幕間2 フリーダ様のドタバタ教育日記

 これはキッドがまだ幼児の時のお話。


「フリーダ様ー!フリーダ様ー!」


 エルマがフリーダに向かって大声で走って来る。


「うるさいぞエルマ、いったい何の用だ」


 フリーダは耳を押さえながら言った。


「キッドが言葉を喋ろうとして……」

「それを早く言わんかー!!!」


 目にも止まらぬ速さでフリーダはキッドの寝室に駆け込んでいった。


 寝室ではキッドがベッドの上に座っていた。

 その目の前でフリーダがニコニコとした顔で待機している。


「さあ、最初に発する言葉は『ママ』か『ママ』か、それとも『ママ』か」

「『ママ』って言ってほしすぎでしょ」


 するとキッドは「あっ、あっ」と何かを喋ろうとしている。


「き、キッド!ママだぞ!マ!マ!」

「マ……」


 フリーダの顔が期待に満ちる。


「マ……」


 フリーダの顔がニヤケ顔になる。


「マ……」


 フリーダは聖母のような顔になった。

 そしてキッドは一呼吸置いて言う。


「ねぇね」


 フリーダが石になったように固まる。


 一方名前を呼ばれたエルマは照れながら言う。


「え?ちょ、私じゃなくてフリーダ様に……へへっ、まあ、ありがとなキッド」


 だがそう言った直後、エルマはフリーダに殺されるのでは?と恐れながら横を振り向く。


「い、いえフリーダ様!これは流石に私にもどうにもできないことでありまし……て?」


 フリーダが全く動かないことにエルマは気付く。


「し、死んでる……」


 かくして『鉄血』の真祖フリーダは滅びた。

 これは人類にとって大きな一歩であり、真祖の一角を失ったことによる、吸血鬼同士のパワーバランスの崩壊が、後に大きな大戦を引き起こすなんてことは、『鉄血』はそもそも表舞台にあまり関わっていないので起こりようもなかった。


「ママ」


 今度はフリーダに向かってキッドが言った。


 ──瞬間、フリーダを固まらせていた石が砕け散った。背中から巨大な羽を生やし、キッドを抱えて(フリーダの気分は)一気に空へ駆け上がる。


「はーいママですよー!!!!!!」


 大人とは思えないはしゃぎようであった。


「私は──『自由』の羽を手に入れたのだから」

「フリーダ様は自由すぎでしょ」


 キッドは幼児の頃から空気の読める子であった。


 *


 グルグル眼鏡をかけたフリーダが本を片手に幼児のキッドにむかって教育をしていた。


「よいかキッド、ある昔の哲学者は、この世界の物質はとてもとっても小さい粒が集まってできていると考えてな、さらにその粒と粒の間には何もないと」

「まていまてーい!」


 エルマが突っ込みを入れる。


「なんだエルマ、私の教育方針に口を出すのか。」

「幼児に哲学論なんて語って理解できるわけないでしょうが!『雷血』相手に語ってください!」


 確かに……とフリーダは思いつつ別の本を取り出してキッドに言い始めた。


「ではキッド、3以上の自然数nについて、X^n+Y^n=Z^nをみたす自然数X、Y、Zの組が存在しないことの証明をだな」

「いやそれも滅茶苦茶難しいヤツー!!」


 フリーダは怪訝な顔をして言う。


「いやだいぶわかりやすいだろう?」

「問題自体はわかりやすくても解くのが難解じゃないですか。昔『雷血』の一人が解けないことに絶望して自殺したって聞きましたよ」

「なんだ、『真理』を追い求めているくせに軟弱な奴らだ」

「ていうかその問題すら幼児のキッドには分からんでしょうが!」

「……戦術論とか帝王学もか?」

「幼児にわかる以前にキッドに必要なんですかそれ!?」


 色んな本を片付けながらフリーダは嫌みったらしく言う。


「そこまで言うエルマさんには何か良い教育法などがあるのだろうな?」


 エルマはため息をつきながらポケットから馬のおもちゃを取り出す。


「ほーらキッド、お馬さんだよー」


 キッドは興味を示したようで、拙い声で「うま!うま!」と言っている。


「ほらフリーダ様、こういうので良いんですって」


 しかしフリーダは対抗心をメラメラと燃やしながら言う。


「……私の方がもっと立派な馬を出せるぞ!」


 そして室内になんと鉄でてきたフリーダの眷族、鉄馬を繰り出した。


「いやそう言う勝負じゃないでしょうが!」


 しかしキッドは鼻息を鳴らす鉄馬をみてキャッキャと喜んでいた。


「私の勝ちだな。」

「……なんだこの敗北感!」


 *


「ほーらキッド、月が綺麗だろう」


 フリーダはキッドを連れて夜の町を出歩いていた。キッドはフリーダの腕の中でスヤスヤと眠っている。


「こんな夜には鼻歌でも歌いたくなるな」


 そう言ってフリーダはふんふんと歌い始める。夜の静寂の中にフリーダの声だけが響く。


「不思議だな……吸血鬼として何千年と無為に過ごしてきた日々より、母としてお前と過ごした時間の方が長く感じるよ……」


 そう言ってキッドの頭を優しく撫でる。

 そのとき、フリーダは何者かの気配に気がついた。


「その子ども……忌血ですカ。いやあ珍しいですネェ」


 話しかけてきたのはカールのかかった変な髭を生やした男である。それが吸血鬼だと言うことはすぐにわかった。


「その子どもをこちらに渡しなサイ」

「渡してどうするつもりだ?」


 男は当然といった顔で言う。


「そりゃもちろん、んですヨ。あなたはその子どもを大きくして血を飲もうと考えているようですが、もっと良い方法がありマス」


 男は指と指の間に電気をほとばしらせる。


「『雷血』たる私にガキを食わせて、私に忌血の発生プロセスを分析させるんですヨ。忌血が大量に生まれるようになれば貴方ももっともっと血が飲めマス。いい案でショウ?」


 フリーダは男を見下したような目で見て言う。


「それはただお前が血を飲みたいだけだろうが、それにお前如きに忌血の発生プロセスとやらがわかるとも思えん」


 フリーダの言葉に男はこめかみに血管を浮かばせながら言う。


「どうやら実力差がわかっていないようですネェ。無知蒙昧な貴方にしてあげますヨ。私は『雷血』の真祖様から直々に血をいただいた上位エルダー吸血鬼ヴァンパイアなのデスカラ!」


 そう言って男は電撃をフリーダに飛ばす。だが電撃はフリーダを避けていってしまった。


「お前のセリフ、初めて聞くはずなのに何故かデジャヴを感じるよ」

「チッ、逸れたか。運がいいですネェ」


 運の問題では無い。フリーダは自分の周りに細いワイヤーを張っていたのだ。電気は金属のほうに優先して移動する。男はそれに気が付いていなかった。故に、すでに勝負は決していたと言えよう。


「ならば直接攻撃してあげマス!」


 そういって男はフリーダに向けて突っ込んでくる。男の手からは電撃がバチバチとほとばしっている。

「体のどこかに触れればノックアウトですヨォ!」

の話だろ」


 フリーダは男の攻撃を間一髪で避けていく。


「動きが鈍いデスヨ!これで終わ──!?」


 男はワイヤーにからめとられて動けなくなっていた。もがけばもがくほどワイヤーが絡まる。


「動きが鈍い?当たり前だ、速く動くとキッドが起きてしまうだろうが」


 ワイヤーはフリーダの指の先から伸びている。そして男に向かって冷たく言った。


「私こそお前にしてやろう。──『母』は強しということをな」 


 そしてフリーダが片手を握り締めると、ワイヤーによって男はバラバラに引き裂かれた。


「キッド見ていたか?私の活躍を──」


 するとキッドが揺れに目を覚まし、大声で夜泣きを始めた。


「えっ!?うわっ!ちょっ!こ、こういうときどうすればいいんだ!?」


 フリーダはあたふたと慌て始めた。


「エルマ!エルマ!はおるかーー!!」


 夜の街に、フリーダの叫びがこだました。


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