死神勇者は狂い救う

製作する黒猫

第1話 絶望の始まり



 私は、さおり。ただ平凡な生活を送っていた私だが、ある日突然目の前が真っ暗になって、声が聞こえた。

「この世界を救え。」


 声の主は、神だと思う。そいつが、私に力を与えて、ある世界へと私を転生させた。そう、私は一度死んでいたのだ。



「使えぬ。このような能力は、勇者に必要ない。それに、女など元から使い道がないわい。」

 やっと視界が戻ったかと思えば、何の説明も聞かされずに不思議な水晶玉を無理やり触らせられ、なんだか偉そうな男にそう言われた。


 おそらくここは王国の玉座の間だろう。王様らしき人が高い場所からこちらを見下した。先ほど私を使えないと言った男だ。


「だが、剣の腕くらいはあるやもしれん。」

 そう言って男が手をあげれば、騎士らしき男が一人私の前に出て、腰の剣を抜き、こちらに剣を向けた。心臓が嫌な音をたてる。


「な、なに!?」

「やれ。」

 戸惑う私を無視して王様は短くそう命じ、騎士はそれにこたえる。

 体が重い。思うように動かない。


 振るわれる剣の動きは見えたが、体がいうことを聞かずに、私は突っ立ているしかなかった。そんな私を、いとも簡単に騎士は斬る。


 痛い。熱い。




 目が覚めると、体が冷たくなっていて、自分を抱きしめた。

「ここはどこ?」

 暗くて、じめじめとしていて、臭い。


 殺風景な部屋は、ろくに明かりもない。ほのかに明かりがさす方を見て、私は固まった。

 鉄格子。


「牢屋?なんで?」

 部屋の中は、きしむベッドとツボが一つだけ。鉄格子の外は、見張りが歩くスペースくらいしかない。


 私、何もしてないのに、なんで?

 世界を救うように、神に言われてこの世界に来た。それだけ。


 なぜか、騎士が斬りつけてきた。そうだ、王様らしき人に命令されて・・・あれ?なんで?


 混乱する頭を使って、考えた私だが、状況が理解できずにまた混乱した。


「落ち着かないと。とりあえず、今は安全だよね。そうだ、斬られた傷はどうだろう?・・・あれ、全然跡がない。あ、そうか。自動治癒されるとか言ってたっけ。」

 この世界を救うために、私は神様から3つの能力を授けられた。その一つが自動治癒。傷を受けても、すぐに回復するというもの。


「よかった。でも、痛かったな。どうせなら痛みもなくしてくれればよかったのに。」

 私は傷がないことに安心し、少し落ち着いて考えた。今の状況についてだ。


 どう考えても、私は今牢屋にいる。これが勇者に対する歓迎の意味ではないことは分かる。それはなぜか?


「騎士にあっさりやられたから・・・なんてことはないよね?それだけで投獄されるわけないよね?」

 答えてくれる者は誰もいない。


 だが、そんな私の耳に、硬質な足音が聞こえた。

 心臓が嫌な音をたてる。これから起こる事が良いことだなんて思えない。




「かはっ」

 私の口から血の塊が吐き出された。痛い。熱い。苦しい。


 それは、実験だと思う。


 牢屋で一人考えていた私の前に現れたのは、3人の兵士。兵士たちは、私を別室に連れて行き、様々な暴力を私に加えた。


 最初から剣を鞘から抜き、足を斬られた。それから、足が治るまで痛みで涙を浮かべる私を眺めていた。


 そして、傷が治ると今度は手を斬られ、治る様子を観察される。



 一通り斬ると、腹を殴られた。それも素手でなく、剣で。血を吐くほどの力で殴られ、また観察される。これが実験でなければなんだ。


 痛みが引いていき、私はほっとする。


「やはり、治っている。報告してこい。」

「はっ!」

 兵士の一人が部屋を出て行き、2人の兵士が話し出す。


「たいした力はないが、この治癒能力だけは素晴らしいな。我らが騎士団長に、この能力を授けてくださればいいものを。」

「だな。こんな女が持っていたとしても、宝の持ち腐れだ。だいたい、なんで勇者が移動魔法なんだ?必要ないだろう。」

 移動魔法は、神様に与えられた能力の一つだ。詳しい使い方はわからないが、その名の通り、目的地に移動できる魔法だろう。おそらく、テレポーテーションのような魔法だと思っている。瞬時に目的地に行けるような魔法だろう。


 それよりも、ここは今聞くしかないだろう。

「あの・・・」


 震える声で私は兵士に話しかける。兵士たちは私をにらみつけて、続きを促した。

「なぜ、こんなことを・・・」

「陛下の命だ。」

「なぜ・・・」

「仕方がないだろう。お前は使えぬ勇者なのだから。力がない者に魔王は倒せないし、世界は救えない。」

「だからって、こんなことをしなくても。」

「使えないものでも有効活用するのが、この国のやり方だ。お前は役に立たないが、お前の自己治癒能力だけは役に立つ。この能力を分析し、他の者に付与するためだ。」

 馬鹿なのか。いや、確かにそのようなことが実現できるのなら、その方がいいのかもしれない。でも、できるかわからないことのために、こんなことをするのか?


「移動能力が私にはあります。なぜ、そちらを有効活用しないのですか。」

 この能力があれば、魔王のもとへ精鋭を送ることもできるし、物資の運搬も時間がかからないと思う。まだ使ったことがないのでわからないが。


「お前は信用できない。」

「は?」

 何それ?勝手に勇者と召喚しといて、それはないでしょ?


 そう、私は勇者としてこの世界に召喚されたのだ。その召喚は、この王国がやったもの。それなのに信じられないとは何か。


 私が固まっていると、部屋を出て行った兵士が戻ってきた。

 そして、兵が口にした言葉は、私を絶望へと突き落とす。


「次は、斬り落としても再生するか―――


 切り落とす。その言葉を理解したとたんに、頭が真っ白になる。


 こいつらは何を言っている?頭おかしいだろう。こんなことに何の意味があるんだ?


「ひっ」

 冷たい刃の感触が、恐ろしい。私の二の腕に、兵士は刃を当てた。嫌だ。怖い。


「や、やめて!もし、戻らなかったらどうするつもり!」

「その時は、実験は中止するさ。いや、上がやれと言ったら、斬り落とすものがなくなるまで、続けるがな。」

「嘘。やだ、やだやだやだお願い!お願いします!やめてください!」

 涙があふれて、鼻水が垂れてきた。そんなのにかまってられない。私は頭を振って、声を出して、頼む。


「悪いな。命令だ。」

「や・・・




 喪失感に襲われた。あぁ、ないよ。



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