17話 それぞれの思い

「退屈〜早く夜にならないかな〜、私も街に遊びにいきたーい」


 山の木々の中に隠された馬車の中でエルマはそう呻いていた。


 フリーダは紅茶を飲みながら、エルマの話を聞き流す。そしてあることに気がつくとエルマに向けてこういった。


「退屈を紛らわすニュースよ、アンナちゃんがこちらに向かって走って来てるみたい。なにかあったのかしら」

「え?そんなことがわかるんですか?」


 フリーダはため息をついてエルマに説明する。


「アンナちゃんのお守りに、私が血で色を着けてあげたでしょう?貴方が吸血鬼になったキッドを探知できるように、わたしもアンナちゃんを探知出来るの」

「へー、あんな少量の血でアンナちゃんを探知出来るとは……真祖の力はすごいですねぇ」


 エルマが感嘆して言う。一方フリーダには何か気がかりなことがあるようであった。


(キッドが川に落とした私の血の瓶が誰かに拾われている……しかも移動速度からしておそらく吸血鬼……それも上位エルダー以上の……)


 フリーダは真剣な表情になって言う。


「さて、アンナちゃんの知らせを待ちましょうか」


 *


「フリーダさんから手紙を預かってきました」 


 アンナが息をハアハアと乱しながら言った。

 アンナはフリーダ達にアグニ討伐の協力を要請しにいき、その返事の手紙をもらってきたのだ。


 アンナは手紙を開いて読み始める。『五血同盟ブラッド・フォース』の全員が真剣な面持ちでそれを聞く。


『──結論から言う。協力は不可能だ』


 全員が、だろうなと言う顔になる。アンナは更に続けて読んだ。


『理由はひとつ、私のやり方でアグニを倒そうとした場合、北都の町が焦土となるからだ。アグニには何回か喧嘩を売られたが、その度に周囲には甚大な被害を及ぼしてきた。今回も同じようにして街中で戦った場合、私の鉄塊とアグニの炎がぶつかり合い半径数キロ圏内はなにも残らなくなる』


「……だそうです」



「ま、思ったとおりだね。まあ僕たちだけで対処するってのが基本理念だったし」


 ヴォルトはあまり気落ちしていない様子で言う。


「な、なんとかアグニを人気のないところに誘え出せないかな。そ、そこでフリーダさんにやっつけて貰うとか」


 ギフトがそう提案するがバイアスが首を横に振る。


「例えフリーダがそこでお前をまってるぞ!なんて言っても、デザートを最後に食べるかのように、アグニは街を滅ぼしてからそこに向かうだろうぜ」


 フレイが片手のひらに拳を当てると大声で言った。


「なに他人を頼ることばかり考えてやがる!俺たちでアグニを倒すんだろ!?ヴォルト!お前の作戦で勝てる可能性はどのくらいだ!?」

「3割くらい」

「少な!」


 ヴォルトは頬をポリポリとかきながら言う。


「ダミーといえど真祖相手にこれでも可能性は高い方さ。それとも道連れ覚悟にフリーダさんに僕たちごと滅ぼして貰うかい?」


 全員が口をつぐむ。しばらくしてキッドが口を開いた。


「──『忌血の英雄』、ニールさんとネールさんに協力してもらうのはどうですか?」


 キッドの言葉に吸血鬼全員がギョッとした顔をする。バイアスが怒りながら言った。


「なに言ってんだ!自分は狙われないからって!ハンターに協力してもらうってのはともかく、あのネールにはダメだ!同じハンターである俺でさえネールには情報を隠してるんだぜ!?アグニより先にネールにやられちまう!」


「──いやありかもしれない」


 ヴォルトがそう呟く。全員がまたギョッとしてヴォルトを見つめた。


「アグニはもともと『英雄』を目当てにここに来たんだろう。使えるものは全部使ってやるさ」


 *


「皆さん食事の用意ができました!」


 アグニを倒す作戦をあーでもないこーでもないと言い合っていると、ボルタがトマトのスープを持ってきた。


 それを見たバイアスはヴォルトを睨んで言う。


「……なんだこれは、吸血鬼の俺たちは血だけで十分だろう」

「会食をしてお互いに絆を深めようって魂胆だよ。今回の作戦はチームワークが重要だからね」


 バイアスは舌打ちをして席についた。他の皆も席につく。キッドはヴォルトの目の前に座った。


「さて、改めて自己紹介でもしようか、僕は『雷血』のヴォルト。この街で医者をやってる。人の体を探求することで『雷血』が求める『真理』に近づこうとしてるんだ」

「自分はどの医者にも治せないと見放されたところを、ヴォルト様に助けてもらったんです!」


 ボルタが意気揚々として言う。


「ねぇ、もしかして瀉血を勧めてたのって……」


 キッドの疑問にヴォルトは答える。


「うん、血を簡単に手に入れられるからね、ちなみに万病に効くなんて効果は無いよ」

「ヤブ医者!」


 次にギフトがおどおどと喋り始めた。


「わ、わたしは『毒血』のギフト。ヴォルトにスカウトされて薬師を始めたの。み、みんなが私の薬に頼り切りになれば『毒血』が求める『支配』につながるかなって、えへ、えへえへ」


 ギフトの不穏な発言に冷や汗をかきながらバイアスも話始める。


「俺は『凍血』のバイアス。ヴァンパイアハンターとして名を上げることで『凍血』が求める『栄光』を手に入れようと思ってな。異端だなんて言われるが、ブリーズみたく部下を増やして馴れ合ってたヤツのほうが、俺からすると異常に見えるね。吸血鬼は弱肉強食の世界だろ」

「最近彼、討伐されたんだってね」

「ああ、マリアってハンターによるものらしい。ちっ、俺が狩ってやりたかったのによ」


 フレイも大きな声で話始めた。


「俺は『炎血』のフレイ!『炎血』が求める『闘争』を求めて、修行も兼ねてストリートファイトをしてたぜ!……いきなり自分の真祖と闘うことになったのはビビったけどな!ところで俺が真祖ぶっ潰したら、俺が真祖ってことになんのか?」

「彼はダミーだ、倒しても真祖にはなれないよ。そもそも真祖ってのは倒したら繰り上がり的になれるようなもんじゃね

「あー、わかったわかった。話が長くなりそうだからやめよう」


 4人が話終わってキッドを見つめた。あ、自分もか、と気づいてキッドも話し始めた。


「僕は多分……枠としては『鉄血』になりますよね。『鉄血』が求めるのは……確かそう、『自由』だったと思います。この街ではたくさんの人が自由に売り買いして、自由に過ごしています。僕はそんな人たちの自由を守りたいなって、だから僕は人々を守るためにアグニと戦います」


 キッドの発言を4人がポカーンとして見つめる。


「な、なにかおかしいこと言いました!?」


 キッドが慌てふためいているとヴォルトが笑い始めた。


「ははは!それは君の『自由』じゃなくて他人の『自由』を守りたいってことかい?いや立派だよキッド君!なにもおかしいことは言っていないさ!」


 他の三人もアンナもボルタも微笑んでキッドを見つめた。恥ずかしくなったキッドはスープを飲み始める。


「ス、スープが冷めちゃいますし早く飲んじゃいましょう!いただきまーす!」


 そう言ってスープを飲み込むキッド、だが一口飲んで変な顔をする。


「……こ、このスープ血の味がするんだけど、ボルタ君、他の人にあげるスープを僕にあげちゃった?」


 そうキッドが尋ねるとヴォルトはサラッと答えた。


「いや、君のスープにだけ僕の血を混ぜ込んでる」

「ブーーー!!!!!」


 キッドがスープを吐き出しヴォルトの顔面を直撃する。


「うわっ!ちょっと!なにをするんだ汚いなぁ」

「こっちのセリフですよ!」

「そういわないでくれ、これも必要なことなんだからさ」

「え?」


 *


 瞬間、キッドの目の前が闇に包まれる。


「──これは、凍血の血に適応したときと同じ……」


 すると闇の奥から雷鳴と共にヴォルトが現れた。


「『雷血』は『炎血』に強いからね。身につけておいて損はない力さ。どうだい?なにか変化はあったかい?」


 だがキッドはヴォルトではなくその奥を眺めていた。


「奥から……さらに人が見えます」

「なに?」


 ──突然、豪雷が鳴り響く。そしてそこから老人の姿が現れた。毛のない頭に長く白い髭、衣服は古代ローマのトガと呼ばれるものを身にまとっていた。


 ヴォルトはその姿をみて叫ぶ。


「な!?で、デウス先生!?なぜここに!?」

「だ、誰なんです!?」

「彼は……『雷血』の真祖、デウス。僕を吸血鬼にしてくれた人さ」


 デウスはヴォルトに目もくれず、キッドに向かって真っ直ぐにやってきた。キッドは間近にやってきたゼウスを首を上げて見つめている。そしてデウスは厳かに話し始めた。


「──小僧、今、ワシの頭を見てハゲてると思ったじゃろう?」

「……はい?」


 *


「まったく最近の若いものは年寄りを敬う気持ちが足りん。お前たちはやれ老害だの、頭が固いだの好き勝手に言うが、わしらから見ればお前たちは経験というものが全く足りておらん」


 クドクドとした説教をキッドは正座をして(なぜかヴォルトも)聞いていた。


「ワシは古代の共和国で元老院の一員として手腕をふるっておってな。あの頃は良かった。人々の指示さえあれば、吸血鬼でも政治に参加できたおおらかな時代じゃった。それが最近の若い吸血鬼は自分たちは力があるからと人々に牙を向け、ワシらまでヴァンパイアハンターに狙われる始末」


(キッド達の体感時間で)何十分にも説教は続いている。


「……では励むようにの。未来ある若者たちよ」


 デウスがそう言うと闇が消え、視界はヴォルト診療所に戻った。現実ではまったく時間がたっていないようだった。


 ヴォルトはゲッソリした顔でキッドに尋ねる。


「なにか力は得られたかい?」


 キッドもゲッソリした顔で応えた。


「いえ。全く」


 *


 日が暮れて夜になったころ。街の城壁の上にニールとネールはいた。


「本当でしょうか。吸血鬼が今晩中に襲いにくるというのは」

「わからん。だが警戒しておいて損はない。俺たちの反対側は騎士団が守ってる。俺たち二人で騎士団に相当するとさ。評価の高いことで」


 そしてニールは小声で舌打ちしながら呟く。


「……ちっ、現れたのがまたあの真祖だったとき、俺たちだけで勝てると思ってんのかよ」


 ニールの言葉には自分たちを囮扱いにした北都行政への非難が込められていた。

 だがネールはニールとは別の考えを持っていた。


(願わくば私たちのほうへ仕掛けて来て欲しいものだ。そうすれば騎士団たちへの被害が少なくなる)


 反対側の騎士団達の方では、騎士団長ゾルドが闇の中をじっと睨みつけていた。


「ヴァンパイアハンター協会からの支援もある。どんな強大な敵が相手でも、北都の街を、人々を、必ず守ってみせる」


 そのとき、騎士団員の一人が声を発した。


「彼方の草原から、火が!」


 猛火が草原を覆い尽くしていた。炎に照らされ、ある男の姿が露わになった。

 浅黒い肌。露出した上半身。そこに刻まれた文様のような入れ墨。


 ──『炎血』の真祖、アグニが現れた。


「さて、今宵の戦はいかにしてワレを楽しませてくれるのだろうか」


 戦争が始まる。


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