第10話 甘いお菓子



 私をどこかの貴族のお嬢様と思い、身代金目的に誘拐しようとした男たちは全員捕まった。リテの方にも、足止めのために5人ほど来たようだが、全て返り討ちにして、今は牢屋の中でおとなしくしているという。


 殺せばよかったのに。


 口には出さなかったが、私はそう思った。でも、なぜそんなことを平和な国の日本で生まれた私が思うのかわからず、それが怖かった。


 その一件以来、事件という事件も起きずに、遂に私はウォール王国の城に到着した。


 着いてすぐ、王都の謁見があると思っていた私だが、そんなことはなかった。部屋に案内されて、風呂にいれられて、服を着せられた。服は、ドレスだとコルセットをするので、一般的な服を用意してもらった。質素だが、これもドレスでは?と思ったが、何も言わない。


 明日、デザイナーを呼んでくれるらしく、その人に着たい服のイメージを伝えて欲しいと言われた。それまでは、これで我慢しろということだろう。


 着替えて、用意されたお茶を楽しんでいると、部屋にアルクがやってきた。


「悪い一人にして。心細かっただろ?」

「・・・ずっと誰かに付き添われていたから大丈夫だよ。まさか、お風呂まで一緒とは思わなかったけど。」

「貴族なんてそんなもんだ。」

「私、貴族じゃないよ?」

「それが、この国では貴族なんだよ。爵位は、勇者位。」

「何そのこじつけ・・・」

「いや、これはマジであるんだって。だから、今日からお前は貴族だ。」

「・・・面倒そう。」

「面倒なのは確かだな。でも、安心しろ。俺とリテが正式にお前の騎士となることが決まった。ばっちりお前をサポートしてやる。」

「・・・?」

 意味は分かるが、理解ができない。


「そうそう、夕食はここでとっていいってさ。あ、俺とリテも一緒でいいか?」

「うん。なんだか安心した。王様と顔を合わせないといけないと思って、緊張していたんだけど、今日それはないんだね?」

「あぁ。今日はゆっくり休めってさ。どうだ、良い国だろ。」

「・・・そうだね、牢屋にいれられないだけで、素晴らしいよ。」

「そりゃそうだな、ハハッ。」


 ノックの音がして、もう一人の騎士、リテが入ってきた。


「失礼します、サオリさん。アルク、お前は着替えて来い。」

 そう言ったリテは、しわひとつない制服を着ていて、着替えてきたことが一目でわかった。


「あぁ、そうだな。またな、サオリ。」

「うん。」

 アルクが部屋を出て、リテは、私が座っているソファの隣に腰かけてきた。そのとき石鹸の香りがして、お風呂に入ったこともわかった。


「アルクから聞きましたか?僕たちがあなたの騎士になることを。」

「はい、聞きました。その、よろしくお願いします。2人が路頭に迷わないように頑張ります。貴族とかよくわかりませんが。」

「大丈夫ですよ、勇者は国から一定額の給料が支払われますから、散財しなければ大丈夫です。慣れない生活になると思いますが、頑張りましょう。」

「・・・そうですね、牢獄とは違いますからね。」

「・・・似たようなものではあります。自由はないと思った方がよろしいです。」

「自由がない?」

「はい。」

 まさか、この部屋で死ぬまで過ごすとか?


「一応選択権はありますよ。ですが、選択の自由があるだけです。」

「選択って、何を選べばいいの?」

「魔王と戦うかどうかですね。ですが、あなたには無理でしょう?ですから、魔王とは戦えない。なら、あなたは何をするか。移動能力は使えそうですか?」

「いいえ。どのように使うのかもわかりません。」

「ならば、その能力で国に貢献することもできません。ですから、あなたはおそらく・・・」

「・・・給料泥棒?」

「そう罵られるでしょうね。ですが、些細なことです。あなたが傷つくのはわかっていますが、どうか耐えていただきたい。」

「・・・」

 この国でも敵意を向けられるのか。それは、嫌だな。


「・・・移動能力を使えれば、少しは違いますか?」

「その能力がどのようなものかにもよります。ですが、馬よりも早く移動できるというのなら、緊急の連絡に役立つでしょう。」

「そうですね。まずは、どんな能力かわからなければ意味がない。人の能力を解析する能力などはありませんか?」

「ありますが、この国にはその能力者がいません。水晶玉程度に見ることができる者はいますが、それでは意味がないでしょう?」

「そうですね。」

「それに、僕はその能力が使えない方がいいと思います。」

 頭に手を置かれた。


「もう、怖い目にあわせたくありません。緊急の連絡が必要なんて、危険な場所が多いですから。あなたは、もう十分辛い目にあいました。もう、いいではないですか。」

「・・・」

 リテの言葉は、甘いお菓子だ。食いつきたくなってしまう。


 怖いのも辛いのも痛いのも、もう嫌だ。私は十分に苦しんで、絶望を味わったと思う。これ以上何を味わえと言うのか。


 でも、怖い。


 蔑まれて、傷ついた私は、耐えられる?


 耐えられない。


 きっとこの国が嫌いになるだろう。そしたら、また別の国に行くのか?それでは、いつまでたっても、私は逃げ続けなければいけない。


 そんなの嫌だ。



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