第101話 心の準備



 力を手に入れた。仲間ができた。


 四天王を無力化した。


 魔王を倒す用意は、できた。




 私は、仲間たちの前で宣言した。


「明日、魔王を倒しに行く。」

 誰もが予想していたのだろう、戸惑いはない、はずだった・・・


「その言い方だと、討伐の旅を再開するではなく、魔王と対峙するという風に聞こえるが?」

 オブルにそういわれて、私は頷いた。


「うん。明日魔王城に移動して、魔王を倒すよ。」

「え、ちょ、嘘でしょう!?」

「サオリさん、それはどういうことですか?魔王城に行ったことがあるのですか!?」

「まさか・・・いや、もうおらは驚かない。サオリを同じ人間だと思わない方がいいな。」

 それぞれ驚きの声を上げた。最後の失礼なマルトーを睨みつけてから、私はゼールと実験したことを話した。


「私は、どうやら行きたい場所に行くことができるみたい。前にも、一度も行ったことがない、知らない国へゼールと一緒に行けたから。魔王城は試していないけど、行けると思う。」

「一度俺とサオリだけで行けるか、試しとくか?」

「それも考えたんだけど、アルクは魔王城に行ったことがある?」

「ないな。」

「なら、魔王城と確かめるすべはないし・・・魔王に感知されると思うんだよね。確かめた時に、こっちが魔王城へすぐに攻め込めるってのが分かってしまうと・・・奇襲ができるってわかれば、相手も準備をするし、奇襲ができることは知られない方がいいと思う。だから、一発勝負で行こうかなって。」

「わかりました。確かに、同じ奇襲なら、二度目やるより一度で終わらせた方が効果はあるでしょう。魔王は人知を超えた力を持つと言われます。おそらく、魔王城に侵入したらすぐに魔王側に知られると思うべきですね。」

 とりあえず、魔王城に行けるかどうか確認はせずに行くことになった。失敗しても、その時は普通に魔王城を目指せばいいだけだ。


「それにしても明日・・・ずいぶん急な話ね。」

「おらもそう思う。まだ先の話だと思っていたんだがな。」

「四天王を無力化したからな。魔王側がどう動くかわからないから、さっさと終わらせた方がいいだろう・・・て、この話みんなにしたか?」

「聞いてないわ。でも、何かしているとは思っていたから・・・別に驚かないわ。」

「サオリ一人で背負い込むことはないのに・・・せめて、私も頼ってほしかった。あんな状態のサオリを見たら、なおさらそう思うわ。」

「ごめん、エロン。」

 私の腕に、エロンが腕を絡めた。それに対抗するかのように、ルトが反対の袖を引っ張る。


「・・・とにかく、四天王クグルマ、トリィは・・・殺したよ。」

 それぞれの死が脳裏に浮かんだ。仲間を傷つけられた恨みもあるが、邪魔になるから殺したという意味合いもあった。それが、酷く心を痛める。


「ラスターは、ルドルフに忠誠を誓っているらしくって・・・ルドルフは、魔王を倒すことに関して邪魔をしないって言っていたから、これで四天王は魔王側に一人もいないよ。」

「邪魔をしないって・・・そこまであの魔人はサオリに入れ込んでいるってこと?」

「入れ込んでいるって・・・」

「サオリのことが好きなのでしょう、あの魔人?」

 その言葉で、最後にルドルフにあった時のことを思い出す。薬を口移しで飲まされたことを思い出せば、自然と顔が熱くなった。


「サオリ・・・」

「サオリ様。」

 エロンから生暖かい視線を向けられて戸惑っていると、ルトは悲しそうな声で私を呼んだ。一体なんだ。どういうことかと周りを見渡せば、それぞれが複雑そうな顔をしていたり、悲しそうな顔をしていた。


「サオリさん、そのことについて詳しくお聞かせください。」

 真顔になったリテにそう聞かれたので、黙秘権を行使して話を先に進める。すると、リテはアルクの肩を掴んだ。アルクは情けない悲鳴を上げて、そんなアルクにルトは「あとで部屋に来ていただけますか?」と声をかけていた。絶対逃がさないという心の声が聞こえた気がしたが、気づかないふりをして話を進める。


「明日までに準備はできそう?心の準備は、明日までにしてね。」

「まー、準備ってもな。おらたちが魔王を倒す実力をつけることは不可能だ。なら、もう準備はできているとしかいえないな。でないと、永遠に準備が終わらない。ガハハハ。」

「笑えねー。」

「笑えませんね。事実ですが。」

「でも、特訓はしているのでしょう?そっちは終わったのかしら?」

「目標ラインには到達している。あらかじめ、ルトとアルクが特訓していたからな。要はあの2人とサオリ。あとは、サポートだ。」

「そうね。・・・私は、準備ができたわ。旅にできた時から、もう準備は終わっているもの。」

 プティはそう言って、私に向かってほほ笑んだ。


「おらもだ。心の準備なら、依頼を受けた時からすんでいる。」

「俺も、サオリの騎士になるって決めた時から・・・魔王の手からだって、サオリを守る覚悟をした。いつでもいいぜ。」

「僕もです。本当は、サオリさんには安全な場所にいていただきたいですし、危険なことはしてほしくありませんが。僕が危険にあう分の覚悟はできていますよ。」

「サオリ様にすべてを捧げます。どうか僕を、あなたの役に立たせてください。」

「私は、覚悟なんてないわ。ただ、あなたを守り続けるだけ。力は足りないけど、どうかわたしをそばに・・・あなたを守れる距離にいさせて。」

「・・・俺は任務を完遂させるだけだ。」

 それぞれの言葉で、準備はできていると伝えてきた。微妙に違うような気もするが、明日魔王を倒すことに関して意見はないようだ。不満はあるようだが。リテとか・・・




 夜。ゼールの屋敷へと私は一人で移動した。相変わらず下僕のような振る舞いのゼールは、私が一人だと知ると踏んで欲しいとか、殴ってほしいだとか、罵倒してほしいだとか、色々要求してきた。疲れたので、さっさと帰ろうと思えば、それを察してゼールはおとなしくなる。


「お茶はいかがですか?」

「・・・やめとく。」

 一度ゼールには、魔法が使えなくなる毒を盛られたので、食べ物は何となく遠慮した。


「明日は、魔王を倒しに行くわけだし、本当にシャレにならないからね。」

「わかっていますよ。何も盛っていませんって。」

「信用できると思う?」

「商人失格ですね、私は。まぁ、サオリさんの前では商人でいたいとは思いませんので、いいとしましょう。」

「良くないでしょ。信用できない人間なんて、一緒にいたくないよ。」

「そうですか。なら、逃がさないように捕まえましょう。ふふっ。」

 笑ったゼールの目が全く笑っていなかったので、私は立ち上がって逃げることにした。


「もう帰るよ。・・・今までありがとう、ゼール。」

「いいえ。ですが、なぜお礼など?」

「なんでだろうね。別に、魔王を倒せないかもしれないとは思っていないし、魔王に殺されるとも思っていないけど・・・節目みたいなものだからかな?」

 今までのお礼を口にしたが、それは自然に出てきたものだった。だが、なぜかと考えてみれば、ほんの少し心配事があったことに気づいた。


「魔王を倒したら、私はどうなるのかな。」

「こちらに帰って頂いて、貴族として過ごすことになるでしょう。領地は与えられないでしょうが、屋敷は与えられるでしょうね。」

 ゼールはそう答えたが、私は王国が私をどのような役職に就けるとか人間的なことを心配したわけではなかった。神が私をどうするのか、それが心配なのだ。


 だけど、私はそれ以上聞かずに、あいまいに返事をしてその場を後にした。




 サオリが去った後、ゼールはソファに腰を掛けて笑った。


「貴族として過ごす・・・屋敷を与えられる・・・なんて、ならないだろーな。」

 ゼールの脳裏には、王都で広がるサオリを貶める噂が次々と浮かんだ。それは、単なる噂でもあり、事実でもある。そして、その噂はサオリを温かく迎えることを許さないだろう。


「よくて軟禁、悪くて処刑。世界を救っても、過酷な未来が待つ。噂のことは聞いていても、魔王を倒せばどうにかなると思ってんのか?そんな単純な話じゃねーんだけどな。」

 サオリのそんな甘いところもかわいいと、口元をほころばせたゼールだったが、サオリが言ったことの本当の意味に気づいて、目を見開いた。


「そうか。甘いのは俺だった。」

 サオリが気にしていたのは、魔王を倒した後の神の動向だったのだ。


「普通の勇者なら、放っておかれる。今までそうだったようだし。」

 過去の文献を読んで、勇者たちが自由に生きてその生命を全うしたことを思い出した。

 そして、同時に過去の勇者の能力を思い出す。勇者の力は強大だが、それでもサオリの能力は異質だった。


「過去に移動できるなんて、神の領域だ。」

 ゼールは過去の自分と会ったことを思い出し、冷や汗を流した。


 魔王を倒したら、サオリは用済み。むしろ害でしかないのではないか?神の力を使えると言っても過言ではないサオリを、神はそのままにしておくだろうか?


 気づいたが、すべてが遅かった。

 サオリが帰った今、サオリを止めるすべがゼールにはなかった。


「ただ、祈るしかないのか。」


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