死神ちゃんのお仕事!

いぬい。

死神ちゃんのお仕事!

 雪が降り積もる。街並みはどこもかしこもイルミネーションで彩られていた。12月24日の今日は奇しくも最低気温を記録した真冬日であった。


 初等部訓練を終えて今日から現場で働くことになった私は、黒い翼に積もった雪を払い落としながら、住宅街の細道を歩いている。


「この街は寒いですね。先輩」


 心配でついてきた先輩は、右手に持った大きな鎌の柄で私の横腹をつついてくる。


「これだけあれば、いつでも冬眠できそうだな」


「セクハラで訴えますよ!?」


 私たち死神は、外見だけであれば普通の人間とほとんど変わりはない。違いをあげると、背中に生えた黒い翼と、それぞれ仕事で使うための道具を持っていることくらいだ。対象者の肉体と魂を切り離すための道具は、死神によって様々である。先輩が手にしている、人の背丈ほどある大鎌。そして、私の腰につけたホルスターに収めてある拳銃。それらが正しく道具である。


 それらを持って私たち死神は、人知れず潰えた魂をあの世へと運ぶ。死者に魂が宿るのを防ぎ、輪廻転生を経て、新たな生者に魂を宿すためだ。そして今夜、新米死神である私の、記念すべきお仕事デビューの日なのである。


「ところで、お前はもう仕事を覚えたのか?」


「はい! 初等部訓練では成績トップだったんですよ。とは言っても、実際に魂を刈り取るのは今日が初めてなんです。初等部なんて座学ばっかりだったんですよ」


「まあ、今じゃ死神の数も減ってきているし、現場で仕事を覚えていくのも珍しくないか」


 そう話す先輩の口からは白い息が漏れる。手袋もマフラーも持ってきていなかったようで、少し歩くたびに「その手袋貸してくれない?」「そのマフラー貸してくれない?」と聞いてくる。そのたびに「私が凍えるのでダメです!」と強く断った。


 白く染まった道を二人で歩く。後ろを振り返ると、私たちの足跡が消えかけていた。わたあめのような柔らかな雪が降り続ける。


「この家だぞ」


 住宅街にある一軒家の前で立ち止まる。

 この一帯では特に目立った家だった。それもそのはず、庭に植えられた木々から家の2階部分のベランダ、そして屋根に至るまで、綺麗に彩られたイルミネーションが光り輝いていた。それはまるで、この家庭の温かさを物語るようだった。


 私たちは玄関からこの家に入った。死神が人ならざる存在である所以は、この透過能力にあるだろう。たった今通った玄関はもちろん、壁や通行人といった自分たちの進路を遮る物に触れることなく進むことができる。そして、私たちの姿は寿命を迎える対象者にしか見えていない。なんとも都合のいい話だが、それだけ秘匿性の高い仕事をしているということだ。


 家の中は真っ暗だった。深夜ということもあり、この家の人たちはみんな寝てしまったのだろう。そんなことを考えている間に、先輩は階段を上ってしまったので、見失わないように急いで後を追いかけた。


「さて、仕事するか」


 部屋の前に立った先輩が呟く。

 次の先輩の一言で私は部屋に入り、対象者の魂を刈り取る。現場での仕事はこれが初めてになるが、きっと30秒もあれば済むだろうと自分に言い聞かせた。自分の鼓動が煩い。腰につけたホルスターに触れ、心を落ち着かせる。


「お前、緊張してるのか?」


「初仕事ですから。それでもサクッと終わらせますので、先輩は後ろから見守っててください」


 もしかしたら虚勢だったのかもしれない。それでも、初等部では成績トップだったという成功体験が私を奮い立たせた。

 覚悟を決めた私はドアノブを回し、部屋の中に入った。


 6畳ほどの広さがある部屋には、本棚や学習机があり、一目見て子供部屋だと判断できた。奥にはベッドがあり、安らかな寝息が聞こえてきた。

「透過能力を使えばいいのに、なんでドアノブ回したんだ?」という先輩の無粋なツッコミは無視する。

 さっさとこの仕事を終わらせるため、真っ直ぐベッドへ向かう。対象者は年端もいかない少女だった。私はホルスターに収めていた銃を両手で握り、彼女の額に照準を合わせる。初等部訓練では、銃を構えてそのまま撃つという動作をひたすら叩き込まれた。その甲斐あって、訓練を終える頃には、狙ったところに射撃できるくらいに上達した。

 しかし今、銃を握る私の手は震えていた。「これから私はこの子を撃つ」それだけを考える。鼓動が耳に響き聴覚を奪う。呼吸が荒くなり、頭の中にモザイクがかかったような感覚に陥る。立っているのが辛くなり、少女が寝ているベッドに腕をついた。


「ん……あれ、サンタさん?」


 寝ぼけ眼で起き出した少女と目が合う。勘違いした彼女は何かを求めるように、私に向かって腕を伸ばす。


「え、えっと……私はサンタクロースじゃないよ?」


 彼女の腕に触れながら私は誤解を解く。その腕は骨張っていて、少女のものとは思えないほど酷く痩せこけていた。

 もしやと思い枕元に目をやると、薄暗い部屋の中でも分かるほどの髪の毛が散乱していた。


「ねえ、先輩。これって」


「俺たちの仕事は終わりを迎える魂を刈ることだ。そこに同情も斟酌もない」


「でも、私たち死神じゃなくて、適切な人間が適切な治療を施せばまだ間に合うんじゃ……」


「間に合うのなら俺たちはここにいない。呪うのなら死神ではなく、こいつの親にしろ。俺たちの仕事はこんな案件ばかりだ。一時的な感情に流されては務まらないぞ」


 そう言った先輩は「次の仕事があるから」とだけ残してこの場を去った。

 部屋には二人だけ。対象者である少女の咳き込む音だけが部屋に響く。

 辛そうな表情を浮かべる彼女の背中を摩る。この子の魂を刈り取るにはいくらなんでも幼すぎる。他の方法を思案するが、何一つ方法は思い浮かばなかった。


「ねえ、サンタさん。私、お願いごとがあるの」


「だから私は……」と言いかけたが、私の言葉を待たずに彼女が続ける。


「あのね、雪が見たい。雪に触りたいの。私、日に日にご飯が食べられなくなるの。咳は止まらないし、夜も身体が痛くて眠れない。髪はたくさん抜け落ちるから、幼稚園の時から伸ばしてたのに切ることになっちゃった。きっともうダメなのかなって思うの。だから、お願い」


 翼に触れる彼女は「意外と冷たいのね」と言いながら両手で暖める素振りを見せる。

 彼女の最期の願いを聞かないわけにはいかなかった。目頭が熱くなったが、精一杯今を生きてる彼女の前で、涙を流すのは失礼だと思い我慢した。


「天使のお姉ちゃんがお外に連れてってあげる。少し我慢しててね」


 ベッドの横の窓を開ける。外の冷気が部屋に流れ込み、体を硬らせる。寒さからなのか、先ほどよりも咳き込む回数が増えた彼女を優しく包みこみ、開けた窓から外へと飛び立った。


「すごい! 私お空を飛んだの初めて」


 お姫様抱っこをされた少女が嬉しそうに外を見渡す。あまり遠くへ行く時間もなさそうだったので、近くの公園に降り立つ。一面真っ白になった広場に座り込む私は、隣で同じような体勢になった彼女の顔を覗き込む。その頬を一筋の涙が濡らしていた。


「え、痛かった? 辛くない? 大丈夫?」


「違うの。嬉しかったの。私の名前には「雪」って漢字を使うの。冬の生まれだからってパパが言ってた。だけど今まで雪を見たことなかったから。だからね、ありがとう。天使のお姉ちゃん」


 彼女の声がかすれている。言葉を発するのも辛いのだろう。感化され涙が溢れ出ながらも、彼女を強く抱きしめる。その身体は冷たかった。許された時間の短さを悟り、ただただ「ごめんね」を言い続けた。


「そんなに謝らないで。私を迎えにきた天使様がこんなんじゃ示しがつかないでしょ?」


 泣きじゃくる私を諭す少女は、聖母のような優しい笑顔だった。今だけは彼女にとっての天使でいよう。そう決めた私は、腰につけたホルスターから銃を抜き取り構えた。


「苦しい思いをさせてきてごめんね。今、楽にするから」


 これで彼女の人生の幕が降りる。

 両手で構えた銃の引き金を引く。そこにはもう、先ほどまでの「撃てなかった私」はいなかった。


「ありがとう。死神のお姉ちゃん」


 銃声が鳴り響く。


 しばらくの間その場で立ち尽くした。

 ふと我に帰り、喪失感に襲われた私は、雪のような冷たさの彼女を抱きしめる。自分がした仕事の大きさに心が耐えられなくなり、その場で咽び泣いていた。


 もうすぐ夜が明ける。

 雪に降られた私の翼は、綺麗な白だった。

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