3話 脅威の出現

「ヴァ、ヴァンパイアハンターだって!?」


 腕を掴まれた男が困惑の声を出す。ヴァンパイアハンターを名乗った女性マリアはそのまま男の腕をひねり上げると地面に引き倒した。


「そう、ここ最近の不審な死体は吸血鬼によるものなのさ。んで、私がその吸血鬼を退治しに来たわけ」


 そういうとマリアは腰のリボルバーを見せつける。


「忌血だからってその子の宿泊を許可しない?ああそれは宿屋のオーナーのアンタの勝手さ、私はヴァンパイアハンターだ、憲兵様じゃない。だがね、こんな理不尽な手段でその子から荷物を奪おうなんてマネ、私個人の意思として、見過ごすことなんてできないね!」


 マリアの気迫に物おじした男は、逃げるように宿屋に戻ると荷物と宿泊代を外に放り投げて捨てゼリフを吐く。


「さ、さっさと出ていきやがれこのガキが!この街におまえらみたいな忌血を歓迎するような奴は一人もいないんだよ!」


 広場の人々は忌血の子供がいたことと、ヴァンパイアハンターのマリアがやってきたと広まったことよって騒然としていた。


「う~ん、お礼の言葉をもらうにしてもここじゃちょっとまずいね。場所を変えるよ!」


 マリアはキッドと少女の手を掴むと路地裏に引っ張っていった。


 *


 人気のない場所に着いたところでキッドはマリアにお礼を言う。


「ありがとうございました。僕らみたいな忌血のためにあそこまでしてくれるなんて......」


 少女ももじもじとしながら言う。


「どうも……ありがとうございます……おかげで荷物が戻ってきました……」


 マリアは豪快に笑って言う。


「いいんだよ!私が個人的にあの男にムカついただけなんだから!」


 そういうとマリアはいきなりキッドの頭をワシワシとなで始める。


「わっ!」

「アンタの勇気も凄かったさ、彼女を守るために男の前に立ちはだかって、しかも自分から忌血ってバラすなんてね。アンタみたいな勇気のある坊や、私は大好きだよ」


 キッドは眼前に開けた胸が見えるので頬を紅潮させて縮こまっていた。


 しばらくなで続けてからマリアは少女のほうを向いて言う。


「それより嬢ちゃん、今夜の宿はどうするんだい?騒ぎになっちゃったからどこの宿も泊めてくれないかもね」


 それを聞くと少女は下を向いて落ち込む。見かねてキッドが声をかけた。


「あの、僕は街のはずれの屋敷で家族と暮らしているんです。良かったら泊まっていかれてはどうですか?」


 少女は顔をあげて言う。


「え?いい……の……?」


 それをマリアがニヤニヤとして眺めている。


「やるね~坊や~初対面の女の子をいきなり家に連れ込むなーんて」


 キッドは真っ赤になって反論する。


「違っ!僕はただ親切心で!」

「ところで坊や、その左手はどうしたんだい?」


 いきなり左手のことに言及される。返答しだいで自分が吸血鬼とともに暮らしていることがマリアにバレるかもしれない。キッドは取り繕うように言う。


「え、えっと。料理の時に怪我しちゃって。」

 するといきなりマリアに抱き着かれる。そして首もとですんすんとにおいを嗅がれ始めた。


「坊や......なんだか不思議なにおいがするね?」


 キッドはドギマギしながら言った。


「ぼ、僕が忌血だからでしょうか?」


 マリアは何かを思案したようだったが、気を取り直して笑顔をむける。


「それじゃアタシは行くわ、その子が行くところがないなら、こっそり私が泊ってる宿屋に連れ込もうと思ってたけど、坊やにまかせる!ちゃんと責任もってその子を守ってあげなよ?ぼ・う・や」


 マリアは二人にウインクして雑踏の中に紛れていった。


 *


 街はずれの屋敷につながる道をキッドと少女の二人が歩いている。すでに日が傾き夕暮れが訪れていた。


「そういや自己紹介してなかったね。僕はキッド。昼間は郵便配達をしてる。君は?」


 少女はか細い声で答える。


「私は……アンナ……行商人としてあちこちの街で売り歩いてる……」

「どうして行商を?」

「一つの街にとどまると忌血ってばれるから……」


 キッドが触れてはいけないところに触れてしまったと、気まずい顔を浮かべる。


「行商をやっているのはパパとママの影響……二人は私を産むと、忌血は捨てろって言う周りの人々の圧力から逃れるため、元の暮らしを捨てて各地を回る行商人になってくれたの」

「……とてもいいご両親なんだね」

「……でもパパも……ママも……何年もまえに……!」


 アンナは感極まって大粒の涙を流し始める。


「私を一生懸命育ててくれたパパやママは、行商中の事故で死んでしまったの……!そこから一人で生きてきて……!行く街で忌血とバレたら石を投げられて……!同じ忌血の人でも、バレる恐怖でだれも助けてはくれなくて……!仲間なんて……いなかった……」


 すると突然アンナにいきなり抱き着かれた。


「……だからあなたがあの時助けてくれて、とってもとっても嬉しかった……!悪くないって言ってくれてほんとにほんとに救われたの……!」


 キッドも顔を赤らめながらアンナを抱きしめ返す。


「僕の家族も……忌血で捨てられてた僕を育ててくれた優しい人達なんだ……ねえ、よかったら君も一日といわずずっと」


 ぐ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 突如としてアンナの腹の音が鳴る。アンナは顔を真っ赤にして言った。


「今日は朝からなにも食べてなかったから……」


 キッドは笑顔で返す。


「それじゃあ屋敷に着いたらご飯にしよっか」


 キッドが屋敷の扉を開いてアンナを招き入れる。


「母さんと姉さんは寝てるから静かにね?」

「こんな時間に?」

「ふ、二人とも寝るの大好きだから」


 下手な言い訳ではぐらかしながら、二人はそろーりそろーりと台所まで向かう。


「よし、到着した「──あら、お帰りなさいキッド」


 不意にフリーダに後ろから声をかけられる。気配は全く感じられなかった。


「うわぁ!か、母さん......お、おはよ」


 キッドは気まずそうに答える。アンナも緊張しながら返事をした。


「こ、こんにちは……お邪魔してます……」

「ふ~~~~~~ん」


 フリーダはアンナの顔を値踏みするようにジロジロ見る。そしてキッドをまっすぐ見て言った。


「いいですかキッド、お母さんは……不健全なお付き合いなら認めませんからね!」


 二人がその言葉にポカーンとしているとフリーダは咳払いして言う。


「言いたかったのはそれだけです。おやすみなさい」


 そういうとフリーダはまた寝室に戻っていく。


「と、とりあえずご飯の用意しよっか」


 アンナは無言でうなずいた。


 アンナと二人で食事をとったのち、早くに客室に案内する。もちろんフリーダとエルマの食事を見せないためだ。


「今日はいろいろあったから早く寝たほうがいいね。そういえば広場であと一日だけまってって言ってたけど明日に何か用事があるのかな」


 そう尋ねるとアンナはつぶやくように言う。


「注文していたアクセサリーを取りに行くんです……そして次の街へ行きます。ここにいると皆さんに迷惑をかけてしまうので……」

「そう……なんだ」


 キッドは悲しむ顔を見せないようにして言う。


「それじゃあおやすみ。また明日」


 *


「キッド~~~~~血ぃ飲ませろ~、足んねぇぞ~、のーまーせーろーよー」


 キッドは起きてきたエルマにうざがらみされていた。


「あ、そうだ!ねぇキッド、あの少女が出発する際には『この家のしきたりです』みたいなこと言って少し血をもらってきてよ!キッドとどう味が違うのか試したい!」


 キッドはうんざりした顔で言う。


「姉さんはもう!血意地が張ってるんだから!そんなことさせるわけないでしょ!」


 フリーダはしばらく血入りの紅茶を飲んで黙っていたが飲み干すと口を開いた。


「……それでキッド、今日集めた情報を教えて頂戴?」


 キッドはメモ用紙に目をやりながら答える。


「ええと、新しく凍った死体が出たのが一件、憲兵も相変わらず犯人を追えていないみたい……あと、ヴァンパイアハンターと会ったよ。マリアさんって言ったかな。武器に銃を使ってる」


 エルマが嫌そうな顔をして言う。


「ぐえー、いよいよ来ちゃったかー。ハンターが来る前に私たちだけでなんとかしたかったんだけどなー」


 しかしフリーダはあくまで冷静に言う。


「ヴァンパイアハンターがきたと広まれば犯人もなにかアクションを起こすかもしれないわね……エルマ、今夜は街の中心部に行くわよ」

「げ、フリーダ様、よりによってヴァンパイアハンターが来たこの日にですか。出くわしたら面倒そー」


 エルマはダルそうに言いながら街にでる支度をしていた。


「え、ええと、姉さん母さんどうか気を付けて」


 フリーダは心配した顔でこちらを見るキッドに、優しい笑みを浮かべて言う。


「私たちは大丈夫よ。それじゃあキッド、おやすみなさい」


 *


「う、うああああああああああああ!!!!!!!た、助けてくれぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!」


 ある宿屋で男がもう一人の男に首を掴まれている。そしてなんと、掴まれた首からだんだんと凍りつき始めていた。凍らされていたのは広場でアンナを殴ろうとしていた男であった。


「おいおいなんだよ、忌血のガキがこの宿屋に宿泊するって聞いたから来たのによぉ」


 男は血走った眼を持ち、開いた口から異様に長い犬歯をみせる。宿屋の男は震えながら言う。


「ま、まさか、お前は化けも」

「影も形もみあたらねーじゃねえかよ!!ええ!?」


 吸血鬼の男が激高すると宿屋の男の全身が凍って粉々に砕け散った。すると不意に冷たい風が吹く。


「──だめじゃないかザード。われわれは『凍血』に連なる吸血鬼なのだから、もっと冷静にならなくては」


 玄関からもう一人、別の男が入ってくる。凍らせていた男が粗暴なのに対してこちらは紳士的な印象を与える。粗暴そうな男、ザードは紳士的な男にへりくだって言う。


「も、申し訳ありませんブリーズ様。ヴァンパイアハンターが来ていると聞いて焦ってしまっていて」


 紳士的な男、ブリーズは余裕そうな顔で言う。


「忌血の子供はゆっくり探せばいい。ヴァンパイアハンターも、先住している他の吸血鬼も殺してこの街を我々の餌場にするのさ」


 暗闇の中、おぞましい狂気が人々の安寧を脅かそうとしていた。

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