彷徨う“孤狼”とメカニック
赤魂緋鯉
本編
第1話
「ふう……。これで良し……」
コクピットグラスを拭き上げ、護衛用戦闘機の『ファイター』の整備を3時間がかりで終えた、整備士のセフィロ・マドゥロはぼそっとそう独りごちる。
四角形の縁が太く黒い眼鏡を一旦外し、リフト足場の柵にかけてあるタオルで額の汗を拭った。
彼女が着ている、マットグリーンの作業着の背中部分には、『第7艦隊』の文字と、をモチーフにしたエンブレムがプリントされている。
ちなみに、『連邦』の艦隊は第1から第11まであり、第1から第5は前衛で戦闘を行ない、第6から第10は後方で補給、残りの第11は教育隊となっている。
磨くときに使った布を足元の四角い箱に入れた彼女は、整備用リフトの操作盤のスティックを慎重に傾けて機体から離れていく。
リフトの構造は、天井の
機体から大分離れた、整備用の箱形モジュールの入り口から見て右側の壁際で、足場を床に下ろした。
彼女がいるのは整備用モジュールを10づつ集めた、中央に滑走路兼通路がある格納庫の左端だ。
彼女と何組かの警備兵以外は、すでに全員兵舎に引き上げていた。
セフィロは腰の安全帯を外してから床に下りると、格納庫のシャッター横に置かれた、金属で出来たボトルに入った水を飲んだ。
「さて、と……。あとはデータチェックだ……」
それから、7メートルほどある機体の右脇にある、縦長の箱の上にタッチパネル式モニターが斜めについた、コンソールの電源を入れる。
その下部からはケーブルが伸びていて、それは機体下のエンジンルームへと続いていた。
画面に表示されているのは、『リフター』と呼ばれる高度を調整する浮遊装置の出力数値で、推進装置の『ブースター』のそれと共に定期的な調整がいる。
セフィロが整備する『ファイター』は、ガンネットダイブする水鳥の形状をしている。翼はついてはいるが、それは『リフター』を補助するものだ。
『ファイター』は他に、頭部が突出した
画面上の大量の数字を集中して見つめるセフィロは、
「なーにやってんの?」
後ろから近づいてきていた人物が話しかけるまで、全く気がついていなかった。
「うわっ!! ひゃああああっ!?」
飛び上がるように驚いたセフィロは、素早く振り返って腰を抜かした。その勢いで眼鏡が斜め下にズレた。
「ご、ごめんね? 大丈夫?」
話しかけた彼女は、まさかそこまで驚かれると思わず、半分
彼女の後ろで縛った、毛量の少ないやや長め銀髪が、肩から前へスルリ、と垂れた。
「あっ、はい……。なんと――ええーっ!?」
心臓をバクバクさせながら、その手をとろうとしたセフィロは、目の前にいる人物の顔を見て、立ち上がろうとした格好から、また腰を抜かして引っくり返った。
「ええええ……ッ、エミリア・エアリーズ大尉……!?」
「あっ、うん。そうだよ。こんばんは」
目を激しくしばたかせて恐る恐る訊ねるセフィロに、『連邦』最強のエースパイロット・『孤狼』エミリアは、小動物を見るような
ついさっきまで、彼女は自機で飛んでいたので、ピッタリとしたマットグリーンのパイロットスーツの上に、灰色で厚手のハーフジャケット羽織っていた。
「こっ、ここここ、こんばんは……?」
「立てるかな?」
「ひゃっひゃい、ご心配なくエアリーズ大尉っ」
「かしこまらなくて好きに呼んでいいよ。あと無理もしなくてもいいよ」
「あっ、はい。え、エアリーズさん……」
再び差し出されたエミリアの手をとって、今度こそ立ち上がったセフィロは、
「あっえっ、なんでここに……?」
興奮を全く隠さない、舞い上がった様子でそう訊ねた。
「おや? 2時間前ぐらいに、第5艦隊が補給に、って連絡があったはずだよ」
「あっ、えっと、私、ずっとここに籠もっていたので……」
「お、なるほど」
もじもじとそう言うセフィロに、仕事熱心だねえ、とエミリアはコンソールを彼女の頭越しにチラリと見ながら、感心した様子でそう言う。
「仕事熱心なんてそんな……。ただ単に要領が悪いだけですから……。だからこんな時間まで……、はい……」
花がしおれるのを早送りしたみたいに、徐々に頭を下げつつ、セフィロはギリギリエミリアに聞こえるように話す。
「いやいや、時間の事じゃ無くて、それ見て言ったんだよ」
どことなく楽しそうな様子のエミリアは、コンソールを指さしてそう言う。
「あれ、相当細かい単位まで調整してるでしょ? あそこまでやるの、相当熟練のメカニックぐらいなもんだからさ」
「えっ、そうなんですか……?」
ウィンクを加えつつそう言ったエミリアへ、セフィロは指された方を見ながら、いまいちピンときてない様子で首を
「そうそう。だから、もっと堂々と誇っていいんだよ」
「いえあの……、本当に要領が悪いだけで……、全部見ないと気が済まないというか……、安心出来ないというか……」
謙遜で言ってるとばかり思っていたエミリアは、元々の
「君は、良い子なんだね」
どこまでも自信なさげにプルプルする、頭1つ背が低いセフィロの頭を、エミリアは子犬を見る目をして優しく撫でた。
前髪の長い、髪質のもふもふしたボブカットのせいで、彼女はセフィロから余計に小動物っぽさを感じていた。
「ひええ……」
雲の上の人にそんな事をされ、セフィロは恐縮して思い切り背筋を伸ばした。
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