三章 北都血戦
14話 災厄の予兆
キッドたちが行商に向かっている北の街、『北都』はキッドたちが暮らす王国──『ヴァーニア王国』でも有数の商業都市だ。商工業と交易が盛んであり、様々な品物が並ぶことから、『北都で人間と命以外で買えないものはない』と呼ばれるくらいである。
富が集まるところゆえに犯罪組織などが度々魔の手を伸ばすが、そのたびに精強な騎士団や憲兵たちが排除していった。だが、今回はこれまでとは比べ物にならないほどの『災厄』が『北都』の人々を襲おうとしていた。
*
キッド達は戦闘の休憩を終えて、ゆっくりと山道を歩いていた。キッドがエルマに向かって話しかける。
「さっき空で見たあの円形状の建造物は母さんの仕業って、姉さん言ってたよね?だとしたらそこに向かえば母さんに会えるかな?」
「ああ、あのコロッセオはフリーダ様が戦うときに作り出す舞台だ。フリーダ様のことだから、さっさと相手を倒して私たちへの合流を図ってくれているさ」
二人がそんな会話をしていると、アンナが何かに気付いて足を止める。
「二人とも!前方から何かがものすごい速さで向かって来るよ!」
アンナの言葉にエルマは臨戦態勢をとる。キッドも新しくもらったエルマの血の瓶を持って警戒する。
だが向かってくる人物の速度はあまりにも速すぎた。エルマでさえまともに反応できず、キッドへの接近を許してしまった。
「避けられな──」
そしてキッドはその人物からの突進を受けてしまった。
「キッドーーーーーーー!!!!!無事だったわねーーーー!!!!!!」
抱き着いてきたのはフリーダであった。フリーダはキッドの頭を全力でなでながら言う。
「キッド!手も!足も!頭も!ちゃんとついてる!よかった……生きててくれてほんとよかった……」
フリーダは目じりに涙をためて言った。
「さすがに頭が取れたら生きていけないよ」
キッドも照れ交じりに答えた。
「ごめんね。本来なら私もエルマと共に助けに行きたかったのだけど、万が一を想定して向かえなかったの。しかもその万が一が当たってしまったわ」
「万が一って……まさか!」
エルマが冷や汗を浮かべて言った。
「そう、『忌血の英雄』よ。ダミーだけれども私の首を切り飛ばすほどの実力を持っていたわ」
「わ、私でもダミー相手のフリーダ様に勝ったことないのに……」
エルマは慄きながら言った。
「あとごめんなさい。その英雄の一人を追い詰めたんだけど、もう片方の英雄に邪魔されて逃がしちゃったわ。……というか正直もっと強くなったあの子と戦いたくて、あえて逃がした部分があるわね」
「ちょっ!それで私たちが狙われたらどうするんです!?」
泣き言を言うエルマにフリーダは余裕の表情でこう返す。
「安心しなさい。私が貴方達を守るから」
無限の信頼と安心感が含まれた宣言であった。
*
北の街の大きな門の近くで、ハンターたちのキャンプが敷設されていた。『英雄』二人はそこで、ハンター協会の局長にむかって報告していた。
「……というわけで怖い怖い真祖様からネールを連れて逃げてきました」
「真祖を倒すまたとない機会を逃してしまいました」
ニールの方は笑顔だがネールは落ち込んだ表情をしていた。
局長は黙って二人に近づくと、二人の肩を掴んで言う。
「君たちが無事に戻って来てくれただけで何よりだ。『真祖』というあまりにも強大な相手、しかも『鉄血』というほとんど未知の存在相手に、よくぞ生きて帰ってくれた。それだけでも大きな収穫だ」
「しかし私が兄さんの協力のもと闘えば真祖とも差し違えられたかも──」
そう言ったネールを局長は鋭い眼光で睨む。
「ネール君、自分の命を犠牲にしてまでという考え方はやめたまえ、今や君たちは人々の希望なのだ。君たちが死んだらハンター達の士気はおおいに下がってしまうだろう」
そう諭して局長は二人に背を向けると続けて言った。
「それに……君たちが死んでしまったら私が悲しむ」
その言葉にネールはハッとする。ニールも肩を震わせながら大声で言う。
「局長〜〜〜〜!今夜は朝までいっぱい飲み明かしましょうぜ!」
そして局長に背後から抱きついた。
「うわ!わたしはまだこれから仕事があるのだが!?」
そのままニールに引っ張られていく局長。ネールも頬を緩ませて後を着いていった。
*
「隊長殿!山から降りてきた山賊はこれで全員のようです!」
騎士団の一人が、隊長格と思わしき人物にそう報告していた。
近くには縄で捕らえられた山賊が座っている。
「それと根城にしていたと見られる古い砦に略奪品が大量に、あと崖の近くに山賊の死体を複数見つけました」
ニールとネールに出された吸血鬼討伐依頼とは別に、騎士団にも山賊の討伐命令が出されていた。夜明けと共に奇襲しようと待機していたが、逃げ出した山賊たちが見えたため、こうして捕らえたのである。
隊長格の男は名をゾルドと言った。40代といったところで、頬に剣傷を持っている。体つきはよく鍛えられており、凛々しい雰囲気を与えていた。
「なるほど、やはりあの山賊たちの長は吸血鬼だったか、山賊たちの証言をもとにすると、別の吸血鬼との戦いに敗れたそうだが」
一人思案するゾルド、部下の一人が危機感を募らせながら言った。
「となるとその山賊の長よりも強い吸血鬼が街の近くにいることになります。これは大変由々しき事態だと」
ゾルドもその言葉に頷いてこう言った。
「明日から街の門に検問を貼る。吸血鬼が入れそうな怪しい馬車はくまなくチェックしろ。昼でも人間の手下を使って侵入してくるかもしれん。憲兵やハンター達にも協力を要請しておけ」
部下がハッと返事をして伝来に向かった。
ゾルドは一人呟く。
「悪い予感がするな……それもとびきり悪い予感が」
*
北都の中を、二人の男女が歩いている。酒に酔った女性を、背の高い男が支えながら歩いていた。男はシャツの上に白衣を着ていて、ハンサムな顔つきであった。
「やだー、まだ飲むのー!」
「レディ、今日はもう遅い、君の家まで送るから、ほら」
「ふふふ!家につれ帰って何をするつもりなのかしら!それにレディじゃなくてミランダって言って!さっき名前教えたでしょ!ね!ヴォルト!」
二人は行きずりの関係である。
ヴォルトは面倒な女を引っ掛けたと、困ったような表情をつくった。
二人が人気のない路地裏にやってきたところで男は呟く。
「このあたりでいいか」
「やだぁ、人がいないからってこんなとこ」
瞬間、女の首元で電撃がはじけた。女は気絶し倒れ込むが、それを男が支えた。
「すまないねレディ。ちょっとばかし血をもらうよ」
そうして女の首に、牙が伸びた口を近づける。すると辺りに誰もいないことを確認したはずなのに、後ろから声がかかった。
「ほう、『雷血』はそのようにして血を得られるのか、便利なものだな。ワレには到底真似できぬ芸当だ」
ヴォルトはすぐさま振り返って電撃を声の主に浴びせた。だが直撃したはずなのにその男は一向に気にする様子はない。
その人物は浅黒い肌をしており、上半身を露出させていた。さらに全身に刺青のような文様が入っている。
──『炎血』の真祖、アグニであった。
「意外だな、お前は
ヴォルトは表情を崩さずにアグニに向かって皮肉を言う。
「おや、『炎血』の真祖様は『能ある鷹は爪を隠す』という言葉を知らないようだ」
だがアグニはまるで気にしない様子であった。
「ワレは無学でなぁ、生まれた頃より闘うことしか知らん。そう、『闘争』だけがワレの心をみたしてくれるのだ」
そしてヴォルトに向かって戦闘態勢をとった。
「お前は──ワレの心を満たしてくれるか?」
夜明けはすぐそこまで迫っていた。
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