12話 『自由』へのはばたき

 メアリーは元は普通の人間であった。父と母と共に行商を行い、あちこちを旅していた。もっとも、その商品は『』と公には憚られるものであったのだが。


 関所を避け、夜間の山道を通ろうとしたところを山賊に襲われた。毒物を撒いて応戦したが、数の前になす術もなく両親は殺された。

 メアリーは山賊たちに辱められるくらいなら、と毒を飲んで自死することを選んだ。

 その時飲んだ毒は『』とよばれ、どんな生き物も一滴でたちまちのうちに殺してしまうというものであった。


 気がつくとメアリーは暗闇の中に立っていた。


「──ここは……どこなの?さては地獄かしら?ふっ、これまで死の商人として生きてきた私にはお似合いね」


「──かっかっかっ、地獄なんかより、もっとひどい場所よ。お主はまだ生きてあるわ、現世にな」


 いきなり少女の声が頭に響く。古風な喋り方をしていた。

 すると目の前に毒があらわれ、それは次第に少女の形を取りはじめた。少女は金色の髪を肩まで伸ばしていた。先端がカールのようになっている。着物を崩して見に纏っていた。


「まさか毒として作った『鬼血』を飲んで適合する人間がいたとはのう、珍しいこともあるものじゃ」

「あなたがこの毒を作ったの?一滴で死ぬっていう売り文句は伊達じゃないわね。死んだいう実感すらないままここにきたわ」


 それを聞いた少女はお腹を抱えて笑い出す。


「かっかっかっ!だからおぬしは死んでおらぬといっておろう。これからとなるのじゃからな」


 メアリーは少女の言葉に驚いて言う。


「吸血鬼!?いったいどういうこと?」


 少女は笑みを浮かべて言う。


「すぐにわかる、わしは。──『』の『』にして『』を求めるものじゃ」


 山賊たちはメアリーが毒を飲んで死んだのを見て悪態をつく。


「くそっ!死にやがった!こうなりゃまだ温かいうちに……」


 ──そういって近づいた山賊のクビが飛んだ。

 一瞬にして山賊の一人が殺されたのをみて、固まっている山賊たちにメアリーはこう宣言した。

「こんばんは、わたしは『毒血』のメアリー、あなたたちの『支配』者よ」


 *


「私の名はアイズ!『栄光』を追い求めるもの。『凍血』の真祖だ!」


 キッドは目の前に現れた男に困惑しながら返事を返す。


「えっ、えっと、僕はキッドって言います。あの、ここはどこなんでしょうか」

「わたしもよく知らん!きっと人の心の中とかそんなところだ!」


 適当な返事にキッドは困惑した顔を浮かべる。


「ここに来たということは君も我々『凍血』の系列に加わりにきたんだね。血の持ち主であるブリーズが死んだから、かわりにこの私が直々に君に会いにきたのだ!栄光に思ってくれ!はーはっはっはっ!」


 テンションの高いアイズにキッドは若干引きながら答える。


「ええと……僕は『凍血』には加わりません。僕は多分『鉄血』の系列に所属してると思うので」


 アイズが信じられないという顔で驚く。


「なんと!?なら何のために『凍血』の血を飲んだのだ?……ああ、誰かに飲まされたのか」


 アイズの言葉にキッドはアンナが飲ませてくれたのか、と気づく。


「だがもっとも君に拒否権はない……というか私は君に力を与えに来たのではなく、から来たのだ」

「え?」


 キッドはとぼけた声を返す。


「君はすでに『凍血』の力を得た。私はただ、これから一緒に『栄光』の道を歩まないか勧誘しにきただけさ、君がその力をどうするかは、君の『』だよ。さあ、君に──『栄光』あれ!」


 そしてアイズは闇の彼方へ消えていった。

 この世界が広がっていく感覚、それは紛れもなく、遠い昔に感じたものであった。

 そう、フリーダが自分をすくい、血を飲ませてくれたあの時。


「キッドよ……もうお前は何者にも縛られることはない……お前は──」


 キッドとアンナは崖下の川に向かって落ちていく。キッドに抱きつくアンナの体も凍りつき始めていた。着水の衝撃に耐えられても、川の冷たさに二人とも耐えられないだろう。

 アンナは白い息を吐きながらそっと呟いた。


「キッド……だいすきだよ。」


 キッドの頭の中に優しい母の声が響く。


「お前は──『自由』の羽を手に入れたのだから」


 ──瞬間、キッドを凍らせていた氷が砕け散った。背中から巨大な羽を生やし、アンナを抱えて一気に空へ駆け上がる。メアリーはそれを信じられないという様子で見上げていた。


「あの子は『鉄血』のはずじゃなかったの!?まさか──『凍血』にも適合したっていうの!?」


 空を飛びながらキッドはアンナに向かって言う。


「アンナ!僕もだいすきだ!」

「ひゅうっ!?」

 キッドの言葉にアンナは赤面して驚く。

「フリーダ母さんにエルマ姉さんにマリアさん、そして……アンナちゃん。僕に喜びと幸せをくれたみんなが……大好きだ!」

「……う、うん!わ、わたしもみんなのことが大好きだよ!」


 アンナはバクバクする心臓を押さえながら、ちょっと残念がったため息を吐く。キッドは地面に降り立つと、メアリーをまっすぐ見つめて言う。


「──僕らはお前なんかには『支配』されない。そして、まだ僕たちの道を阻むと言うのなら」


 キッドの周りの空気がパキパキと凍てつき始めた。


「──今!ここで!お前を討つ!」


 キッドの言葉を聞いたメアリーはプルプルと体を震わせる。


「いいじゃないその反骨精神、首輪つけてあげたくなるわ。『支配』してあげたくなるわ!」


 そう言ってメアリーは自分の髪の毛を蛇のような姿に変える。蛇たちは大きく口を開けキッド目掛けて襲いかかり始めた。


「氷輪鉄華!」


 キッドは転輪鉄華の氷仕様を作り出すと、襲いくる蛇達をなぎ払い切った。そしてメアリーへ向けて一気に距離を縮めていく。

 メアリーは今度はキッドへ向けて巨大な毒の塊を吹き出した。キッドは氷を纏った血刀、を作り出すと、地面に突き刺し、氷の壁を作り出して防御した。

 氷の壁が崩れていくと同時にキッドが気づく。


 ──メアリーがいない。

 ハッとして上を見ると、はるか上空にメアリーが飛んでいた。

 メアリーはこちらを見てニヤついた顔を浮かべている。


「いつまでも吸血鬼でいられるわけではないんでしょう?あなたの時間切れが来るまで逃げさせてもらうわ。鉄の羽じゃあ重くて追いつけないでしょう?」


 気づかれていた。『鉄血』と『凍血』の同時発動、単独で使う時よりも時間切れは早くなる。故にキッドは逃走ではなく短期決戦を選んだのだ。なのに、このままでは確実に──負ける。


「何逃げてんだオラァーーーー!!!」


 突然、エルマがメアリーの背中から飛び蹴りをくらわせる。


「な──!?麻痺させていたはずなのに!」

「あの程度すぐに分解できなくてなにが上位エルダー吸血鬼ヴァンパイアじゃ!やってやれキッドーーー!!」


 エルマに蹴られたメアリーが体勢を崩し落下する。下ではキッドがを構えていた。

 そして、キッドの足元が高い音を上げて爆発する。そしてキッドは高速でメアリーに向けて突っ込んでいった。


 キッドは吸った空気を吐き出さず。『凍血』の力で固体にし、足元に溜めていた。そして凍結状態を解除することで、固体の空気が気体となり、何百倍にも膨れ上がってキッドを射出させたのだ。これは『凍血』の力を得た際に知識として流れ込んできた伝わった技術である。


「お前の『支配』もこれまでだ!メアリィイイイイイイイイ!!!!」


 キッドの凍血刀がメアリーの胸元を突き刺した。突き刺さった胸元からメアリーの体がどんどん凍りついていく。


「そんな……わたしが……負けるなんて……」


 キッドが凍血刀を引き抜いた。メアリーは静かに川に向かって落下していく。


「まあいいか……御山の大将も飽き飽きしてたし……これでようやく逢えるわね……父さん……母さん」


 崖下から水音が響いた。メアリーもようやく『自由』になれたのかもしれない。


 とうとう時間切れが来たキッドは、羽が崩れて落ちそうになる。が、エルマがすぐにやってきて抱きしめた。豊満な胸がキッドの顔を包む。


「よくやったぞ!キッド!ご褒美にいっぱい血を飲んでやるからな!」

「それは姉さんにとってのご褒美でしょ……」


 メアリーが敗北するのを見た山賊達は歓喜の声を上げる。


「やった!あいつらやりやがったぞ!」

「俺たちは自由だ!」


 そして方々に去っていった。


「あいつらほっといて良いのかな?」

「僕たちにどうこうする義務も余力もないでしょ」


 キッドもエルマも疲労感たっぷりのため息をつく。するとキッドが彼方を見てあることに気がつく。


「姉さん!アレを見て!」

「ん?」


 エルマがキッドに言われた方向を見て驚愕の声を上げる。


「アレは!フリーダ様の!」


 広い草原に、巨大な鉄のコロシアムができていたのだ。

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