2話 忌血の子供

 14歳の少年、キッドは夕刻、料理を作るのに大忙しであった。なぜなら少年の「家族」がそろそろ


「今日のご飯は根菜のスープに、豚肉のソーセージ、そして先ほど焼き上げたパン!よし!上出来だ!姉さんたちを起こしてこなくちゃ!」


 キッドは広い屋敷を走って家族の寝室へ向かう。

 ベッドでは真っ赤で肩にかかるくらいの髪をした女性が毛布をかぶって眠りこけていた。


「エルマ姉さーん!ご飯がもうできてるよ!起きて起きて!」

 そういって体をを揺さぶる。しかしエルマは一向に起きようとしない。

「う~んあと少し寝かせなさいよ~」

「姉さん、早く起きないと料理が冷めちゃうしなにより……」


 そうこうしている内にキッドの後ろから何者かが抱き着いてきた。


「キッドおはよ~う。今日も料理の準備、ありがとうね」

「わ!?起きてたの?ちょっと苦しいよ母さん」


 その女性は、きらめくようなツヤの黒髪を腰の長さまで伸ばし、シックなドレスを着飾っていた。フリーダはエルマを冷たい目で見て言う。


「……で、エルマはいったいいつになったら起きるのでしょうね」


 キッドもあきれ顔で言う。


「......だから早く起きてって言ったのに」


 屋敷内に鈍い打撃音が響いた。


 丸テーブルの上には料理が三人分並び、その前にキッド、エルマ、フリーダの三人が椅子に座っていた。


「もっと早くおこしなさいよキッド~」


 エルマが腫れた頭をなでながらキッドに文句を言う。


「起こしました、起こしましたよ姉さん。母さんみたく自分で起きれるようにしてよねホント」


 けんか腰の二人をなだめるようにフリーダが言う。


「まあまあ、そのくらいにしてご飯にしましょう。それじゃあキッド、お願いね」

「うん、わかったよお母さん」


 そういうとキッドはエルマとフリーダのスープの上に左腕を持っていき、

 ──ナイフで自分の手のひらを切り裂いた。


 血がポツポツとスープに流れ真っ赤に染まっていく。ある程度流れたところで血をぬぐい包帯で止血した。


「はい、お待たせ」


 すると、皿を渡されたエルマがキッドに難癖をつけてきた。


「ちょっとキッド!フリーダ様と比べて私のスープに入った血の量が少なくない!?」

「おんなじだよお・ん・な・じ、姉さんがよそ見してただけでしょ!」

「嘘よ!絶対フリーダ様のが多いって!」


 フリーダは呆れた顔で言う。


「そこまでいうなら私の皿と交換しましょうかエルマ?食事の際には静かにしなさい」


 そう、彼女たちは吸血鬼である。

 これが少年、キッドの日常、昼間は町で働き、夕方は料理を作り、家族が起きたのを確認してから自分も就寝する。いつまでもこのような日常が続くと、

 ──そう、思っていた。


 *


 日の出前、いつものようにフリーダに起こされキッドは目を覚ます。テーブルには一人分の朝食、スープの野菜の切れ方でフリーダが作ったか、エルマが作ったのかが分かる。ちなみに歪なほうがフリーダが作ったほうだ。


 この屋敷で、一日三食食事をとるのはキッドだけだ。二人には一日一回で十分なのだという。フリーダとエルマが就寝したのを確認したのち、キッドは街に仕事にでる。服装はローブを深くかぶった格好だ。公共の場で、自分が『忌血』だとバレないように。


「うひゃー、今日も配達する量がいっぱいだなぁ」


 キッドの仕事は手紙の配達だ。町のあちこちを回って郵便受けに投函していく。そうして走り回っているといろいろな話を耳にする。


「なあ聞いたか、らしいぜ、凍った死体が出たんだと」

「対象は老若男女問わねえみたいだ。全員が血を抜かれてる」

「憲兵隊も犯人を追えてないみたいよ……絶対化け物の仕業よね……」


 キッドはあちこちで聞いた話を手記にまとめている。


「おもった以上に被害が広がってるな……情報を整理して、母さんたちに伝えないと」


 すると向こうの広場に人だかりができていることに気づいた。

「なんの騒ぎだろうか......行ってみよう」


「このガキが悪いんだ!こいつを追い出しさえすれば!この異常な殺人は終わる!」


 キッドが様子を見に行ってみると宿屋の前で少女が粗暴な男に詰め寄られていた。

 少女はボロボロのローブを身にまとっていたがキッドにはすぐに分かった。白い髪、白い肌、真っ赤な目、彼女も自分と同じ『忌血』の人間だと。


 少女はか細い声で男に懇願する。


「私がここに滞在するのはあと一日、あと一日だけなのです。どうかそれまでこの街にいるのをお許しください」


 だが男は聞き入れるそぶりを見せない。


「ふざけるな!てめぇのせいで何人が死んだと思ってやがる!忌血であることを隠して俺の宿屋に泊まろうとしやがって!てめぇが出ていかねぇならよぉ!」


 そういうと男は握りこぶしを作り少女に振り下ろす──


 広場に鈍い音が響いた。

 だが殴られたのは少女ではない。間に割って入ったキッドであった。

 いきなり現れたキッドに男はたじろぐ。キッドは真剣な声で男に言う。


「なんの理由があってこの子を殴ろうとしたのですか?」


 男は怒りをあらわにしてわめき始めた。


「その忌血のガキが人殺しのバケモノを呼び寄せやがったんだよ!いや!そいつが事件の犯人に違いねぇ!何にせよそいつを追い出せば殺人は起きなくなる!」


 キッドは意を決すると男に向かって言う。


「そういう理屈なら彼女が去っても事件は続くと思いますよ?なぜなら──」


 キッドは深くかぶっていたローブを脱いで自分の姿をさらけ出す。


「僕も──彼女と同じ『忌血』ですから。」


 広場が騒然となった。一つの街に忌血が二人もいるなどと、どんな厄災が訪れるのだろうかと人々は戦々恐々としている。少女も信じられないといった様子でキッドを眺めている。自分から『忌血』であることを明かすだなどと。


「僕は何年も前からこの街に滞在していました。ですが奇妙な事件が起きたのはここ最近、忌血が災いを呼ぶというなら事件は何年も前から起こっていないとおかしいのではないですか?」


 キッドはまっすぐ立ち、手を広げて言う。


「悪いのは事件を起こした犯人だ!彼女は何も悪くなんかない!」


 その言葉に少女は目を見開く。

 男は反論できないといった様子で顔をゆがめている。


「うるせぇ!だったらてめえも出ていきやがれーーーーー!!」


 男がキッドを殴りつけようとした瞬間。

 男の手首が掴まれ止められていた。


「──無抵抗な子供を殴りつけようだなんて感心しないね」


 男を止めたのは──やけに露出の多い金髪の女性だった。胸を開きお腹を出して太ももから下を開けっ広げにしている。隠している面積のほうが少ない。


「それにアンタ、この子が持ってた荷物を預かってるだろ?宿泊料も払わせておいてさぁ。忌血だからってのは口実でほんとは金目当てなんじゃないのかい?」


 男は図星を突かれたような顔をする。キッドは女性に尋ねた。


「あなたはいったい──?」


 女性はニヤリと笑って言う。


「私はマリア、通りすがりの『ヴァンパイアハンター』さ」

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