第60話 覚悟




 色々あったが、私たちは国境を越えて、クリュエル王国にやってきた。旧クリュエルといったほうが正しいが・・・


 いまだ走る馬車の御者台で、私はリテと並んで座っていた。

 馬車の中では、ルトが眠っていて、アルクとマルトーも疲れ切った様子で目を閉じている。プティはエロンのことをたまに警戒したように見るが、疲れた人を思ってか何も言わない。

 そう、馬車にはエロンが乗っている。理由は簡単だ。回復役が必要だから。


「サオリさん、もうすぐ村に着ますよ。やっとゆっくりできますね。」

「そうですね。それにしても、エロンがいてよかったですね。近くの村を教えてもらえて。今日の野宿は体力的にもきつかったでしょうから。」

「そうですね。彼女がこちらの出身とは驚きました。」

 話をしながら、あたりの景色を眺める。疲れのせいか、話していないとぼうっとしてしまうな。


「プティから聞きましたが、クリュエル城の話は本当ですか?」

「・・・嘘だと思うんですか?」

「あなたを疑っているわけではありません。ただ、ルドルフが城に乗り込んだ理由が、しっくりこないのです。」

「城の人間を皆殺し・・・魔族なら、妥当な理由じゃないですか?」

「なぜ、そう思いますか?」

「敵だから?よくわからないけど、何が引っかかっているんですか?」

「僕は、サオリさんを殺すために、城に乗り込んだのではないかと思います。」

 私を・・・勇者を殺す。確かに、そのほうがしっくりくる。


「だったら、なんで私は生きているんですか?」

「そうです。あなたが生きていたらおかしい・・・それに、彼は私たちにあなたを託しました。それもわからないのです。」

「だから、私が目的じゃなかったからじゃないですか?」

「たとえそうだとしても、なぜあなたを生かしたのでしょうか?僕なら、敵の英雄となる存在がいれば、殺します。それに、皆殺しなのに、なぜあなたは殺さなかったのでしょう?」

 なんだろう、これは。


「それは、私を利用して牢屋から出たから、そのお礼とか?ルドルフさんは、私に恩があるようなことを言っていましたし。義理堅い人なんですね。」

「そうかもしれませんね。一ついいですか、サオリさん。」

「何?」

「あなたは、なぜあの魔族を信用しているのですか?一度裏切られたはずなのに。」

「・・・」

 あぁ、これは・・・疑われているのか。


 リテのことを信用できなかった私が、こんな感情を抱くのはおかしい。疑われるのが、悲しいなんて。


 私は、リテのほうを見た。リテもこちらを見る。

 私は覚悟を決めた。だから、問うことにした。


「リテ・・・私を知る覚悟はあるの?」

「サオリさん、それはどういうことでしょうか?」

 冷や汗を流すリテを、私は笑った。


「疑っている癖に、白々しいね。私は、勇者でも聖人でもない・・・ただの人間なんだよ。だから、私がこの国をどれだけ憎んで、何をしたのか・・・リテも想像したんじゃないの?」

「・・・サオリさんは、素晴らしい人です。あなたは、この世界に尽くそうとしている。それで充分です。」

 それは誰の話だ。

 普段なら、聞き流していただろう。いい風に思われていれば都合がいいから。でも、今の私はいろいろとありすぎて、頭が回らず感情的になっていた。


「ふふっ・・・はははっ。リテ、現実を見なよ。私も、現実をあの城で見た。」

「サオリさん?」

 誰も、助けは来なかった。

 騎士に斬られた時も、腕を切り落とされた時も、襲われた時も。物語のヒロインのように、助けてくれる存在が来たりはしなかった。


 だから、私は力を使いこなせるようになって、この手は血に染まって・・・どこかおかしくなってしまった。


「私だよ。」

 つぶやいた言葉は、嘘偽りのない真実。


「リテ、私がクリュエル城の人間を殺したんだ。」

「サオリさん・・・」


「サオリ様・・・」

 唐突に聞こえたルトの声に振り替えれば、中にいるルトがこちらに顔をのぞかせていた。ルトを支えるようにして、アルクもいる。


「サオリ、今の話・・・」

「本当だよ。」

 心臓がどくどくと嫌な音を立てた。

 言ってしまった。だけど、このまま本当のことを話すつもりはない。感情的に口走りながらも、残った理性が重要な部分を話さないように話を組み立てた。


「移動魔法が使えると分かった時、私は逃げることよりも、復讐することを先に考えたの。そして、思い出した。私と同じ、牢屋に囚われている殺人鬼のことを。」

 せっかくルドルフにごまかしてもらったのに、私はそれを無駄にしていた。でも、彼だけに罪をかぶせるのは罪悪感があって嫌だったから、これでよかったのかもしれない。


「私は、殺人鬼と交渉した。ここから解放する代わりに、逃げる最中で出会った相手を片っ端から殺してほしいと。交渉は成立し、私は殺人鬼・・・ルドルフさんを解放して、彼は約束を守った。」

「・・・」

「これでわかったでしょ。私と彼は、最初から共犯者だったの。だから、彼を私は信用した。聞きたくなかったでしょ、こんな話。」


「お前も、話したくなかっただろう。」

「どうかな、わからないや。それで、どうする?私に罰でも与えるの?」

 私は、危険な殺人鬼を解放し、クリュエルの王族を殺させた。実際は私が殺したのだが・・・この話だけでも立派な罪人だろう。

 もし、ここで罰を与えるというなら、逃げよう。


 ルドルフと話していた時は、勇者として生きると決意したのに、今はよくわからない。自分でも自分が不安定な状態だと思う。

 一人で生きたほうがいいのかもしれない。でないと、いつか私は・・・


「自業自得ですね。そうでしょ、アルクさん、リテさん。」

「だな。ま、公になったらまずいが、ここだけの話なら問題ねーな。正直、クリュエルの行いは眉を顰めるものだったし、サオリよくやったなって感じだ。」

 苦笑するアルク。思うところは少しあるようだが、私を責める気はないらしい。


「話してくださってありがとうございます、サオリさん。ですが、もうあの魔族のことは信用なさらないでください。あなたと彼は、もう敵同士なのですから。」

「・・・そうだね。」

 変わらない仲間の態度。それにほっとして、苦笑した。


 やっぱり、一人になんてなれない。



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