆっくりと口を開く。


「ヤツの再生力の所以ゆえんは……筋肉だ」


「き、筋肉!?」


 ギフトが驚愕の声を上げる。ヴォルトは話し続ける。


「ヤツの鍛え上げられた筋肉には、異常に太く、そして異様に多い神経が通っている。通常ダミーは脳などが失われると、体が動かせなくなって自壊するが、ヤツの場合はその膨大な神経が脳の替わりになるんだ。脳みそが筋肉ならぬ、筋肉が脳みそだね」


「つまり……頭だけじゃなく全身を破壊しなければ殺せないってことですね」


 キッドがそう尋ねるとヴォルトはうなづいて言う。


「そうだ、そこだけがヤツの唯一の弱点だ。その弱点をついて、今夜必ずアグニを倒す。僕ら『五血同盟ブラッド・フォース』で!」


 *


 ヴァンパイアハンター協会の技術室で、ニールとネールは完成したそのを眺めていた。頑固そうな年老いた職人が首を傾げながら言う。


「『鉄血』って血を使ったのは初めてなんだがよ。これが一体どういうことなんだか、血と鉄を混ぜたとたん、一人でにこの形へと作り上がっちまったんだ」


 ネールは改めてそのを見る。それはなんの変哲もないロングソードに見えるが、ネールには禍々しい気配が感じ取れた。


「そういえばあの真祖の血は結局わたしがほとんどつかってしまったけど、いいんですか兄さん?」


 ネールがニールにそう尋ねた。


「いやね、真祖様の血は強すぎるから、逆に少しじゃないとバランスというか調和が取れないのよ」


 ニールは『四血』ならぬ『五血』となった盾を見せていう。


「で、その禍々しい剣の振りごこちとか試さないのか?」


 ニールに言われてネールは剣をにぎる。すると突然、


 ──ネールの剣を握った手から血が吹き出し始めた。


 ネールは驚いて離そうとするが、握った手が離れない。ネールの血は剣を彩るように剣先に向けて流れて行った。


「な、なんだよ!とんだ曰く付きの代物じゃねえか!」

「兄さん、盾を構えて」

「へ?」


 ネールは剣をニールの方向に振る。すると刀身に張り付いていた血が飛び、空中で刃に変化する。


「な!?」


 ニールが『五血の盾』で防ぐと鉄の斬撃は霧散した。


「危ねえだろネール!」


 ニールの抗議に気をとめず、ネールは手を離すことができるようになった剣を眺める。


「『鉄血』の力を疑似的に使うことができる変わりに、使いこなすことができないと使用者の血を吸い尽くす魔剣……ですか。ならばこの剣の名は、北方の神話から名を取り、吸血鬼ヴラド殺すスレイダインという意味を込め──」


「──滅鬼の鉄剣ダインスレイ・ヴラド


 *


 夜になり、『五血同盟ブラッド・フォース』は広場に集まっていた。

 吸血鬼たちは事前にキッドの血を飲んでいる。

 キッドもアンナの血が入ったアンプルをポケットに持った。

 注射による採血を受けたアンナは


「ナイフで切るより全然痛くない!」


 と感激していた。


「夜だからってものあるけど、あんまり人がいないですね」


 アンナが辺りを見渡していった。


「昨夜のアグニの大暴れで行商人とかは昼のうちに北都から逃げているからね。北都に生活基盤のある人はそうはいかないけど、でもあまりパニックが起こってないのは『忌血の英雄』サマのおかげかな」


 ヴォルトはそう説明する。


「へっ、もっとも英雄サマでも昨夜はあまりアグニにダメージを与えられなかったみたいだがな」


 バイアスが嘲笑するようにいった。


「おいおい、ヴァンパイアハンターとしての『栄光』が英雄に負けてるからって嫉妬するなよ」


 フレイがそう言いバイアスを煽る。


「んだと!?」

「んへへ……喧嘩はダメ……」


 ギフトはそう言うが明らかに二人の言い争いを楽しんでいるようであった。


「アグニはいつ現れるでしょうか。できればこちらから先制して奇襲したいですが」


 キッドがそう尋ねると、

 ──いきなり上空から降ってきた何者かに、首筋を噛みつかれた。


「き、奇襲!?」


 そう言ってキッドが振り向く。

 首筋に噛み付いてきたのは──エルマであった。


「姉さん!」

「やぁキッド、お友達たくさんできたねぇ〜」


 吸血鬼達は、近くにくるまで気配を隠していたエルマの技能に驚いていたが、ただ一人、ヴォルトはエルマの登場に慄いていた。


「で、でたぁ!モンスターペアレントの片割れ!ど、どうして電磁波に引っかからなかったんだ!?」

「そんなのアンタが電磁波張ってることに気付いて『鉄血』の力を抑えてやって来たからに決まってんじゃん。みはりが少ないから入るのも簡単だったよ」


「あれ?お知り合いですか?」


 アンナが二人に尋ねる。

 ヴォルトはうんざりした顔で答えた。


「キッド君が子供のころ、キッド君の体調が悪くなるたびにフリーダさんや、エルマさんが診療所に押しかけてきてね……治療のときにキッド君が泣いたりすると、いつも烈火のごとく怒りだすし……ほとほと参ったね」


 苦労話を語るヴォルトをよそにアンナはエルマに話しかける。


「エルマさん!もしかしてエルマさんの手助けにきてくれたんですか!?」

「いや、わたしはアンナちゃんを守りに来たのさ」


 そういってエルマはアンナを抱きあげると羽をはばたかせ空中に浮遊する。


「た、助けにきたんじゃ!?」


 アンナの質問にエルマは首を横に振って答えた。そしてヴォルトたちに向かって言う。


「いいかい?アンタたちの一番大事なものはこの街かもしれないけど、私たちにとって一番大事なのは家族だ。もしキッドの命が危ないと判断したら、私はすぐにキッドとアンナを連れてこの街から離脱する。そしてフリーダ様にこの街ごとアグニを倒してもらう。いいな?」


 ヴォルトは頷いて言う。


「ああ、構わない。キッド君を巻き込んだのは僕のワガママだからね。それに最悪でもアグニと相打ちに持ち込めるなら万々歳さ」


 エルマはキッドをみて笑顔で言う。


「そんじゃな!キッド!死なない程度に頑張れよ!」

「キッド!みんなと力を合わせればきっと勝てるよ!お願い!この街を守って!」


 そしてエルマはアンナを連れて空に飛び立った。街の空を旋回していつでもキッドを助けられるようにしている。


 キッドがヴォルトを見て言う。


「なんでヴォルトさんが僕の体質とかいろいろ知ってたのかよくわかりました。覚えてなくてすみません。あと母さんと姉さんがほんとにすみません……」


 キッドは深々と頭を下げる。それに対しヴォルトは笑いながら答えた。


「なあに、誰かを助けるのは医師の本懐さ、それにしても……大きくなったね。キッド君」


 ヴォルトはキッドに微笑みかける。


 その直後であった。


 突然、夜なのに昼のように明るくなる。街の上空で巨大な火球が燃えていた。


「どうやらお出ましのようだね」


 ──空に『炎血』の真祖、アグニが現れた。


 *


 アグニは空から街を見渡したのち、大きな声で人々にこう宣言した。


「聞け!人々よ!上空の火球は夜明け前に落ちてくる!逃げても構わんが逃げきれるかどうかは知らぬ!命が惜しいと思うものは、死に物狂いでワレを打ち倒してみよ!無論!命を惜しまぬものの挑戦も受け付けるぞ!」


 そのとき、アグニに向かって矢が飛んできた。アグニは矢を受け止めもせず、自らの体に突き刺さるのを許す。そして飛んできた方向を見て笑みを浮かべる。


「早速か!勇気のあるものがいて、ワレは嬉しいぞ!」

「あれ、あれれ?私の毒矢があんまり効いてないみたい」


 矢を放ったのはギフトであった。アグニは矢を引き抜きながら、ギフトに向かってまっすぐに突っ込んでくる。


「──今だ!『五血領域ブラッド・エリア』展開!」


 ヴォルトの声とともに、吸血鬼達は自分の腕を引っ掻き血をだす。すると、電撃に、炎に、冷気に、毒気に、そして金属粉塵に満ちた空間が現れる。


「なんだ……?この空間は……力を奪われるぞ!?」


 アグニが疲労とともに地面に足をつく。


「『四血の盾』と同じさ!この空間は君の力を奪う!さらにこれは『四血』どころか血の力が込められているんだ!」


 ヴォルトがそう言った後、バイアスがアグニに氷の槍を向け突撃する。フレイも両手に炎を纏わせ後に続いた。


 アグニはバイアスとフレイの攻撃を防御もせず受ける。その理由はすぐにわかった。アグニの体は二人の攻撃を全く通さなかったからだ。


「吸血鬼相手にはワレも自然と体がこわばってしまうよ」

「こわばるどころかカチカチの部類じゃないか!」


 ヴォルトとアグニがそんなやり取りをしている間に、吸血鬼と化したキッドが血刀を作り出す。


「たとえ相手がどんな強大な敵だったとしても……決して怖気づいたりしない!」


 そしてキッドもアグニに向かって突進していく。


 ──最後の戦いが今、始まる。

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