第2話 更なる暴力



 目が覚める。いつもの暗闇に匂い。もう慣れた。


 立ち上がって、軽く体を動かす。いつも通りだ。傷ひとつない肌に、欠けていない体。初日に感じていただるさはもうない。あれは、確か体を再構築して、能力を付与した影響だとか、神が言っていた。


 私はさおり。この国に召喚された勇者だ。今は、使えない勇者として、投獄され、実験動物の扱いを受けている。


 使えないと判断されたのは、メイン能力が移動魔法だったため。魔王を倒す勇者としては、心もとない能力だろう。だが、私には他に2つの能力がある。


 自動治癒。傷を自分の意志とは関係なく治してくれる、便利な能力だ。この能力のために、私は実験動物に成り下がった。だが、そのおかげでわかったことがある。


 私は、自分の腕を見る。来ている服は袖のないワンピースなので、肩から指先まで問題なく見ることができる。足も。指まで見るが、傷ひとつない。一度私の体から離れたというのに。そう、この治癒は、斬り落とされても、燃やされて灰にされも、治すことができる。


 正直、これだけで魔王は倒せそうだと感じるが、この国の人たちはわかっていない。というより、私を信用していない。


「最悪。」

 そう吐き捨てるように言っても、状況は変わらない。私は、実験に抵抗することも逃げ出すこともできずに、まだここにいる。それは、この世界や自分の能力のことがよくわかっていないから。


 移動魔法を使えば逃げ出せるかもしれない。ただ、この魔法を使ったことがないので、成功するかわからない。もし、成功しても、どうやって生活していけばいいかわからない。


 ここにいれば、飢え死にすることはない。だから、私は何の行動も起こさずにここにいた。


 実験は怖いし、この世界の人は憎い。でも、この体は元通り戻るから、ここにいても問題はない。痛いのを我慢すれば、何の問題もない。だから、私は今日もここにいる。


かつんと、響く音。私以外にもとらわれている人間がいるらしいので、その人がたてた音だろう。


前に聞いた話では、殺人鬼だと兵士たちが言っていた。今の私には、何の恐怖もない。なので、一度声をかけたことがあるが、返事はかえってこなかった。



 いつもの時間、いつもの兵士が、いつもの部屋に私を連れて行き、いつもの実験を行う。

 今日は魔術師がいる。魔術師がいるときは、手や足を灰になるほど燃やされたりする。魔法を使った、実験が行われるのだ。


「そろそろお前も、燃やされるのは飽きただろう。」

「・・・」

 リーダー格の兵士が声を掛けてきたが、私はただそいつを見返しただけで何も答えない。返事をするのも億劫だった。


「今日の実験は、凍傷も治るのかというものだ。つまり、お前には氷の魔法を受けてもらう。まずは、足からにするか。」

 そういえば、最初に斬られたのも足だったな。

 特に恐怖を感じることもなく、私はその実験を受けた。



 目が覚める。いつもの暗闇に匂い。もう慣れた。

 今日はどんな実験だろうか?昨日は凍傷が治るかどうかだった。

 立ち上がって、軽く体を動かす。いつも通りだ。傷ひとつない肌に、欠けていない体。


 炎、氷とくれば、次は雷だろうか?感電はさすがにまずい気がする。脳にダメージを受けそうだが、それも回復してくれるだろうか?


 いつもの時間に、いつものように兵士が牢屋の前に来た。鍵を開けて、牢屋の中に入ってくる。

「え?」


 一人ずつ、兵士は牢屋の中に入って、なぜか鍵を閉めた。それは、いつもと違っていた。私は顔をあげて、馴染みとなった男たちの顔を見る。下卑た笑いを浮かべる男たち。


「な、何?」

「怯えているのか?懐かしいな、今では顔色一つ変わらないお前が、怯えるなんてな。でも、察しがいいぜ。今日やる実験は、いつもと全く違うのさ。」

 リーダー格の男が、近づいてきたと思ったら私を固い石造りの床へと押し倒した。


 これは何?


 近くで聞こえた布が破れる音。寒いと感じた。見れば、来ていた服が破かれて、私は生まれたままの姿になっている。


「こんな汚ねーところでやりたくねーけど、仕方がねーよな。」


 何をする気?


「本当に、綺麗に治っているな。俺なんて、5年前の傷跡がまだ残っているぜ。見るか?」

 かちゃかちゃと音をたてて、男がベルトを外し、ズボンをさげる。


 嫌だ。なんで、押し倒すの?なんで、服を破くの?なんで、ズボンを・・・嘘。嫌だ。これはだめだ。殴られたって、斬られたって、腕を落とされたっていい。治るから。でも、これはだめだ。


「や、やめて。それだけは、やめて。」

「怯えるなよ。大丈夫だ、今日は優しくしてやる。」

 頭を撫でられ、その手が胸に行く。


 あぁ。もうだめだ。

 我慢できない。もう、我慢できない。


 目の前にいた兵士が消える。

 冷たい石の上にいた私は、フカフカのカーペットの上で座り込んでいる。何が起きたのかはすぐにわかった。これが、移動魔法か。


 顔をあげれば、高いところで私を見下ろす王がいた。半開きの口をみれば、王の頭が真っ白なのがわかる。私は、一応報告した。


「兵が、私に乱暴しようとしました。」

 ま、いつも乱暴されていたが、今日のは毛色が違っていた。裸の私を見れば、どのような乱暴かはわかるだろう。


「殺せっ!」

 それは、もちろん乱暴をはたらこうとした兵をではない。


 王の指示に従い、周りにいた兵たちが私に剣を向ける。私は、その様子を見て、移動魔法を使う。


 移動した場所は、牢屋。もうあの3人の兵士はいない。ご丁寧に牢屋の鍵も閉まっている。

 私は、一つ深呼吸をして、牢屋の外へ出るイメージをして、移動魔法を使い、成功した。


「結構便利だね。」

 私は、兵士たちがいつも来る方、右の道へと進む。


 私の能力がどこまで通用するかはわからない。でも、こうなってしまった以上、このまま牢屋では生活できない。だから、私がやることは一つ。


「実験しないとね。」


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