第61話 過去の足音



「はぁはぁはぁ」

 息を切らして走る。すぐ後ろにある気配から逃げるために。


 あぁ、なんで私の体はこんなに小さいのか。もっと大人だったら、早く逃げられてもっと時間が稼げるのに。


「はぁはぁはぁあっ!?」

 地面が迫る。痛みが広がる。


 転んだ。


 終わった。




 ばっと起き上がる。

 汗が流れて、息も荒く、心臓が嫌な音を立てている。


「はぁはぁ・・・夢・・・」

 私は、村の小さな宿に用意された部屋にいた。まだ真夜中なので、部屋の中は真っ暗だ。今日は月が出ているので、外のほうが明るいかもしれない。


 息を整えて、隣に眠っているエロンを見た。目が慣れてその姿がはっきり見えて、驚く。彼女と目が合ったから。


「うなされていたよ。」

「ごめん、起こした?」

「そんなことはいいの。それよりも、どんな夢を見ていたの?」

 起き上がって、私と視線を合わせるエロンに、私は首を振って答えた。


「忘れちゃった。何かに追いかけられていた気はするけど・・・思い出せないや。」

「・・・追いかけられていた・・・」

「どうしたの?」

 悲しそうな顔をするエロンは、私に手を伸ばして布団に寝かせた。


「エロン?」

「こうしていれば、悪い夢なんて見ないわ。おやすみなさい。」

 頭をなでられて、目をその手でおおわれる。すると、一気に眠気が押し寄せた。


「良い夢を。」

「・・・」

 優しい声が最後に耳に届き、意識が途切れた。




 その頃、別室にて。

 小さい部屋に、アルク、リテ、プティ、マルトーの4人が顔を合わせていた。


「で、話とは何かしら?」

「2つありまして、サオリさんとエロンさんのことです。まずは、サオリさんの方から。プティさんに伺いたいのですが、サオリさんの処遇はどうなると予想できますか?」

「・・・私の予想では、勇者が四天王に騙されたという事実はなかったことになり、それによってサオリの罪もなかったことになる。あの話を聞いたのは、魔王討伐隊のメンバーだけだし、あの四天王も話さないでしょうから、これでいいと思わない?」

 プティは、サオリが四天王に騙されたという話しか聞いていないので、サオリに罪はないと思っているようだ。愚かとは思っているだろうが。


「プティ、それは王に話す気はないということか?」

「そうね、王に話す気はないわ。父には話すでしょうけど。」

 公にするつもりはない、ということだろう。あくまでプティ自身は、だが。


「とりあえずは安心ですね。では、次はエロンさんについてです。前にも話していただきましたが、追加でわかったことなどはありますか?」

「教会に彼女らしき人物が所属しているのはわかったわ。髪や瞳の色、体格などからいって、彼女は教会のエロンで間違いないという判断よ。」

「それだけで判断するのは危険だと思いますが・・・こんなことを言っていてはきりがありませんね。それで、他には?」

「本人も言っていたけど、彼女はクリュエル王国の孤児で、両親は村を襲った魔族によって殺されたそうよ。その時指揮をとっていたのが、四天王ラスター。彼女が生き残ったのは、おそらく・・・逃がされたのでしょうね。」

「全てを失くした人間を逃がして、絶望に染まったさまを眺めたい・・・てか?」

「おそらく。ラスターが襲った場所には、いつも数人程度生き残りが出るわ。その生き残りの中の一人が、逃がされたと証言したそうよ。アルクも聞いたことがあるの?」

「あぁ。さっきの言葉は、生き残ったやつがラスターの部下に言われた言葉だ。性根が腐った野郎だな、本当に。」

 吐き捨てるように言って、アルクは黙った。


「なおさら怪しいと思いませんか。」

「・・・エロンのことよね?確かに、村を襲われた時、ラスターの手先となった可能性もあるわね。そうなると、彼女は寸前で裏切るのかしら。だとしても、私たちには何の影響もないわ。警戒していればいいことだもの。」

「ですが、サオリさんは・・・そうはいかないでしょう。」

「サオリね。なんであんなになついているのかしら・・・今日も一緒に寝ているし。」

「僕はやはり魅了されていると思います。」

「いや、それはないんじゃねーか。」

「なぜそう断言できるのですか、アルク?」

 少しむっとしたようにリテが聞けば、アルクはため息をついた。


「俺の勘というのもあるが、状況からみてエロンが魅了を使えるとは思えない。もし、魅了を使えるなら、サオリだけ魅了するなんて中途半端なことはせず、全員魅了すればいい。サオリだけ魅了するという利点がないだろ?」

「確かにそうですが・・・ラスターの部下なら、勇者が孤立し、エロンさんに依存したところで裏切らせて絶望させる・・・なんてシナリオを考えているのでは?」

「あー・・・そうだな。」

「アルク、あなた何か隠していないかしら?」

「え?俺が何を隠すんだよ?」

「あなた、エロンについて何か知っているのではなくって?だから、さっきは断言した。魅了は使えないと。けれどその理由を求められ、後からとってつけたような理由を考えたのでしょう?」

「・・・」

「アルク、まさか・・・」

「勘だよ。」

 戸惑うリテに、はっきりとアルクは答えた。


「俺の勘はよく当たるだろ、リテ。その俺の勘が、エロンは魅了が使えない、ただの人間だって・・・ま、回復魔法の腕は一流だけどな。とにかく、勘でそう思ったんだよ。」

「アルク、それは少し無理がありませんか?」

「そういわれてもな。」

「なぁ、いつまでこんな話をする気だ?おらはもう寝たいんだが。」

 ずっと黙り込んでいたマルトーが口を開いた。その言葉に全員があきれた視線をマルトーに向ける。


「エロンをここに置いて行けばいい話だろう。なぜ、そう話をややこしくする?」

「・・・サオリがそれで納得するかしら。」

「しませんね。それに、あのように落ち込まれては、旅に支障が出ますし・・・やはり、回復役はいたほうがいいでしょう。」

「あの女を疑っておきながら、その力を頼りにするのか?おらにはわからんな。」


「もう・・・ここで、やめましょうか。私たちの力だけでは、どうにもならない。回復役が入ったとしても・・・同じことだわ。」

 唐突の言葉に沈黙する。全員が悔しそうな顔をした。


 プティが言ったのは、この旅のことだ。


「四天王に勝てない私たちが、魔王に挑む・・・なんと滑稽なのでしょう。これを報告すれば、この魔王討伐隊も解散するでしょうね。」

「諦める・・・しかないだろうな。おらたちの実力では、どうしようもできない。」

 その通りだった。


 それは、クグルマに負けた時、全員が分かっていたことだ。

 だが、誰もがそれを言い出せなかった。王女以外、この旅を止められるものはいない。王女は、己の意地で・・・言い出せなかった。


 でも、プティは己の意地で、彼らを殺す気かと自問自答し、答えを出した。


「ウォーム王国に戻りましょう。私たちでは、魔王を倒せない。」



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