13話 白と黒の交差

 ──キッドたちが『毒血』のメアリーを倒す少し前。


白銀の刃シルバー・ブレイド》』のネールは武器を構えて、『』の鎧を身にまとうフリーダに向けて高速で突っ込んでいく。


 並大抵の吸血鬼ではまともに反応できない速度であったが、フリーダは簡単に動きを見切り、首めがけて振るわれた刃を小さなナイフで受け止めた。

 フリーダは受け止めた武器を見て不思議そうな顔をして言った。


「見たことのない武器だな。さてはそれは『雷血』の『マキナ』か?」


 ネールは答えず、ポケットから血の入った瓶を取り出し、『マキナ』のカートリッジに入れた。すると『マキナ』から音声が発せられる。


「バッテリーチャージ完了、、展開します」

「最近の武器は喋るのか……『雷血』のヤツラは変なものを作る」


 音声とともにネールの武器が超高速で振動をはじめる。刃は月明かりに照らされ、に輝いていた。そして再びフリーダに向け突撃する。すると進行方向上に鉄の柱が大量に出現し、ネールの動きを阻む。が、ネールがブレードを振るうと、いとも簡単に鉄柱は両断された。


「防御不可の刃か……面白い」


 フリーダは羽を広げて空に飛び、ネールの攻撃を避けた。しかしそれを予測していたネールは、足をバネのようにして飛び上がると刃を振るった。

 ──そしてフリーダの首が胴体から切り離された。


 *


 ニールとネールは貧しい農村に生まれた。幸いにも飢えとは無縁だったが、村から都市部に学びに行くようなものは存在しないような、極めて閉鎖的な環境であった。そんななか生まれたニールとネール、そして二人を産んだ両親は激しい差別にさらされた。


 だが両親は二人を懸命に育ててくれ、兄のニールはネールを同年代のいじめから守ってくれた。大きくなったら街に出稼ぎにいこう、ここよりかは差別も少ないはずだ。そして両親に楽な暮らしをさせてあげるんだ。そう未来に希望を持ちながら育っていった。


 だがある夜、村を大火が襲った。生き残ったのはニールとネールだけだった。ある『炎血』の吸血鬼が村を襲ったのだ。目の前で火に包まれる両親をみてネールは誓った。

 私の──忌血のせいで吸血鬼に狙われたんだ。もう自分のような犠牲者を増やしたくはない。すべての吸血鬼を滅ぼし、人々を救って見せると。


 *


 ネールは高周波ブレードの電源をオフにするとつぶやくように言う。


「……吸血鬼、一体駆除」


 そして死体を回収しようとフリーダに向かって歩みを進める。


 ──突然、その死体が錆びるように朽ち果てていった。


「──なっ!?」


 ネールは驚いて辺りを見渡す。すると突然地響きが起こり、自分を取り囲むようにしてが出現した。


「──やはりダミーは動かすのが面倒だ。この前出会った『凍血』の上位吸血鬼エルダーヴァンパイアはそれなりに使いこなしていたが、もしかしてヤツは出来る方の吸血鬼だったのか?」


 コロッセオで皇帝が鎮座する場所にフリーダが足を組んで座っていた。最初から戦っていたのは鉄で作られたダミーだったのである。


 ネールは一連の光景を見て手を震えさせる。恐怖からか、それとも武者震いか、ただ一つ分かることはネールがフリーダにあふれんばかりの殺気をぶつけていると言うことだ。


「こんな真似は上位エルダー吸血鬼ヴァンパイアの力では到底不可能……ということはお前が──『真祖』か」


 ネールの言葉にフリーダは悪い顔を浮かべて言う。


「ならばどうする?尻尾を巻いて逃げ出すか?」


 ネールは高周波ブレードの電源をオンにして再び構えた。


「すべての吸血鬼の祖たる『真祖』──お前たちを滅ぼし!この世界から吸血鬼を根絶やしにしてやる!」


「──面白い!来い!『忌血の英雄』よ!」


 フリーダが指を鳴らすと、ネールに向かって無数の武器が飛ぶ。ネールはその中から致命傷となるものだけを打ち落とす。ギリギリで掠れた武器がネールの肌を撫でるように切っていく。だがネールは止まらない。

 フリーダも地面に降りて迎撃の構えをとる。なんでも斬る刃に対し、フリーダがとった行動は──


 巨大な質量による圧殺であった。

 ネールの真上に巨大な鉄の塊が落ちてくる。『真祖』ゆえにとれるシンプルにして最も有効的な行動である。エルマやキッドであれば鎖などで体の動きを封じようという手段をとったであろう。


 頭上に現れた巨大な鉄塊にネールは面食らう、だがすぐに冷静さを取り戻すと横に飛んで転がり、圧死するのをギリギリで避けた。

 だがその隙をフリーダは見逃さない。蛇腹剣を作り出し、寝転がっているネールに向けて剣先を飛ばす。剣先がネールの体に突き刺さろうとしたとき──


 がネールの身を守った。


「──おいおい何一人で先走ってんだよ。俺たちは二人で『』、だろ?」


 守ったのはもう一人の英雄、ニールであった。


「先走った。って兄さんが遅いんじゃないですか」

「ワリィワリィ、この見事な建物に見ほれちまっててな」


 ニールの登場にフリーダは笑みをつくる。


「ほう、一人でもなかなかのものだったが、それが二人協力してとなるとどれほどの強さに──!?」


 フリーダは目の前の光景に目を見開く、不意打ちを食らったからではない。ニールがネールを抱えて、そのままフリーダに背を向け走り去っていったからだ。


「──なっ!?お前たち私と戦うのではなかったのか!?」


 逃げ出すと見せかけて不意打ちするのかとフリーダは思ったが、その逃げ方からして完全にフリーダから逃げ出すつもりのようだ。


 フリーダは足止めをしようと雨のように武器を降らせる。だが、そのことごとくをニールの赤色の盾に防がれる。

 ニールの盾は『四血しけつの盾』と呼ばれる代物で、『雷血』『炎血』『凍血』『毒血』の四種類の血が塗りつけられた盾である。吸血鬼の攻撃をほとんど無効化でき、フリーダの武器の雨も盾に触れると朽ち果ててしまう。


 ニールの逃走行為に抗議したのはフリーダだけではなかった。


「何をしているんですか兄さん!せっかく『真祖』を討ち取る機会を得たというのに!」


 しかしニールは飄々とした様子で返す。


「え?だからしてるだろ?」


 闘争違いであった。


「それになネール、俺たちはまだまだ真祖に勝てない。あいつと直に戦ったお前なら身に染みて分かったはずだ。真祖は上位エルダーとは次元が違う」


 ネールは唇をかみしめて兄の言うことに従った。


「──で?私が逃走を許すとでも?」


 いつのまにかニールの目の前にフリーダが回り込んでいた。

 だがニールは余裕の表情を崩さずに言う。


「あー、相手をしてもいいんだが、お前さんにとって滅茶苦茶つまらない戦いになると思うぜ?」


 そして『四血しけつの盾』を見せびらかすようにして言った。


「──俺はこの盾で延々と身を守り続けるだけだからな。朝が来るまで」


 その発言にフリーダのやる気は完全にそがれてしまったようだ。コロッセオが崩れはじめ、フリーダは二人に背をむけて歩き去っていく。ニールもスキップするかのような軽快さでフリーダから逃げていく、ただ一人、やる気に満ち溢れているネールはフリーダに向かって吠える。


「まっていろ!絶対にお前たち真祖を滅ぼしてやる!」


 フリーダはその言葉に微笑むと馬車の車体を手にして山の──キッドたちのほうへ歩いて言った。


 かくして、最強の吸血鬼と最強のヴァンパイアハンターの戦いはネールの敗北に終わった。

 フリーダは勝ったと思っていないだろうが、ネールにとって吸血鬼相手に背を向けて逃げ出したということは敗北に等しいものだった。ニールに至っては生きていれば勝ちだと思っていることだろう。

 ネールは決意を新たにする。吸血鬼を滅ぼし、人々の救済をなすために。


 *


「はあ、はあ」


 一人の男が川から岸に上がりつく。その男はキッドに崖下に投げられた山賊の男であった。男は体を寒さに震わせながら川に沿って歩き始める。


「寒い……火、火を……」


 そうして歩いていると川岸に何かの瓶が引っかかっていることに気が付く。


「な、なんだ?油とかじゃねえよな?」


 その瓶は血の入った瓶であった。だが今、その男にはまるで必要のないものであった。


「どうでもいい……火、火を……こうなりゃ近くに民家を見つけたら襲って」


「火ならここにあるぞ?」


 急に後ろから声がした。

 そして山賊の男が後ろを振り向いたとたん、男の体が燃え始めた。


「あ、あああああああああ!!!!!!!!!!」


 男の内部にまですぐに火がいきわたり、すぐに山賊の男はこと切れた。


 山賊を燃やした男──『炎血』の吸血鬼は倒れた山賊の体に腕を突き刺し、血を飲み始めた。

 男は浅黒い体をしており。上半身はなにも身にまとっていなかった。その代わりに全身に入れ墨の文様が入っている。表情がほとんど変わらず冷徹な印象を与えた。

 吸血鬼の男は山賊の男が瓶を持っていることに気づく。そしてその瓶のに気づくと歪な笑みを浮かべて言う。


「これは面白い、最強のヴァンパイアハンターとやらを追ってここまで来たが、まさかまでこの近くにいるとは、我が求める『闘争』はすぐそこまで来ているということか」


『炎血』の真祖、は静かにそうつぶやいた。


 北の街にて、新たな物語が始まる。


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