僕は一度死んでいる。〜ようこそ人ならざるもの達の世界へ〜
@ayakasisakaya
第一話 死後の世界とは
僕の住んでいる場所にはある言い伝えがあった。
山の奥の奥。人が歩いては来られないような奥に、枯れない桜が咲き誇る場所があり、そこにはある旅館があり、行けば不老不死になれると言う言い伝え。
その言い伝えは半分嘘で半分本当だった。
まず、枯れない桜が咲き誇るなんて現世ではありえないし旅館もあるわけない。──否、正確にはあるんだけど、そこに辿り着きたいのであれば、死ぬ他ない。
来たいと思うなら死ねばいい。簡単にその場所へは辿り着くことが出来るから。
でも生きている人間が来ようには辿り着く事は出来ず、入口に戻ってくるか、運が悪ければ彷徨い続けて死ぬ。
ある意味「死して夢叶う」ってやつだよね。死んじゃってるけど。
あのさ、皆勘違いしているけれど、不老不死とは生きた状態なのではなく、死んだ状態なのわかってる?
死ぬから老いることも無いし、死ぬ事もない。
何が不老不死だよ。何が不死鳥ーフェニックスーだ。
あんなのただの焼き鳥じゃん。
何が言い伝えだよ。何が枯れない桜が咲き誇るだ。
その桜はもう十年も枯れているって言うのに。
囲む様に張られた糸に付けられた無数の鈴が鳴り響く。耳に毒だってくらい。
普通に五月蝿いんだよなこれ。
この鈴がなった時は、誰かがこの結界を抜けた知らせ。
まぁ、結界が破られるって事は──
「ようこそ、迷える死者」
誰かがこの場所で死んだという事だ。
此処は隠世と言って、この世でありながらこの世でない世界。
幽世とも言い、多分こっちの名前で言った方がわかるかな。
──黄泉の国。つまり死者の世界。
言い伝えで言う所の不老不死になれる。枯れない桜が咲き誇る場所と旅館があるのはこの黄泉の国。もとい、隠世。
とはいえ、この段階ではまだ死んでいるのかまだ死んでいないのかは分からないけれどね。
「此処は……?」
「君は死んだんだよ。お疲れ様。君も不老不死になりたかったとかの類い?」
「不老不死……?いえ、そんな物に興味はありません。ただ死ぬ前に枯れない桜とやから見たくて山に登ったものの、辿り着く前に脚を滑らせてしまった所までは覚えているのですが……」
「それが原因だと思うよ。まぁ、気軽に居なよ。死ぬ時は死ぬし、死なない時は死なない。此処に居るって事はまだ死んでいないかもしれないんだから」
「え、私死んでないんですか?困ります。死んでもらわないと」
「何?虐められたからそれを苦にとか?辞めときなよ。死ぬ恐怖に屈さず死んだ勇気には賞賛するけどさ。それ程無駄な死と勇気はないよ。その勇気があるならその虐めっ子を地獄に叩き落とす位容易いよ?」
「虐められてもないです。ただ私は死後の世界とやらが気になり、死ねばその謎解決するんじゃね?でもその前に綺麗な物見たくね?じゃあ死ぬ前に行くかーってノリです」
ノリ軽いねー。
そのノリが軽い彼女は眼鏡をかけており、腰くらいまである髪は三つ編みでおさげにされていた。
三つ編みにされているから腰くらいだけれど、解けばもう少しありそうなそんな彼女は真顔で、それでも何処かキリッと凛々しい眼差しで言った。
こんなに説得力のある眼差しはないんじゃないかってくらい。これで説得されたら止められないだろうね。
でもそんな理由で死なないでほしい。
命を大事にしろとかそう言うんじゃなく。
酷いやつだとか言われそうだけど、豚とか牛とか魚とか食ってる奴に「命を大事にしろよ!」とか言われても「は?お前がそれ言うの?命食ってるお前が?」ってなるじゃん。なっちゃうじゃんどう足掻いても。
そういう奴は「その命をくれたんだから大事に食ってるんだよ」とか言うんだろうけど、僕からしたらただの屁理屈なんだよな。
「しかし、此処が死後の世界ですか。……普通ですね」
「そりゃあ、此処は受け付けみたいなものだからね。本当の世界はもっと奥」
「では行きましょう」
「駄目」
「何故ですか?」
「本当の世界はね、すっごいんだよ。一歩進めば灼熱地獄。何処を見ても噴火してる山。マグマ。地獄絵図だから」
「地獄絵図……!!いいですね!私一人でも大丈夫なので行ってきます!ありがとうございます!」
「おいこら待て待て待て待て待て待て」
「止めないでください!」
流石に止めて同行した。
この旅館の従業員は僕しか居ないけど、なんとかなるでしょ。
為せば成る。成さねばならぬ。とか言うし。意味あってるか知らないけど。
「早く早く」と急かす彼女は放っておいて、旅館の戸締りをちゃんとした。
盗まれて困る物は此処にはないけれど、僕の知らない所で知らない奴に入られるのはなんか嫌だ。癪に障る。
「此処が地獄絵図……?普通の夜の町並みの様な……?」
どういう事かと言う風に僕の顔をチラリと見てくる。
眼鏡の度あってないんじゃない?目付きが悪い。
それもそうだろうけど。
此処には噴火してる山どころか山すらないんだから。
「じー……」
口でそれを言う人初めて見た。
それに気付いていないフリをして有名な老舗和菓子店の一番人気であろうみたらし団子を頬張りながらそそくさと前を歩く。
やっぱり有名な老舗和菓子店のみたらし団子は違うなぁ。
まずタレがしっかりしてるよね。濃厚って言うの?このみたらし団子食べたら他の店のみたらし団子は食べられないんじゃないかな。
やっぱり老舗ってだけで武器だよね。
昔からあるって事は味が認められているって事なんだろうし、それだけ続くだけはあるって事だよ。うん。
「聞いているんですか?地獄絵図なんて何処にもないじゃないですか。後自分だけみたらし団子食べるのズルいです」
「僕の食べかけで良かったら食べる?いいよ。食べても」
「…………要りません」
目付きは悪くとも頬を膨らませてそっぽを向く可愛さはあるらしい。
「なんだかデートみたいだね」
「そうですか?私には騙されて如何わしい店に売られる光景にしか見えませんけど」
「それは君の見方じゃない?多分周りには恋人同士に見えてると思うよ」
「不愉快ですね」
「あはは、地味に傷付くなぁ」
「そうは見えませんが?なんですか。私は夢でも見ているんですか?実はこれ夢とか?なるほど、それなら地獄絵図がなくとも納得行きま──痛い!」
「わぁ、夢じゃなかったね」
「いらっしゃ──あれ程契約書がないからって契約の手形を顔にするなと言ったのに……!」
「僕はお前とそんなに仲良くはないしそんな会話をした覚えもない」
「釣れない事言うなよ。俺の店の常連客だろ。で、実際どうしたんだよ」
「此処に居る女の子に聞いて」
僕の後ろに隠れている僕の頬を平手打ちした彼女を指差すと、後ろから恐る恐る顔を覗かせ、その顔は青ざめていた。
何故かと言うと、頬を抓ったあの後、僕は平手打ちをされ空間に良い音を響かせた。それはもう周りが振り返る程に。
それから此処【夢望】と言う雑貨店に無言で歩き続けたら、流石にやばい、或いはやり過ぎたと思ったのか、または私は悪くないのになんでとか思っているのか、彼女も無言になりながら大和撫子の様に僕の少し後ろを着いて来ていた。
「何何?此奴にセクハラでもされた?此奴顔だけは良いから女子は皆狙ってるし、調子乗ってんだろ。調子乗んなよ俺だってモテるわ」
「最後何か違くない?それに僕はモテてないよ」
「やれやれ」と奥に入り、お盆の上にコップが二つ置かれており、丁度喉も乾いていた僕は有難くお盆の上に乗っている飲み物を受け取ろうとしたら、その手は空ぶった。
どうやらお盆の上に乗っていた飲み物は僕と彼女の物ではなく、彼女とこの店の亭主の飲み物だったらしい。
……僕のは?さっき彼も言っていたけれど、僕はこの店の常連客だよね?
僕はお客様だよね?じゃあ僕の飲み物は?
「お嬢さんの名前は?」
「わ、私ですか……?えっと……」
「名前を聞くならまずは自分からって聞いた事ないの?馬鹿じゃない?」
「お前はもっと言葉を選べないの?まぁ、言ってる事は正しいんだけどさぁ……。俺は夢喰千陽。夢に難しい方の喰べるでゆいば、千の陽でちかげ。此処の夢望の亭主だよ。君も何か見たい夢があるなら俺に言ってくれたら良い夢見せてあげるよ」
「かげって名前なのに陽って矛盾してるね」
「喧嘩売ってんのか?」
「私は神無月神鳴です。神がいない月の神無月と、神が鳴く、で神鳴」
「……なん、と言うか……あれだね……特徴的な名前だね……?」
「神様が居ないのに神様が鳴くっておかしくない?てか神無月の月なかったらかんなかんなって名前じゃん。これからかんなかんなって呼んでいい?」
「嫌です!」
「え、お前この子の名前知らなかったの?」
「知らない。聞いてない。興味もない」
「お前なぁ……」
頭を抱えて呆れられてしまったんだけれど、これは僕が悪いの?僕は悪くないと思うな。
此処に来る人間の名前を覚えた所で結局の所死んで本当のあの世に行くか、命が助かって現実世界へ戻るかのどっちかしかない。
仲良くなったって、名前を覚えたって、二度と会う事はないんだからさ。そんなの僕の記憶の引き出し、海馬の無駄遣いだよ。
「ちなみに此奴は巫琴葉って言って、名前が女っぽいからって嫌がってるんだよ。なっ!」
「勝手に人の名前教えないでよ。迷惑」
「なんだよ別に減るもんじゃねぇし良いだろ。此奴の母親が本当は娘が欲しかったんだけど、息子が生まれたからって女みたいに育てられたのに、顔は男だし女っぽいのは名前だけなんだよ。どう?ウケるっしょ?」
「わー面白い面白いウケるウケる」
ほら、彼女だって困惑しちゃってる。
僕だって困惑するよ。誰だって困惑するよ。
肩に腕を回していたのでその手を退けて目当ての商品を探す。
別に僕は彼女を千陽に紹介したくて連れて来たのではなく、僕自身が此処の店に用事があったからついでに連れて来ただけ。
まぁ、最初に千陽が言ったように、僕は此処の常連なのでそれで分かるように何かと世話になっているので、今日もまた旅館に居る客に頼まれた物を買いに来たんだけど……。
「ねぇ、蝶の夢はないの?」
「あぁ、それなら今切らしてるよ」
「うっわ……迷惑……」
「またあの客来てんの?」
「まぁね。何時も大人しくしているから別に良いんだけど」
「あの客……?」
「此奴の旅館さ、死んだ人間以外にも俺達あやかしが泊まったりもするんだよ。今話してた客はそれこそ此奴じゃないけど、常連でさ、初めてその客が来た時に蝶になりたい蝶になりたいって言ってたのを聞いてた此奴が俺の所に来て、蝶になる薬くれとか言うから、蝶から取った夢を売ってやって、それをその客に渡したら気に入られたらしくてそれから泊まりに来る度に蝶の夢を求めるんだよ」
「本当に迷惑だよね。もういっその事この店紹介しようかな」
「おいおい辞めてくれよ……。その客が俺に惚れちまったらどうするんだよ」
「いっぺん死んだ方がいいんじゃない?あぁ、ごめん、君の場会は死んでも無意味だね。馬鹿は死ななきゃ治らないとか言うけれど、君は死んでも一緒だよ」
「おいこらどういう意味だ」
「天性の馬鹿だって意味だけど、ストレートに言わなきゃわかんない?だから馬鹿なんだよ」
「馬鹿って言う方が馬鹿なんだぞ!知らなかったのか!?お前の方こそ馬鹿だな!」
「それ今時小学生でも言わないよ。君の頭は小学生以下だね。一人でお店のお留守番出来て偉いでちゅねー」
千陽と言い合って居ると、机をバンッと叩く者が一人。何を隠そう、彼女だ。
彼女は机を叩き、その勢いで立ち上がりキレた。
「五月蝿いです!私からすれば貴方達二人とも子どもです!幼稚です!」
そう言われ、僕も我に帰り確かに幼稚過ぎたと思った。
何をこんなにムキになって言い合って居たんだろう。僕らしくもない。
何時もなら流す様な事も言い返して、僕が一番子どもだったかもしれない、と反省して落ち込んで居る。
多分、言い返してしまったのは僕にだけ飲み物がなかったからだろうね。
その事を遠回しに伝えると、流石に疎い千陽も落ち込んで居る僕を見て悪く思ったらしく飲み物をくれた。
受け取った僕はえ、今頃?とは思った。思ったけれど、遠回しにその事を言ってしまった以上有難くそれを受け取り嬉しいフリをする。
驚く程棒読みだった為、僕はこんなにも演技が下手なのかと二重で落ち込んだけれど。
「私気になっていたのですが、どうして此処はずっと夜なんですか?朝はないんですか?」
「一応朝もあるよ。でも此処は隠世で、あやかしや神様も居るからね。神様は朝に居る神様も居れば夜に居る神様も居るけれど、あやかし達は基本夜が活動時間だからね。朝は寝ているけど、神様は居るから此処の世界はずっと賑やかだよ」
「死後の世界に神様やあやかしが居るんですか!?」
「言ってなかったのか?」
「……言ってなかったっけ?」
「聞いてないです」
「じゃあ今説明するね。まず黄泉の国、僕達は隠世って言っているんだけど、そこは別に人間だけじゃないんだよ。伊邪那美も伊邪那岐は知ってるよね。その伊邪那美は神様だけれど、死んだ後黄泉の国に来たくらいだし、なんならあやかしは神様の使者だったりするからね。そりゃ神様が居たらあやかしも居るよね。以上だよ」
「あやかしと神様が……え?」
「一番手っ取り早いのは河童だな。河童は水の神様として崇められる時もあれば、水神の使者とも言われている」
「まぁ、要するに君に一番早い説明をするなら、君達の言う死者の国が黄泉の国で、あやかし達の居る世界が隠世って感じなんだろうけれど、その世界に住む者達からすれば、黄泉の国も隠世も一緒って事だよ」
「な、なる……ほど……?」
「どうせ君は死ぬか生き返るかだから別に気にしなくていいよ。生き返ったとしても、二度と此処には来ないだろうからね」
急に下を向き落ち込んだかと思ったら泣き出した。情緒不安定なのかな。
千陽と僕でどぉどぉと慰めていると、聞いてもいないのに泣いている理由を語りだした。聞いてもいないのに。
「せっかくこうして知り合えたのにお別れと言うのは辛いです……」
「神鳴ちゃん……」
「え?なんで?別に辛くなくない?」
「このすっとこどっこい!」
「か、神鳴ちゃん……かっこいい……」
おい千陽。顔引き攣ってんぞ。
千陽がドン引きするくらい乾いた音が響き、僕はまた彼女に平手打ちをされた。
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