第18話 使う者次第
森から帰った私たちは、数時間後に王と謁見することになった。身支度を整えて、私たちは玉座の間の前で、入室の許可が下りるのを待っていた。
扉が開く。
しんと静まり返った玉座の間。私が一歩足を踏み入れれば、王が待ったをかけた。私はそれに従い足を止める。
「聞くより見た方が早いであろう。さっそく、移動魔法を使って見せよ。」
そう、ここに呼ばれたのは、私が移動魔法を使えるようになったからだ。おそらく今後の身の振り方なんかが決められると思っていたが、移動魔法を見せろと言われるとは思わなかった。
「わかりました。」
どの程度まで見せていいのか迷うが、とりあえず王の話を聞く位置まで使う分には問題ないだろう。
「移動魔法。」
別に言う必要はないが、魔法名を言わなければ発動できないと思わせた方がいいと思い小さく呟いた。勘違いさせておけば、彼らと戦うときに不意を突くこともたやすくなる。
景色が変わり、顔を上げれば王が扉の方へと目を向けていた。先ほど私がいた場所を見ているのだろう。
「こちらです、陛下。」
「!」
私と目が合った王は、少し驚いた様子だった。辺りもざわめく。え、なんで?
移動魔法を使うってわかっていたのになぜそこまで驚くのだろう。
「一瞬でこの距離を詰めるか。」
王の呟きになるほどと思う。瞬間移動とは思っていなかったようだ。
「ふむ。その魔法はどの程度使えるのだ?移動距離に制限はあるか?連続して使えるのか?」
移動距離の制限はわからないが、森からこの城までは移動できた。私もどれだけ使えるのかは知りたかったので、とりあえず森にいるときお手洗いに行ったふりをして一人になり、城の自分の部屋に移動したが問題なかった。
一応部屋に人がいた場合に備えて、ベッドの下に移動して森に再び移動した。
連続して使うことは可能だ。これは以前クリュエル城でさんざん実験したから、確実だ。ただ、やはり連続して使えば疲労はでる。まぁ、あの時は戦闘能力も使っていたし、多くの人間を殺した。その疲労だったかもしれない。
「まだ使い込んでいないのでわかりませんが、目に見える範囲なら移動できると思います。」
「ふむ。目に見える範囲か。ならば、我の背後にも移動できるか?」
「・・・はい。」
王の背後に瞬時に移動できる存在は、危険だろうと思った。だから、ここは出来ないと答えるべきか悩んだが、私に戦闘能力はないことになっているので、少し強さも見せた方がいいだろうと思い正直に答えたのだ。。
つい最近、第4騎士団が暗殺に来たしね。
思った通り、危険だと判断されたのだろう。辺りから不安げな声が聞こえた。
そのざわめきを、王が杖を床についておさめる。
「勇者よ。」
「はい。」
「お主は、今すぐここで我を手にかけることができるか?」
「!?」
この人、何言ってんだ?
そう思ったのは私だけではないだろう。辺りは先ほどなんて比ではないほどうるさい。そして、多くの視線が私に突き刺さった。
殺せるかどうかといえば、殺せる。
移動魔法で王の背後にまわり、別に正面でもいいけど、王の頭を掴む。それから頭だけ私と一緒に移動させてしまえば・・・殺せる。
でも、その後が面倒だ。王を殺した私は罪人で追われる身となるだろう。この場にいるものすべてを殺せば、それは回避できるが、それも面倒だ。
とりあえず、答えよう。沈黙は怪しいからな。
「出来ません。そんな恐れ多いこと・・・いいえ、たとえ玉座に座っているのが賊だとしても、私にその賊を殺すことは出来ません。」
王を殺す気はないという意思を見せ、さらに殺すこと自体ができないことを明らかにした。理由は2つある。
「それはなぜだ?」
「まず、私には人を殺すなんてこと自体ができません。私が住んでいた国は平和で、人を殺したりするなんて無縁の話でした。なので、そもそもそういう経験がありません。」
「・・・ならば、お主が人を殺せる人間だとすれば、可能か?」
それでもできない。なぜなら、今私は武器を持っていないから。それが2つめの理由だ。表向きのね。
「武器があれば・・・可能だと思います。」
「ふむ。ならば。」
王は傍らの側近だろうか?男に何やら耳打ちをする。
嫌な予感がする。
さて、あれから数分後。私は今、手に扇を持っている。おそらく貴婦人が使うような、お高い扇なのだろう。とても持ちやすく、重い。
こんなに重いの貴婦人は持てないかもしれない。重いとは言っても、たやすく持ち上げたりは出来るが。
そして、王のそばには何も知らない騎士がいた。
王から説明を受けた後、連れてこられた騎士だ。だから、彼はこれから起こる事を知らない。
さて、どうしようか。
いや、もうするべきことは決まっている。私は強力な魔法を持っているが、それを活用する力はない。そう思わせるべきだ。
何も知らない騎士は、私の様子がおかしいことに気づいたのだろう。先ほどからその騎士から視線を感じた。いや、見ているのは騎士だけではない。
左右に並ぶ貴族たち。彼らはそのときを、私が動き出す時を待っていた。
王の側近が、私に勇者召還について、どのような動きで私が召喚されたのかを語っていた。王はただ真正面に私を見下ろしている。
心の準備は万端だ。勇者召還についても興味はないので、私は実行した。
「移動魔法。」
王の背後に移動し、私は閉じたままの扇を王の首に向かって、振った。戦闘能力を使わないように意識して、本来の私の運動神経のみで、扇を振った。
私の左側から、騎士の靴底が迫ってきた。私は避けることもせず、わざと蹴られて後方に飛ばされる。蹴られた肩は、リテが魔法をかけてくれたおかげで痛みはない。
顔を上げようとする私の首に、冷たく固いものが当たる。騎士の剣だ。
「そこまで。」
王の声に反応し、騎士は剣をこちらに向けたまま固まった。
「もうよい。勇者、戻れ。」
「はい。・・・移動魔法。」
元の位置に戻り、顔を上げる。王と目が合ったが、すぐにそらされた。
「見ての通りだ。勇者自身の力がなければ、暗殺などに仕える魔法ではない。」
私の期待通りの反応に、ほっとした。
移動魔法を見て、貴族たちが憂いたのは、暗殺に使われることだったようだ。でも、その用途に使用できないことが今証明された。
何も聞かされていない騎士が、私の攻撃を防ぎ、私を無力化したことによって。
扇は、武器の代わりだ。私は、リテに防御力が上がる魔法をかけてもらい、王を襲うように言われた。それを実行して、見事失敗したのだ。
これでよかったよね。
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