4話 会敵
真夜中の街並みをエルマは屋根伝いに跳躍していく。あちこちをめぐって吸血鬼の気配を探るが影も形も見当たらない。
「うーんだめだ。いったん戻ってフリーダ様に報告しよう。……あーでもなんの収穫もなしだと怒られるの確定だしなぁ……」
トボトボと歩いていたエルマだったが急にその場に立ち止まる。そして首をわずかに傾けると、頭のあった場所を高速で飛ぶ弾丸が通り抜けた。
「──発砲音聞いて回避余裕でしたよっと」
そして弾丸が飛んできたほうへ向く。その先にはヴァンパイアハンターマリアが銃を構えていた。自分の攻撃が回避されたマリアは舌打ちして言う。
「消音機能はつけてるはずなんだけどねぇ......もしかしてアタシいきなり大物と出くわしちゃった?」
エルマは余裕の笑みを浮かべて言う。
「なかなか精度のいい射撃してるじゃん!並みの吸血鬼だったら今ので勝負ついてたよ!」
マリアも次弾を装填しながら言う。
「あんたはなんの血の吸血鬼だい?『炎血』か『雷血』か『毒血』か......いや、言わなくてもいいよ。『凍血』の吸血鬼さん」
マリアがもう一度エルマに向けて発砲する。エルマは同じようにして避けるがさっきとは攻撃方法が違うとすぐにわかった。銃口から巨大な火炎弾を打ち出されている。それは放射状に広がりエルマの体を包みこんだ。
「……アンタは殺しの証拠を残しすぎたのさ……あんな死体をみればだれだって『凍血』の吸血鬼だとわかる。血の種類が分かれば対策は簡単さ」
そしてマリアは炎に背を向ける。しかし、
「はあー?あんな名誉欲の強い連中と一緒にしないでほしいんだけど?」
炎の中から突如聞こえる声にマリアは信じられないといった顔で目を向ける。
「でもいい判断だね。『炎血』の血を込めた銃弾による攻撃。わたしが『凍血』の吸血鬼だったら死んでたよ。でもね、残念ながらわたしは『炎血』でも『雷血』でも『毒血』でもなーい」
炎の中から、フルプレートの鎧に覆われ大剣を担いだエルマが現れる。さながら重騎士といった姿である。
「──わたしは『鉄血』の吸血鬼エルマ!偉大なる『鉄血』の真祖フリーダ様に連なるものよ!さあさあ!遊んであげるわヴァンパイアハンター!」
──しかし、エルマが口上を叫んでいるあいだにマリアは影も形もなくなっていた。
「え?あれ?ちょっ!?どこいったー!逃げるなー!」
マリアは路地裏を縫うように走って逃げている。
「情報のない相手とまともにやりあうつもりはないねっと、まさか同じ街に違う種類の吸血鬼がいたなんてね……目下私が討伐すべきは『凍血』の吸血鬼なんだよ。『鉄血』なんて聞いたこともないのは相手にしてられないよ」
広場にでたマリアはある宿屋の扉がこんな夜中に開きっぱなしになっていることに気づく。
「なんだいなんだい不用心だね。吸血鬼に襲われてもしらないよ……んな!?」
扉の中を覗き込んだマリアは宿屋の凄惨な光景をみて息をのむ。
「凍った死体……!ってこいつは昼間にあの子に因縁つけてた……!」
マリアは何かを思いつくと事件の報告書を読み始める。
「これまでに殺された被害者は……年齢も性別も職業もバラバラ……だけど商店の近くだったり交易所の近くで襲われてる」
マリアは呼吸を鎮めるとつぶやくように言う。
「吸血鬼は……あの子を追いながら襲っているのか!」
マリアは走り出し、そして街の闇の中に消えて言った。
*
フリーダは街の中心部の憲兵庁舎の屋根の上で静かにたたずんでいる。フリーダは何かの気配を察すると自分の親指をかみちぎり血を流れさせる。すると流れ出た血が見る見るうちに鉄の刃へと変わっていく。
「……そこから見ているのだろう?遠くからこそこそと。やる気がないならこちらからいくぞ?」
フリーダはキッドと話すときとは別人のような口調で話す。
するとカチカチと音を立てて、たくさんの人間の骨が庁舎の屋根の上に昇ってきた。いや、それは正確には骨ではなく血が凍ってできたスケルトンであった。
「あくまで自分は高見の見物ということか?かまわん、肩慣らしにはなるだろう」
一斉にスケルトンが襲い掛かってくる。フリーダは両手に武器を持つと踊るように迎撃し始めた。攻撃のたびに獲物を、剣に、ハンマーに、斧に、レイピアに持ち替え、斬る、潰す、砕く、刺す、50体ほどいたスケルトンは瞬く間に殲滅された。
「……ほう、この街にもなかなかできる吸血鬼がいるじゃないか」
遠くの塔から一部始終を眺めていたブリーズは感心したように言う。
「が、この私の相手ではないな、私は『凍血』の真祖様から直々に血を貰った吸血鬼なのだから」
そして塔から飛び降りると闇の中に霧散していった。
「……敵の正体はつかめた。最も、逃げ足が速いようだが」
フリーダは忌々しげにつぶやく。すると遠くからエルマが羽を広げて飛んでくる。
「フリーダ様に報告です。先ほどヴァンパイアハン「敵の吸血鬼は?」
エルマは冷や汗を浮かべて言う。
「……敵は『凍血』の「それくらい死体の状況でわかる。敵の目的や外見は何だと聞いたのだ」
エルマは面目ないといった顔で言う。
「すみません影も形もつかめず……」
フリーダはため息をついて言う。
「まあいい。私は先ほど敵と交戦した。結果、敵が二人いるとわかった」
エルマはフリーダの言葉に疑問符を浮かべる。
「な、なぜ二人とわかるのですか?」
「交戦した敵の一人は強さから真祖直下の
フリーダの言葉にエルマはうやうやしく頭を下げる。
「さすがフリーダ様、素晴らしい慧眼をお持ちで」
「世辞はいい。……それよりいつものアレを頼むぞ」
そういうとフリーダは深呼吸をし、無理やり笑みを作って言う。
「ふう……おうキッド!起きるのが遅いぞ!」
「フリーダ様!口調からしてダメです!」
「……もう一回だ。」
フリーダは両手で顔をたたき、こわばった笑顔で言う。
「あ、あらキッド、おはよう。」
「フリーダ様!笑みをもっと自然に!」
「こ、今度こそ!」
フリーダは神経を集中させると柔和な笑顔で言った。
「あらキッド~、おはよう、よく眠れたかしら?」
「完璧!完璧です!フリーダ様!」
──フリーダは戦いのたびにこのようなやり取りをして心持ちを切り替えているのだ。
フリーダはため息を吐いて言う。
「ふう~、戦闘をすると、お母さんらしさがなくなってしまうのがダメね。」
「……別に素の口調でも問題ないのでは?母親ぶってるフリーダ様はいつもを知る私からみたらメチャクチャ気味が悪いですよ?」
フリーダはエルマをギッとにらみつけて言う。
「言うようになったじゃないかエルマ……こほん、とにかく!キッドを優しい子に育てるには私が優しいお母さんでいないとダメなの!」
「はいはい……」
熱心に言うフリーダをエルマは呆れた顔で見つめていた。
そうこうしているうちに遠くの地平線に光の線が差し込む。
「そろそろ夜明けです。戻りましょうフリーダ様」
「そうね……決着は今夜つけるわ。必ずね」
そういうと二人は薄明かりの闇に溶けていった。
キッドとアンナの二人はエルマの作った朝食を食べると支度をして街に出て言った。アンナは注文していたアクセサリーを受けとり、そして次の街へ旅立っていく予定なのだ。
「へぇ~アンナって幅広い種類の商品を扱ってるんだね」
荷物の中身をみたキッドが感心して言う。
「地方の特産品とか化粧品とかアクセサリーとか……とにかく軽くて値の張るものを扱ってる……珍味を酒屋さんに売りに行ったりとかセールスもときどき……」
「注文してたアクセサリーはどこに取りに行くの?」
「『ウッデン』って木工細工のお店……人嫌いだけどいいものを作ってくれる職人さんがいるって、作るのに時間がかかるものだから、別の街にいるときに注文書を送ってたの……住所は知ってるけどどう行ったらいいのか……」
ウッデンの名前を聞いてキッドは手をたたいて言う。
「ウッデン!その店なら数日前に郵便を届けに行ったよ!もしかしたら届けたのは君の注文書かもね。よかったらその店まで案内するよ」
キッドの言葉にアンナは目を輝かせる。
「そうなんだ……!ふふっ、なんだか、運命ってものを感じちゃうな……」
ふとアンナはふとあることに思い至る。
「……キッド……そういや郵便の仕事は……?」
「サボる!」
「ええ!?」
ウッデンにつくと愛想の悪そうな男の店主が黙って作業していた。二人は忌血とバレないようにフードを深くかぶっている。
「注文していた商品を取りに来ました。アンナと申します……」
「ぼ、僕は荷物持ちのキッドです」
店主は無言で玄関近くの箱を指さす。中にはアクセサリーが梱包されていた。アンナは中身を確認すると卓上に代金を置き、そそくさと逃げるように出ていこうとする。
「それじゃわたしはこれで……」
「まちな」
急に店主に呼び止められる。アンナはビクッとしてその場に立ち止まった。
「お、お金が足りなかったでしょうか」
店主は首を横にふると低い声で言う。
「お前たち……昨日騒ぎになった忌血の子供か?」
アンナとキッドはその言葉に体をこわばらせる。アンナが大きな声で言う。
「すみません!今すぐにこの街を出ていきますから!」
「そうじゃねぇ」
すると店主からアンナに小さなアクセサリーが手渡される。木製の盾をモチーフにしたアクセサリーだ。
「これって……?」
キッドが困惑した様子で尋ねた。
「……魔避けのお守りだよ。忌血は悪いヤツに狙われやすいんだろ?」
「なんで私に……?」
店主はアンナの疑問に暗い顔で答えた。
「昔、俺と妻との間に子供が生まれてな……生まれてきたその子は……『忌血』だった」
キッドとアンナは黙って店主の話に耳を傾ける。
「だから周りの人間に忌血の子は捨てろって言われ続けてな……気を病んだ妻は生まれてきた子供と一緒に、川に身を投げちまった」
店主が嗚咽を漏らし始める。
「だから……もし……!もしあの子が生きてたなら……!今頃お前たちと同じくらいの年になってたかもなって……!」
アンナが店主の手を取って優しく握る。
「あの……よかったら今日一日……このアクセサリーについてお話とかしてくれませんか?製法とか歴史とか、ぜひ知りたいんです。商人としても、私個人としても」
キッドもアンナの意図に気づくと店主に言う。
「僕も聞きたいです!こう、木を削るコツとか知りたいなって!」
店主は面食らったような顔になったがすぐに大笑いして言う。
「……ハハハ!しょうがねぇなまったく!そうだ!坊主の分のお守りも作ってやろう!今日はもう店じまいだな!」
店主は店の看板をしまうと嬉しそうに二人分のお茶菓子を用意しだした。
*
三人が談笑をしているといつの間にか日が暮れていた。店主が二人に向かって言う。
「話すぎちまったな……もうこんな時間だ」
店主の言葉に、さっきまで楽しそうにしていたキッドが顔面蒼白になってしまっている。
「……ああっ!家に帰らなきゃ!母さんと姉さんの食事の準備!」
そして立ち上がると店の出入り口に走っていく。
「あ、待って!私も一緒に」
アンナに呼び止められたそのとき、不意に店のドアが勢いよく開かれる。
──そこには目を血走らせた男が立っていた。
「忌血ちゃん見ーつけた」
そしてキッドを思い切り殴りつける。そのままキッドは店の壁まで吹き飛ばされた。ぶつかった壁までボロボロに砕けてしまう。
男はそのままアンナに向かって歩み寄る。アンナは足をすくませて動けない。
「手間取らせてくれやがってよぉ。ああ?あちこち歩きまわりやがって」
店主は殴られたキッドに向かって駆け出す。
「おい坊主!大丈──!?」
キッドが男に殴られた部分がカチコチに凍っていた。流れるはずの血さえも凍って流れなくなっている。
「なんだよこれは!いったいどうなってやがる!」
慌てる店主をなだめるようにキッドの手が伸びる。そしてか細い声で店主に言った。
「フードの内側の……小瓶を僕に……」
男はアンナの目の前に立つと舐めるように見てから首を掴む。
「……でもよぉ、苦労した後の血の味は格別って言うからよぉ。今となっちゃあ感謝してるぜ?さっさと凍らせて、ブリーズ様のところへ持って行ってやる」
すると男の腕の付け根から凍りが上り始める。アンナはそれを見て手から逃れようとするが全く振りほどけない。そしてアンナまで届こうとしたところで、
──男の手首が切り落とされた。
「げほっ!げほっ!」
手を離されたアンナが呼吸をしようとせき込む。
吸血鬼の男は唖然とした顔で目の前を見ていた。それもそのはずだ。さっき吹き飛ばしてやったはずの小僧が立ち上がって自分の手首を切り落としていたのだから。男は激高して叫ぶ。
「──何もんだ?何もんだてめぇえええええええええ!!!!!!!!!!」
その小僧──キッドはいつもとは様子が違っていた。目は黒く染まり虹彩は赤く、背から羽が生えている。出血も凍傷も治っており、そしてなにより、手に日本刀に似た剣を携えていたのだ。
キッドは男をまっすぐ捉えている。そして鋭い『殺意』を飛ばしていた。
「店主さん、アンナをみてやってあげてください」
低い声でキッドは言う。店主は混乱しながらキッドに尋ねる。
「君は……何者なんだい?」
キッドは男に刀を向けて言う。
「さっきまでは……人間でした。今は……この男を殺す、吸血鬼です」
──血塗られた戦いが、今始まる。
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