第19話 すぐそばに
遂に、私の仕事が決まった。勇者という肩書にふさわしいような、相応しくない仕事だ。
「魔王討伐隊に同行ですか。」
「はい、誠に残念ながら、そのような命令が下されています。」
現在いるのは私の部屋。一つのソファに私とアルク、リテで腰を掛けている。話す内容は、王に下された私への命令についてだ。
「戦えないサオリに、魔王を討伐せよってか?」
「いいえ。おそらく、戦闘補助か離脱の役割を担ってもらうでしょう。危険なことに変わりはありませんが。」
「補助と離脱ですか。」
移動魔法が目に映る範囲だと思っていれば、戦闘補助の意味合いが強いだろう。煙幕なんかで敵をかく乱したり、負傷者の手当てをしたり。
離脱は、負傷者を戦闘現場から連れ出す程度の役割だと思う。
「有効な使い方だとは思いますが、魔王相手に通用すると思いますか?」
「無理でしょうね。四天王を相手にしても通用しないと思います。」
「だよなー。陛下は何を考えているんだか。」
私が移動魔法を使えると周知になった時、王は私を助けてくれた。と、私は思っているので、王は案外いい人だと思っている。でも、この魔王討伐隊に組み込まれるということは、私のことを目障りと思っているとしか思えなかった。
「王も、私を死神と思っているのかな。」
「・・・っ、そんな事ねーよ。あんなの一部の弱虫共が言っているだけだ。気にすんな。」
「そうですよ。だいたい、根拠もないのにそのようなことを言うなんて、頭が悪いとしか思えません。そうです。」
なぜか自分に言い聞かせるように言ったリテを横目に、私は2人からどう思われているのかを客観視するように努めた。
まず、アルク。彼は私に同情的で、かばうように行動している気がする。
それは、クリュエル城の悲劇の被害者という認識が私にあるからだろう。私に心無いことをいう連中に対して、憤りを感じているようだ。
リテも同様で、同情的で優しく接してくれている。
でも、私に対して何か思うところがあるようだ。私の幸せを願っていると言ってくれたことは本心のようだが、クリュエル城の悲劇にしても私の能力にしても、疑っているようだ。
もしかして、真実に気づいているのだろうか?ぼろは出していないはずだが。
どちらにしても、2人を完全には信用できない。それは、2人のせいではない。私のせいだ。後ろめたいこと・・・別に後悔はしていないが、クリュエル城の人間を皆殺しにしたことを知られれば、2人との関係は崩れる。敵になる可能性も大いにある。
魔王討伐隊に行くことは決定事項で、覆せない。なら、魔王を倒すことを念頭に入れなければならないが、そのためには私の力が必要だろう。
もっと自分の力を知る必要があるが、みんなには知られてはいけない。この2人にも。
信頼できる、絶対に裏切らない人間が欲しい。
魔物を倒してもおかしくない力を持ち、私が倒した魔物をその人間に倒したことにする。そうすれば、対魔物の実験もできる。
「そうだ。アルク、町に行こうよ。」
「町に?」
「それはどうしてですか?」
「旅の準備をした方がいいかと思いまして。それに、城の中は息がつまります。」
「そうですね。」
「だな。旅の準備は俺たちが勝手にやる予定だったが・・・よし、今から行くか。」
「うん。」
城に私の望む人間はいない。なら、町はどうだろうか?
口の堅い人間を雇うことができれば、そういう者を紹介してくれる場所に行けば、どうにかなる気がした。
いつもと変わらない格好で歩く私たち。2人とも騎士の制服のままなのかと少し残念に思った。私服姿とか楽しみだったのに。
気を取り直して、道の両脇にある店を流し見ていく。
戦える人を雇うとすれば、傭兵だろうか?この通りにあるかはわからないが、一応見ていく。だが、今あるのは商品が外から見えるタイプの店ばかりだ。果物、野菜、肉、雑貨、服。様々なものが置いてある。
傭兵を紹介する場所は、おそらく扉のあるような店舗だろう。ここら辺にはなさそうだ。
「何かお探しですか?」
辺りを見回していたせいか、リテにそう声を掛けられた。
傭兵を雇える場所を探しているとは言えない。でも、そんな店が並ぶ通りには行きたい。扉のある店が並ぶ場所にありそうな店で、私の口から出てもいい店はなんだろうか?
貴族向けの服屋。だめだ。旅の準備に来てなんでそんな場所に行くのか。その理由で、装飾品の店や、生菓子の店も除外されてしまう。うん?生菓子・・・か。
「カフェを・・・買い物を終えたら行きたいと思っていまして。」
「ハハッ。サオリは食いしん坊だな。城でもお茶ばかりしているし。」
「それは、それ以外にすることがないからだよ!」
移動魔法などの実験はしたいが、2人にあまり手の内は見せたくない。そうなると、やることがなくなり、自然とお茶をするか散歩をするかの2択になってしまった。
刺繍を進められたりしたが、細かいことは苦手だ。他にも読書を進められた。でも、私は残念ながらこの世界の文字が読めない。言葉はわかるのに。
こうして、私はお茶ばかりしている食いしん坊のレッテルを張られたのだ。ま、お茶はおいしいけど。
「クスッ。そうですね、カフェならおすすめの場所があります。チーズケーキがおいしいと評判のお店ですが、後でご案内しても?」
「はい。楽しみです!」
実は、チーズケーキが好きな私にはかなり嬉しい誘いだった。レアの方が好きだが、この世界にあるのはおそらくベイクドだろう。それでも好きなので、楽しみだ。
「チーズケーキが好きなのですか?」
「はい。」
「そうですか。なら、今度のティータイムは、チーズケーキを用意させましょう。他に好きなものはありますか?」
「えーと。甘いものは好きです。でも、あまり一度に多くは食べれなくて・・・」
「あ、わかる。俺も甘いものは食うが、少しでいいな。俺の場合は、ケーキも一個じゃ多いくらいだし。ホール食うやつの気が知れないな。」
「ホール・・・そんなに食べて気持ち悪くならないのかな。」
ホールを食べたときの口の甘ったるさを想像して、吐気がする。食べたことはないが、ケーキ2切れでも、かなりきつかった覚えがある。
「あぁ、いましたね。一昨日殉職しましたが。」
「え?」
「いい奴だったよな。俺はホールを食うために、仕事をしているとかわけわかんないことを言っていたが。」
「それだけが楽しみだったのでしょう。どうしましたか、サオリさん?」
殉職とはなくなったということだろう。ある程度親しくしていた人間が亡くなったというのに、2人に変わった様子はなかった。
「いいえ。あの葬儀は?」
「あぁ。もう終わったぜ。俺たちも花を手向けに行った。」
「本当?ずっと私の傍にいたと思うけど。」
「空いた時間に交代して行ったんだ。」
「そう。それでよかったの?知り合いだったんだよね?」
「あぁ。」
軽く答えるアルクに、もう何も言えない。価値観の違いだろうか。もし、私のクラスメイトが死んだとしたら、特に親しくなかったとしても気落ちする。だが、2人にそんな様子はない。
「よくある事なんですよ。」
「え?」
リテが困ったような顔をして、そう言った。
「もう、僕たちは慣れてしまった。よくあることだから。」
「そうだな。」
「この世界では、人は簡単に死ぬ。特に騎士なんて職業の者は、同僚が死ぬなんて日常なんですよ。だから、お気になさらず。」
「はい。」
そうか。彼らにとって、死とは特別なことではないのだ。理解して、少し寂しく感じた。もしも、私が死んだとしたら、2人は今みたいになんともない顔をして過ごすのだろうか。
昨日、私はリテを殺すことも視野に入れた。面倒だからと。
そんな私がこんなことを考えていて、それがおかしかった。殺そうと思った相手に、私は私の死に悲しんで欲しいのか?ずいぶんと自分勝手だ。
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