第5話 血濡れの少女



 この世界には、もちろんいくつかの国がある。

 多くの国は人間やそれに近い種族が統治している。そして、その中の一つに魔国もあった。


 魔国は、その名の通り魔に属する、魔人や魔物の国。統治するのは、見た目は人とは変わらない魔人の王だった。しかし、その性質は残虐で、力は強大。


 国同士は、手を取り合って、その魔国に対抗していた。

 その国々の一つ、クリュエル王国は、人間の支配する国で、力こそ正義という国でもあり、特に男尊女卑の強い国であり、魔国に隣接する唯一の国だ。


 そして、そこで勇者召還は行われた。



 クリュエル王国城下町に到着した、ウォーム王国の騎士アルクは、金色の髪と青い瞳を持つ、快活な男。その隣にいるのは、相棒のヴェリテ。長い緑の髪と同色の瞳を持つ、落ち着いた男。2人は王命でこの国を訪れた。


 王命は、勇者の現状を把握し、場合によってはウォーム王国に連れてくるというものだ。


 勇者召還は、それぞれの国で秘宝を出し合って、クリュエル王国で行われた。しかし、クリュエルが勇者を不当に扱う可能性があり、それを危惧したウォームの国王が騎士を派遣したのだ。


 魔法による通信で、勇者召還が成功したことは伝えられたが、それ以降連絡が途絶えているのが、さらに不信感を募らせた。


「おかしいな。リテ。」

「えぇ。なぜ門番がいないのでしょうか。」

 城門には誰もいない。そんなことは通常ありえないはずで、何かが起こったことがわかる。


「慎重に行きましょう。」

「だな。」


 2人は大きな門の隣にある、小さな扉が開いているのを見て、そこから中に侵入する。そして、すぐに血の匂いをかぎ取った。


「魔物でしょうか。ついに魔国が攻めてきたとか?」

「それはないだろ。魔国が攻めてきたのなら、町もただじゃすまないはずだ。」

「それもそうですね。」

「・・・静かだな。」

 血の匂いが広がっているのに、辺りは静まり返っていて不気味だ。まるで、もう戦いは終わったとでもいうようで。しかし、何かが起こり、それを収めたとしてここまで静まり返るものだろうか?


 城内はひどいありさまだ。血の匂いは濃くなり、あちらこちらに無残な死体が転がっている。リテは、その死体の一つを観察する。

「どうやら、相当の手練れにやられたようですね。」

「・・・どれも、同じような傷だ。」

「そうですね。心臓を一突き。よくもこんな芸当ができるものです。それに、これほど同じような傷ができるものでしょうか。まるで、一人の人間にやられたような、いや、まさか。」

「こういう流派なのだろう。とりあえず、奥へ進むか。」

「そうですね。」

 2人は、耳を澄ませて周囲を警戒しながら進む。だが、一人として生存者はいない。敵も味方も。


「・・・死体は、クリュエル兵だけだな。あとは貴族。」

「敵は、死ぬと蒸発でもする・・・魔物ですかね?」

「そんな魔物がいるのか?」

「聞いたことはありません。でも、そんな人間はいないでしょう?」

「・・・そうだな。」

 まさか、一方的にやられたわけでもあるまい。敵らしき死体がないのはおかしいとは思ったが、今は先に進むことにする2人。


「なんだこれは。」

「銅像ですね。わが国では庭に置く物ですが、こちらでは屋内に飾るのでしょうか。」

「そんなわけあるか。・・・ここに何かありそうだな。」

 銅像が転がっている。そこは、玉座の間とおぼしき扉の前だ。


「確かに・・・とは言ったが。」

「!」

 玉座の間から男の声が聞こえ、2人は息をひそめた。そっと、玉座の間を覗けば、逆光でよく見えないが、人影が見える。


 床には、数多くの死体が転がっていて、血の匂いが濃く吐き気をもよおす。2人は頷き合って、素早く玉座の間に入り、剣を構えた。


「そこで何をしている!」

「ちっ。まだ残っていたか・・・ん?」

 男は2人をよく見て納得したように頷いた。


「何をしているんだ!この惨状はお前がやったのか!」

「外のやつか?俺がやったよ。頼まれたからな。それより、お前たちはこの城の人間ではないのか?」

「だったらなんだ!」

「・・・なら、後は任すわ。」

 男は後ろにさがり、指を鳴らした。すると、男の姿が黒く塗りつぶされたようになって、消えた。


「な、なんだ?」

「移動系の魔法でしょう。あんなにあっさり使うとは、魔法の腕も相当ですね。それより、生き残りがいるようです。」

 剣をしまったリテは、死体のように転がった女性の傍に膝をついた。

「大丈夫ですか?しっかりしてください。」


 アルクも辺りを警戒したまま、近づく。

「どうだ?」

「気絶・・・いえ、眠っているようです。それにしてもすごい血ですね。」

 服を脱がして確認するが、目立った外傷はない。しかし、唯一着ている上着は、絞れば血が流れ落ちそうなほどに血を吸っている。


「この方、なぜ上着、それも男物の上着だけ着ているのでしょうか。怪我をしていないのに、服は血に染まっていますし。返り血?」

 もし返り血でなければ、彼女の命はなかっただろう。しかし、なぜ返り血をこんなにも浴びているのか?

 疑問は浮かんだが、とりあえず2人は行動することにした。


「・・・とりあえず、着替えを探してくる。」

「では、僕は・・・庭にこの方を運びます。城内の空気は悪いですから。」

「それがいいだろうな。」

 吐き気がするような部屋の空気を思い出し、アルクは顔をしかめながら頷いた。



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