第59話 誘い



 プティは私をいぶかしげに見た後何も言わずに立ち去り、ルドルフと2人になった。


「あれでよかったか?お前が騙されたことにして、すべて俺がやったことにしたが。」

「うん、ありがとう。なんだか、助けられてばかりだね。あの時は、ちょっと使えそうだからって解放したけど・・・予想以上で、申し訳ないくらいだよ。」

「これくらい構わない。俺は、お前が一番助けを求めたときに、行かなかったからな。」

 それは、私が襲われた時のことだろう。でも、それでよかったのかもしれない。あれがなければ、力の使い方はわからなかったかもしれないし、今も私は城で実験動物の日々を送っているだろうから。


「それで、話って?私にできることならやるけど。」

「勇者が魔王の四天王に、そんなことを言っていいのか?」

「別に、あの国に感謝しているわけでもないし。確かに、生活の保障はしてもらえたけど、魔王を倒せって、旅に出す国だよ?どうでもいいよ。」

「なら、俺のところに来ないか。」

「・・・頭おかしいでしょ。それこそ、魔王の四天王が勇者に言う言葉ではないじゃないの?」

「そうかもな。でも、こういうことを言うのが俺だ。おかげで、周りには飽きられているがな。」

 苦笑するルドルフを見て、考える。この人は、この世界の人の中でも、いい人だ。この人の傍なら、私は・・・


「誘いには乗れない。だって、あなたのところに行っても、戦いを強要されるんでしょ?私は、もう戦いたくないの。怖いから。」

「戦いたくないのなら、戦わなくてもいい。」

「信じられない。戦わないで、私はそっちで何をするの?」

「そうだな・・・お前がこっちに来るだけでメリットがあるから、それだけでいい。勇者に裏切られたと聞けば、向こうの士気はがた落ちだからな。」

「そこまで重要視されてないと思うよ。私は戦えない勇者だから。」

「お前の存在は、神が人類の味方だという証になる。そういえばわかるか?」

「何それ・・・」

 神が人類の味方。なら、ルドルフたちの敵は神になるということだ。勝算がなさすぎではないか。


「実は、魔族のほうが負け戦だったりするの?」

「そうかもな。俺たちは神を捨てた一族なんだ。いや、最初に捨てられたのは俺たちなのかもしれない。」

「神を信仰していないってこと?私も神なんて信じてないけど・・・いや、みたから存在はしているのはわかるけど、信仰はないね。」

「そうだな、そんな感じだ。俺たちの住む土地は劣悪で、食べ物がほとんど育たない不毛の地だ。そこに人間たちに追い立てられて、生きるために俺たちはそこに適応した。その結果が、今の俺たちだ。人間より優れた力を持つ、人間にはかなわない存在。神に捨てられた俺たちは、神を必要としない存在になった。」

「昔は弱かったっていうこと?」

「あぁ。ただ、人間と違う外見をしていた・・・それだけだ。」

 そういったルドルフの耳は少しとがっていた。犬歯も鋭い。でも、それだけだ。クグルマのような、熊のような体格でも毛むくじゃらでもない。


「俺は、ただ魔族の人々を守りたい。だが、魔王は違う。」

「魔王・・・魔王も外見は人と変わらないの?」

「普段はな。ただ、第二形態とか勇者が言っていたが、本気を出すと体が3倍の大きさになって、皮膚はドラゴンのうろこのようになり、顔はオオカミのような口が突き出した毛むくじゃらになるな。」

 想像してみたがよくわからなかった。ただ、ひとこと言いたい。ドラゴンか狼かはっきりしろ。キメラか?


「魔王は、人類を支配下に置く気だ。人が国をすべる限り、魔族に平穏は訪れない。人類を滅ぼすことも視野に入れている、そういう人だ。」

「うん、それがいいと思うよ。」

「それはどういう意味だ?」

「だから、人類を滅ぼす気で攻め込んで、残ったやつらは奴隷にでもしたら?」

「・・・そうだな。それが一番なのかもしれない。サオリは、それを手伝ってくれるか?」

「嫌だよ。言ったよね、もう戦いたくないって。」

「なら、俺たちに奴隷にされるのか?」

「それもごめんだね。私は・・・守りたいって思うものを全力で守って、逃げるよ。そのためには仕方ないけど、戦う。」

「逃げ切れる自信があるのか。俺たち・・・いや、俺から。」

「逃がしてくれるかな、と期待している。」

「最後まで逃がしてやれそうにないな。だから、俺と一緒に行こう。」

「・・・あの城で、すべてが終わった後にそう誘われたなら、行ったかもしれない。でも、今は・・・」

 大切になってしまった。信用できていないくせに、失いたくない存在になってしまった。


 アルク、リテ、ルト・・・あと、ゼール。


 離れたくないと思う人物に出会ってしまった。


 エロン・・・


「今は、勇者として生きる。それが、今の私の最善だと思うから。」

「そうか。なら・・・俺たちは敵だな、勇者。」

 その言葉に、心がすっと冷えた。

 この国で、初めて協力して、人間として扱ってくれたルドルフ。敵なら殺してしまえばいいと、割り切れるような存在ではない。


「俺にも守りたいものがある。少ないが、俺を信じ付き従ってくれるもの。俺は、それらの期待にこたえなければならない。」

「・・・」

「だが、お前には同情している。だから、俺はお前に来いと言った。それが最善だと俺は思うからだ。それは今でも変わらない。」

「ありがとう。でも・・・」

「わかっている。だから、お前を勇者という鎖から解き、偽りの絆も壊そう。」

「ルドルフ?」

「今日は帰る。また、会おう。」

 ルドルフの手が、私の頭の上に乗った。それは一瞬のことで、気づいたときにはルドルフは現れた闇の中へと消えていった。


「・・・どういうこと?」

 私は、リテに呼ばれるまでそこに立ち尽くしていた。


 勇者という鎖。なくなればうれしい。


偽りの絆。

それが無くなったら、私は本当におかしくなってしまうのではないか?



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