第102話 絶望の魔王戦
どんよりとした雲が空を覆っている。今日は雨だろうか。
この世界に来て、もう一年は経っただろう。散々遠回りをしてきたが、今日この日に、私がこの世界に召喚された目的を果たす。
間に合ってよかった。私が完全に狂う前に、目的を果たせそうだ。
「サオリ・・・」
「何?エロン。」
声をかけられたので振り返ってみると、エロンが抱き着いてきたのだ。驚いたがとりあえず抱きしめ返した。
「魔王を倒したら、一緒に暮らしましょう。私、あなたと離れたくない・・・あなたが消えるのは嫌。」
「消えるって・・・」
神に消される可能性は否定ができない。私の力は大きすぎる。その力の大きさに気づいているのは、私だけだ。だけど、何か思うところがあって、エロンも神に私が消されると思っているのだろう。
「あなたが生きて、そばにいてくれるだけでいいの。私、あなたがどんな人になったとしても、そばにいたいの。お願い・・・」
「・・・そういうことね。」
エロンは、私の狂気に気づいたようだ。
人を殺すことが好き。
表の狂気には、気づかれても仕方がないだろう。それだけ共にいたし、それだけ私を見ていてくれたのだろう。それは心が温かくなることだ。
「もしも・・・」
声がかすれた。咳払いをして、私はもう一度言い直す。
「もしも、魔王を倒して、王に報告して・・・それでも、その気持ちが変わらないなら、一緒にいよう。前ほどでもないけど、やっぱりエロンは私の特別みたいで、そばにいたいと思える人だから。」
「サオリ・・・私の心は変わらないわ。あなたと共に・・・でも、あなたがそういうなら、もう一度言うことにするわ。・・・私にとって、あなたは特別大切な人だから。」
微笑むエロンに、顔が赤くなった。彼女は信用できると、心の奥底が言っている。でも、もしも彼女に裏切られたら・・・それはとっても悲しくて、愉快なことだろう。
裏の狂気が見え隠れしたところで、袖を引っ張られた。
「サオリ様、僕はあなたのそばにいます。問答は無用ですよね?だって、僕はあなたの奴隷なのですから。」
にっこり笑うルトの笑顔は、有無を言わせない威圧感があった。それでも私は訂正する。
「・・・でも、ルトは奴隷じゃなくなったよね。」
「体に奴隷の証がなくても、心にはあなたの証があります。たとえ殺されたって・・・僕はあなたのそばにいます。」
ゾクリと寒気がした。忠誠心が重すぎる。殺されても忠誠を誓う人なんていないだろう。
私は今までのことを思い返したが、ルトにそこまでの忠誠心を抱かせることをした覚えがなかった。きっと獣人特有の強者に従う野性の精神ゆえだろうか?
「頑張るね、私。ルトの期待を裏切らないように。」
弱くなったら、後ろから刺されそうだなと思って言ったが、ルトは首を振って否定した。頑張らなくても私に期待外れなんて思わないのだそうだ。嘘でしょ。
ルトの話に区切りがついたところで、アルクとリテが声をかけてきた。
「俺のこともよろしく頼むぜ?一生守るから、生活の面倒は頼んだ。」
「情けない言葉ですね。一生遊んで暮らせるようにしてやる、とは言えないのですか?」
「それはリテが今言ったからいいんだよ。なぁ、サオリ。リテなら結構いいと思うぜ?リテをパートナーに、俺とルトを騎士に、エロンを友人として、そばにおいてくれよ。」
「な、アルク!?」
「アルクさん、面白くない冗談はやめていただけますか?サオリ様は、一生僕の、僕だけのたった一人の主様。・・・主は2人もいりません。」
真面目に話すアルクの話に驚いたリテ。そして、笑っているのに笑っていない、黒い何かを背負ったルトは、近寄りがたいものがある。腕を掴まれているので離れられないが。
「話は聞いた。だが・・・俺も任務のためにいることを忘れるな。」
いつの間にか、そばにいたオブル。彼の言う任務とはいつ終わるのだろうかと思い、私は聞いた。
「俺にもわからない。・・・だが、お前と俺が生きている限りは、俺の任務は終わらないと思う。」
「いいえ、魔王を倒したら任務終了でいいですよ。あなたの代わりは、僕でもできますから。」
「ルト、それは俺から一本取ってから言うんだな。確かに成長はしているが、お前はまだまだだ。」
「いいでしょう。なら、今ここで地べたに這いつくばらせてあげます。」
「言うじゃないか。すぐに格の違いを教えてやろう。」
何やらやる気になってしまったルトとオブルの間に入る。
「今日、何をしに行くか忘れた?」
「「・・・」」
その一言で反省したのか、肩を落として2人も元の位置・・・私の隣と背後に戻った。いや、そこを定位置にされても困るんだが。
「全く、いつも通り賑やかね。お祭りにでも行くのかしら?」
「ガハハハ。緊張していたのが馬鹿みたいだな!」
「緊張していたの?」
「いや、全く。おらはいつも通り依頼をこなすだけだ。なーんてな、少しは緊張していた。それも今は消えたがな。」
緊張感がないのは2人も同じだが、それは言わずに私は、私を囲う仲間たちを見回した。
アルクとリテ。
この2人の出会いが、始まりだったと言える。勇者として旅に出れたのはこの2人のおかげだ。この2人がいなければ、記憶がなかった私はどうしていたかわからない。
ルト。
奴隷という身分のおかげで、秘密を話すことに抵抗がなく、一番の協力者となって動いてくれた。自分の能力について、より深く知れたのはルトのおかげだ。
プティ。
アルクたちが優しすぎる中、普通の対応をするプティはとげのような存在で、辛く感じることも多少はあった。だが、慢心せずにやっていけたのは彼女のおかげだと思える。優しいだけではない言葉は、気づかせてくれることが多くあった。
マルトー。
あまりかかわりはなかったが、常に中立であろうとして、この魔王討伐メンバーを保っていた、陰のたて役者だと思っている。
そういえば、誰も殺すなと言ってたっけ。四天王を代わりに殺してくれるとも。よく仲間を見ている人だ。私が取り返しがつかなくなる前に、止めてくれたのだろう。遅かったけど。
オブル。
任務だと言って、陰ながら守ってくれる。彼に助けられたことは何度かあったが、それでも積極的にそばにはおいていなかった。彼には頼みたいことがたくさんあったから。
魔王を倒す作戦は、彼のおかげでさらに完璧なものになった。本当に感謝だ。
エロン。
本能が彼女を求めていた。いや、求めていたのは、私を絶対に裏切らない人間。そして、彼女はそうだという確信があった。今は、その確信が弱くなっている気がする・・・でも、それでも私は彼女を信用するだろう。なぜかはわからないけど。
旅が終わったら、今度は2人でゆっくりしたいとも考えている。その時までエロンが望んでくれていればだけど。
「みんな、準備はできた?」
当たり前だと、それぞれが頷いて返事を返した。
このまま移動魔法を使えば、魔王との戦いに入る。誰も死なせるつもりはない。それでも、こうして穏やかに顔を合わせられるのは最後かもしれない。
「・・・最後に。」
「最後ってなんだよ、サオリ。」
アルクの言葉に、私は思わず言った言葉に苦笑した。完全に、もうこの光景は見られないものだと、確信している。
魔王を倒せば、終わるのだと。
「みんな、ここまでありがとう。私は未来を見て、みんなの力を借りて魔王を倒すことを望んだ。それは、とっても身勝手なことだと思う。」
人類の悲願のように語られる魔王討伐。それを一人で成し遂げるのが怖かった。だから、それを手伝ったということで、勇者の職務を全うして、成果を分散、または譲渡しようとした。仲間全員の成果にして、負担を軽くしたり、ルトが倒したことにして、自分が英雄扱いを受けたりしないようにした。注目されるのが怖かったのだ。
それは、すべて未来を見てのこと。私がいつも考えていたのは、魔王討伐後の世界のことだった。
その未来がないかもしれない。
今までの努力は全くの無駄で、今から魔王をみんなで倒すことに意味はないかもしれない。私が神に消されれば、誰が魔王を倒したかなんてどうでもいいことだ。
今から、一人で倒しに行くべきか?
そう脳裏によぎった時、両手が包まれた。右にルト、左にエロン。2人は微笑んでいた。
「私も、望みました。足手まといでしかないことは、すでに気づいています。ですが、それでもあなた一人に任せたくなかった。」
「僕もです。サオリ様の役に本当に立てていると、僕は自信を持っては言えません。それでも、サオリ様の役に立ちたいと、自信をもって言います。魔王討伐に行くのは、僕自身の意思です。」
「エロン、ルト・・・」
「騎士は、常に主人のそばにいるものだ。こんな重要イベントで置いていかれたら、俺はサオリの騎士を名乗れない。俺はサオリの騎士になりたいし、サオリを一人にするのは嫌なんだ。連れて言ってくれるよな?」
「アルク。」
リテも、微笑みながら頷いて、アルクと同じ意思だと主張した。
「身勝手も何も、一番身勝手なのは私たちよ。」
「プティ?」
腰に手を当てて、私を見てため息をつくプティ。
「私たちが、あなたを勝手に召喚して、勇者にしたの。ほら、私たちの方が身勝手じゃないかしら?だから、気にする必要はないわ。私たちは、魔王が倒されてくれれば、どんな方法で倒されたとかは、どうでもいいのよ。」
「・・・ふふっ、そうだね。そうだった・・・」
そうだ、この世界は身勝手で理不尽。なら、私が身勝手でもいいよね?
「吹っ切れたようで、何よりだ。」
「・・・みんな、本当にありがとう。覚悟が決まったよ。私は、みんなで魔王を倒す。」
私の宣言に力強くそれぞれが頷いて、隣の人の手を取った。みんなで一つの円になった。オブルは、私の肩に手を置いて円から外れているが、問題ない。
私は集中して、思い浮かべた。
この国の隣にある魔国。その首都にある魔王城。さらに、その中にある王がいる場所。
それはきっと、クリュエルの惨劇の中で最もひどかった場所と同じだろう、玉座の間。
待っているような気がした。
玉座の間で、ひたすら訪れるものを、私を。
「移動魔法。」
景色が変わる。
湿っぽい雨が降りそうな空気から、冷たく刺すような温度の空気へ。
屋外から屋内へと変わった。顔を上げた私と目が合うものがいる。それは、間違いなく魔王と呼ばれる存在。
紫の絨毯の先、こちらより高い位置に、その男はいた。椅子に腰を掛けて、こちらを見下ろす男。
私は、魔王の力を目の当たりにして、絶望した。
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