第100話 2人の死神




 それは、月の綺麗な満月の夜。

 そこは、まさに滅ぼされた城の中。ステンドグラスが、月明りを通して城の大広間を照らし、2つの人影を作る。


「俺と共に来る気になったのか、サオリ?」

 城の人間を皆殺しにした後、ルドルフの背後に現れたサオリ。それに驚くこともなくルドルフは、この手を取れというように、サオリへと手を伸ばす。


 だが、サオリは無感動にルドルフを一瞥し、口を開いた。


「あなたが邪魔なの。・・・だから、殺しに来た。」

 最後の方は、苦しそうに、だがはっきりと言った。それを聞いたルドルフは、仕方がない奴だとため息をつき、手を引っ込めた。


「なら、用意した鳥かごに入れることにしよう。」

「私を閉じ込めることは不可能だよ。よく、知っているはず。」

「方法はいろいろとある。魔法具だとか、薬だとか。このまま屈服させるのも、一つの手だ。」

「・・・っ。」

 その言葉に、サオリは2、3歩さがった。


「怖気づくか。なら、おとなしく俺についてこい。」

「・・・そうは、いかないの。私は・・・魔王を倒さないと、使命があるから。だから、そのために、仲間を傷つけない為にも、四天王が・・・あなたが、邪魔なの。」

「使命・・・か。哀れだな。」

「本当にね。」

 ルドルフが剣を抜く。一生、その剣が抜けなければいいのに。そう思いながら、サオリもクグルマの剣を構えた。


「痛い思いはさせたくなかった。」

「私も、痛い思いはしたくなかったよ。」

 二人で疲れたように笑った後、同時に踏み込んで距離を詰めるサオリとルドルフ。金属音が響き、剣が交わり視線も交わる。


 どこまでも、哀れに互いを見る。


 いい人なのに。


 いい奴なのに。


 これから死ななければならないなんて。


 これから痛い目にあわさなければならないとは。



 可哀そうにと、心の声が重なる。


 連続した金属音、剣がぶつかり、暗闇に火花が散る。

 何度か剣を打ち合わせて、一度距離を取った2人は、魔法を使う。


「移動魔法!」

「フラッシュ!」

 サオリは、ルドルフの背後に移動し、ルドルフは目をつぶって、目くらましに使う光魔法を放つ。


 ルドルフは、サオリの気配を頼りに、剣を振りかざした。


 フラッシュにひるんだサオリだが、自分に向かってくる攻撃をぎりぎり剣で受け止め、打ち返してから後退した。


「くっ!」

 目が開けられないサオリと容易に目を開き、踏み込むルドルフ。サオリは、戦闘能力を活用して、なんとかルドルフの振る剣を受け止めたが、体勢を崩した。


「終わりだ。」

 サオリの足を狙ったルドルフの剣。


「移動魔法!」

 間一髪で、移動魔法を使って逃げたサオリだが、移動した場所に剣が投げられていた。もちろん、ルドルフの剣だ。移動魔法と口にする暇もなく、剣が肩に突き刺さる。


「いつっ!」

 倒れそうになるが、サオリは肩に刺さった剣の柄を持ち、回転して体勢を立て直した。ルドルフに注意を払いながら、剣を引き抜く。


「・・・」

「トリィは強かっただろう?その程度の剣で、よく勝てたものだ。」

「・・・あなたも、私が素人だというんだね。ま、そうだけど。」

「そうだな。だから、お前は戦わなくていい。戦う必要なんてないだろうに。」

「使命だから。それに・・・」

 肩の傷が治ったことを確認したサオリは、右手にクグルマの剣、左手にルドルフの剣を持ち、ルドルフを睨みつけた。


「私は、殺すことが好きなの。知っているでしょ。」

「・・・否定しても、お前はそう思うのだろう?なら、そういうことにしてやる。」

「否定するんだ。それはなんで?」

「殺すからって、それが好きってことにはならない。俺がそうだからだ。」

「・・・そうなの、悪かったね。私は、あなたのことを殺人鬼だと思っていたから、残酷なお願いをしてしまった。」

「かまわない。俺も、あの時はそういう気分だったしな。」

「・・・やっぱり好きなの?」

「そうだな、好きとは違う。ただ、あいつらを殺せば少しは空気がよくなると思っただけだ。実際そうだった。」

 サオリは思い返したが、クリュエル城の人間を殺した時、空気がうまいとは感じなかった。ただ、臭うな・・・と思って顔をしかめた。


「さて、剣も奪われたことだし、少し本気を出すぞ。」

「今まで本気じゃなかったってこと?」

「当たり前だ。お前に本気は出さない。俺は、お前を殺したくないからな。」

「・・・優しいんだね。本当に、あなたはいい人。なんで、あなたは魔族だったんだろう。なんで、私は人間の勇者だったんだろう。」

「そんなこと、悩む必要はない。俺の手を取ればいいだけの話だ。」

 サオリは首を振った。

 答えが分かっていたルドルフは、特に落胆した様子もなく、踏み込んだ。剣を持っていないせいか、少しだけ本気を出しているせいか、その両方か。ルドルフは先ほどと比べようがないスピードでサオリの前に来ると、サオリに手を伸ばした。


 剣で対抗するサオリだが、それをすべてかわして、ルドルフはサオリの首に手を伸ばし、そのまま押し倒した。


「ぐっ!」

「・・・まだ、目をつぶっていたほうが、いい戦いができるだろうな。」

「・・・?」

 ルドルフの言葉の意味が分からず、内心首を傾げたサオリの肩を、ルドルフは空いている方の手で殴る。サオリの手からクグルマの剣が離れたのを見て、ルドルフは剣を遠くに飛ばす様に蹴った。


「パラライズアンドサイレント。」

 麻痺と封印の状態異常を相手に付与する魔法を使われ、サオリは体の感覚がなくなり、声も出せなくなる。


 サオリは、ルドルフから奪った剣を振るが、感覚がなくなったせいで、剣が手を離れていることに気づかず、ルドルフの肩を殴ることになった。


「なんだ、甘えているのか?」

「・・・!」

 口を開けるが、そこから声は出ず、サオリは顔を赤くして、足を振り上げる。


「力が入らないだろ?魔力を多めに込めたからな、指一本動かせないようにしたつもりだった。・・・お前はすごいな。」

「・・・!・・・!」

 何度もサオリはルドルフを蹴るが、全く効いていない様子のルドルフを見て、蹴るのをやめる。


「諦めたのか。」

「サオリさんっ!」

 月明りの届かない影から、ゼールの声が聞こえたかと思うと、そこから火の玉がルドルフに向かってきた。

 それを、手をかざして打ち消すルドルフ。


「危ないな。サオリがいることを忘れているのか?・・・!」

 唐突にゼールとは別の殺気を感じ、ルドルフはサオリから離れる。

ルドルフがいた場所に、剣が振りかざされた。


「王家の犬か。」

「護衛だ。」

 サオリに背を向けて、ルドルフに相対するオブル。


「サオリさん、これを。」

「・・・」

 ゼールはサオリに駆け寄って抱き起し、液体の入った瓶を口元に持って行った。おとなしくそれを飲んだサオリは、声は出せないようだが感覚は少し戻った様子だ。


「傷つけたくない・・・か。確かに、こんな仲間たちでは、過保護にもなるだろうな。四天王ですら、こいつらの剣は届かないだろうな。」

「・・・っ」

「魔王を倒すのが使命だったか。足手まといなど連れずに行けば、まだ可能性はあるぞ。だが、そんなことはわかり切っているであろうし、お前には何か事情があるのだろう。」

「・・・」

「サオリ、俺を倒せるか?」

「・・・」

 サオリは、ルドルフを見た。声は出ないが、その目を見ただけでルドルフは言いたいことが分かったのだろう、嬉しそうに笑う。


「無理だよな。なぜなら、お前も本気を出せないからだ。俺のことを思っているがためにな。その気持ちはうれしいし、俺はそれに応えたいと思っている。」

「それは、どういう意味でしょうか?」

 剣を構え、鋭い目をルドルフに向けるゼールが問えば、待っていたと言わんばかりにルドルフは話す。


「俺とラスターは、魔王討伐に関して手出しはしない。」

「・・・信用できませんね。」

「そうだろうな。だから、これを提案するつもりはなかった。適当にサオリに斬られて、重傷を負ったと引っ込むつもりだったんだが・・・うまくいかないものだな。」

「一ついいか?お前は魔王討伐に手出ししない・・・つまり、魔王を守る四天王であるはずなのに、黙って魔王が倒されるのを傍観するということだな。それは勇者に協力するということだ。その見返りを期待していると、俺は見るのだが。」

「その通りだ。」

「なっ、サオリさんは渡しませんよ!」

「無理やり連れて行くつもりはない。ただ、俺はお前の居場所を用意している。世界がお前を敵に回しても、俺はお前の帰る場所を用意しよう。覚えておいてくれ。」

「・・・」

 居場所。それは、サオリの欲するものだ。だが、なぜそれをルドルフが用意してくれるのか、サオリにはわからなかった。


「俺が信用できないか?」

 その質問に、迷いなくサオリは首を振り、ルドルフの目を見つめた。


「サオリさん・・・」

「俺は、お前の信用に応えよう。だから、俺とラスターを殺そうとするのはやめてくれ。もうこれ以上お前を傷つけたくないし、部下を失うのも嫌だからな。」

「ラスターはお前の部下なのか?」

「・・・そうだ。四天王は・・・というより三柱は、俺の部下だ。魔王の下に俺がいて、次に三柱がいる。」

「なるほど、強いわけだ。トリィも強かったが、お前はさらに強い。サオリとの戦いを見てよくわかった。」

「目だけはいいようだな。サオリ、こっちに来い。」

「駄目です。」

 サオリの前に立つゼールを、サオリは横腹を殴ってどける。


「うっ・・・はぁはぁ。」

「・・・気を付けろよ。」

 悶えるゼールを見なかったことにして、オブルは忠告だけすると道を開けた。


「サオリ、父は強い。」

「・・・?」

「あぁ、魔王のことだ。俺は、魔王の息子なんだよ。」

「!」

「まぁ、父だって事実しかないけどな。とにかく、あいつはかなり強いから、神の力でもずるをしてでも、何でもいいから・・・勝てよ。」

「・・・」

 サオリが頷いたのを確認して、ルドルフは懐から小瓶を取り出した。

 先ほどゼールがサオリに飲ませたものと似たような小瓶だ。おそらく、封印を解除するものだろう。


「別に俺の魔法でもいいんだが。」

 そう言って、ルドルフは小瓶のふたを開けて、液体を口に含む。

 こちらを安心させる毒見かと思って、サオリはそこまでしなくてもいいのにと、笑った瞬間、ルドルフに頭を掴まれて、その顔が接近した。


「サオリさん!」

「!?」

「おいおい・・・殺し合いじゃなくて、愛し合いか。」

 頭の中が真っ白になったサオリは、ずっと目を開いていたはずなのに、何が起きたのかわからず、口移しされた薬を飲みこんで、ルドルフの顔が離れてからも呆然とした。


「・・・はっ?」

 声は出た。しかし、声を出さずにパクパクと口を開閉させるサオリに、ルドルフは満足したように笑った。


「面白い顔だな、そういう顔を見たかった。」



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