第20話 ゼール
城には劣るが、それでも豪華な部屋で、私は一人の商人と対峙していた。商人は、笑顔の絶えない、どこか胡散臭そうと思える青年だった。
彼は私が勇者だと気づき、つながりを持ちたかったようだ。誘いを断ることは、アルクとリテにお願いすれば可能だったと思うし、実際2人は断ろうとした。でも、私は誘いに乗った。それは、彼が商人だからだ。
彼なら、私の求める者がどこにあるかわかるだろう。
「改めまして、ゼールと申します。」
「あ、はい。私はサオリです。」
「サオリ様のお噂はかねがね。ところで、今日はなぜ町へ?」
「えーと・・・言ってもいいの?」
私は振り返って、アルクを見た。彼はいつもと違い騎士然として、サオリの後方に控えている。つまり、サオリが座るソファの後ろだ。
「問題はないでしょう。それにこの方の耳にはもう届いている情報だと思われます。」
「そっか。」
私はゼールに向き直って、今日の目的が旅の準備であることを伝えた。
「お求めのものは見つかりましたか?」
ゼールの問いに、リテが答える。
もう旅のための買い物は終わっていた。後は、約束していたカフェに行くだけだ。
「失礼ですが、ローブなどもご用意されていますか?」
「いいえ。旅先で必要を感じたら購入するつもりです。」
「ならば、私から贈らせていただきたい。旅にローブは役立ちますよ。」
「いえ、結構です。」
「そう言わず、受け取っていただけませんか?魔王を倒すという人類の悲願をなされる方の、少しでもお役に立ちたいのです。」
「・・・結構です。その気持ちだけで十分ですから。」
かたくなに拒否するリテに、言葉を重ねるゼール。なぜそこまでと疑問に思う私とゼールの目が合った。
そういうことか。私はどうやら頭が回っていなかったようだ。
「あの、リテさん。せっかくですから頂いたらどうでしょう?」
「サオリさん?」
「人の好意を無駄にするのは、良くないと思います。頂いて損をすることもないわけですし。ですよね、ゼールさん?」
「それはもちろんでございます。下心は多少ありますが、贔屓にしていただければという願望程度のものです。ご安心を。」
リテは納得していないようだが、最後には頷いた。
「それでは、お2人をご案内してください。」
傍に控えていた別の商人にそう命令するゼールに、驚いたのは2人だった。
「サオリ様をどうするおつもりで?」
「ご安心を。ただ世間話を少々。構いませんか、サオリ様。」
「はい。私ももっとお話を伺いたいと思っていました。2人は気にせずローブを選んできてください。」
「いや、それは・・・」
「サオリ様の身の安全は、このゼールが保証致します。ですからご安心を。」
「しかし・・・せめて一人は。」
「・・・リテ、行くぞ。」
「アルク!?」
「後ろに女性がいるだろ。きっと、女性にしかわからないことの話だ。」
「え、あぁ。そういうことですか。」
何やら勘違いしているようだが、特に問題はないので曖昧に頷いておく。
「さて、これでお求めのものをお聞きできますね。」
「はい。お気遣いありがとうございます。」
2人がいては聞きにくい。それを察してくれたようだ。流石商人というべきか。
「それで、私が対応しても?女性関係のものなら、後ろのものに任せますが・・・そうではありませんよね?」
「はい。一応、それらの用意も気になりますが、本題は違います。」
「わかりました。とりあえず、女性関係のものを数点ご用意させていただきます。」
ゼールは後ろの女性に指示を出し、女性が出た部屋には私とゼールしか残っていなかった。
「それで、お求めのものとは?」
「・・・絶対に裏切らない、連れて歩ける者です。魔王討伐隊に連れて行ってもおかしくない者を望んでいます。」
「・・・そうなると、奴隷ですね。」
「奴隷・・・いるんですね。」
「はい。ご存じなかったようですね。この国では奴隷が認められています。人間、獣人、エルフなどが多いですね。特に獣人の奴隷が多いです。」
「獣人とは?」
「人間とほぼ変わらない見た目ですが、身体能力が圧倒的に違います。人間に獣の身体能力が備わったものと思ってください。外見的特徴は、主に耳としっぽが人間と異なります。サオリ様の条件に当てはまる、おすすめの奴隷ですね。」
「そうですね。その、奴隷は裏切らないのですか?」
「正確には、裏切れないのです。奴隷には、奴隷紋という刺青を施しますが、それには従属という魔法効果があります。それによって、主人を害したりなどの行為はできないのです。」
「言葉は?私の不利になるようなことを、言わせないことは出来ますか?」
「もちろんです。」
笑みの深まったゼールに、何かあったのだろうかと、頭の中で首をかしげる。すると、そのことすら理解したかのように、ゼールが言った。
「サオリ様は、正直なお方ですね。」
「正直?」
「はい。私個人としては、そういう方は素晴らしいと思っていますが、世間では愚かだと思われるでしょう。」
「愚かですか。」
「はい。美徳だと、私は思いますが、愚かなのですよ。あなたが正直すぎるせいで、私にあなたが何かを隠していることがばれてしまいましたよ?」
危機感はない。それは、ゼールが軽く言ってくれたおかげだろう。でも、愚かだったことは理解した。
「あなたの不利になる事とは、何でしょうか。実は、移動魔法がもっとすごい能力だったり、ですか?」
「・・・そうですね。そうかもしれません。」
「おや、違いましたか?・・・どうやら違わないようですね。ま、いいでしょう。」
ゼールが立ち上がったので、私もつられて立ち上がった。
「ご案内いたしましょう。」
ゼールの後をついていきながら、私はお金を持っていないことに気づいた。出世払いとかできるのか?
「ゼールさん。」
「なんでしょう?」
「あの、出世払いとかできますか?私、まだ手持ちがないもので。」
これで態度が豹変したら嫌だなと思いおずおずと問えば、彼は笑みを深めて、声を上げて笑った。
「え?」
「し、失礼っ。まさか、そのような心配をされているとは・・・ふくっ。」
笑われている。これは、大変失礼だ。私はすっと目を細めた。
「あぁ、怒らないでください。馬鹿にしたわけではありません。」
彼は息を整えて、こちらに自然な笑顔を向けた。
「気に入りましたよ、サオリ様。」
「はい?」
気に入ったらしい。何を?
「訳が分からないですよね。申し訳ございません。」
すっと、なぜか右手を取られた。しかも、彼は片足を床について、私の前で跪き、私を見上げていた。意味が分からない。
「私ではだめでしょうか?」
「はい?」
「あなたの秘密を共有する、協力者。私ではだめですか?」
「はい?」
なんだ、その意味ありげな言い方は。
思い浮かんだ言葉はそれだけだった。
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