6-2 母は子と孫の成長を喜ぶ
(ええ、イナンナ様からお返しを受け取るためにも、勝ちましょう!)
こんなやり取りをしたのだけれど、多分、私達がお互いの平静を取り戻したのに掛けた時間は一瞬だった。
「二人とも大丈夫だったか」
ギルガメッシュ様が私達に声を掛ける。
「本来、ティアマトと話す事は神であっても禁忌なんだ。理由は既に理解しているだろうが、人だけではなく、神であってもその声を聞くだけ引き寄せられる可能性があるからな」
百聞は一見に如かずとは言うけれど、私達は身をもって理解していた。
学級担任だった水代先生が引き込まれたのも、仕方ない事だったと頭で理解する。そして、その対極として、田中さんがよくこの魅力に惹かれなかったなとも。
「大丈夫ではありますが、私一人では危なかったです」
”ええ。神としての面目は立たないけれど、私もナナエに助けられたわ”
私達二人がそう返したところで、彼は頷いた。
「大丈夫ならそれでいい。お前たちは大事な戦力なんだからな」
先ほどと比べて、私達に向けられていたその言葉はそれほど声量は大きくは無い。
だというのに、反応したのは私達ではなく、遠くに居座る巨竜だった。
《ふむ? 人の神よ。この場に居るのは貴様一人ではないのですか?
そこらの人間にお前の両の腕を取らせたはずだったのですが》
不穏な内容なのにもかかわらず、声の響きは不思議と慈愛に満ちている。
「ああそうですよ!
お母様の素晴らしいご配慮によって、俺の大切な懐刀は二本とも折られましたよ!」
返すギルガメッシュ様の言葉には皮肉が効いていた。
《そうですか。であるならば、それらは……?》
ティアマトの声が聞こえた直後、固まりつくような寒気が私の全身を包み込んだ。
距離はかなり離れているはずなのに、それはティアマトに見据えられたからだとどこかで理解してしまう。
《そうか、そうか。そう言う事ですか》
ティアマトがそう言った後、竜の首がもたげられ、咆哮とも思えるような笑い声を発した。
笑い声は衝撃波となって私達を叩きつけ、倒れそうになると同時に、どうしてだか寒気が取れて少しだけ暖かさを覚えてしまう。
私は明らかに格が違う相手を前に圧倒されまいと必死になっていたのだけれど、ティアマトはそんな事はお構いなしとばかりにギルガメッシュ様と会話を続けていた。
《よもや、そのような手で来るとは思いませんでした。
流石人の神。私には思いつかない芸当を次々とやってくれますね》
私は横目で邪竜に呼ばれたギルガメッシュ様の方を見る。
”どういう事……?”
疑問はイナンナ様が口にしてくれていた。
「言っておくが、これは俺の手ではない。マルドゥクの策だ」
そう叫ぶギルガメッシュ様の言葉に、今度は私が同じことを口にする。
「……どういう事なんですか?」
私達の疑問に返って来たのは、再度の大きな咆哮だった。
《はっはっはっ!
なるほど! それは喜ばしい! 愚息も成長したのですね!》
咆哮の響きは、私の体に緊張と弛緩の両方を同時にもたらし、体が一瞬動かなくなる。
ティアマトは固まっている私を見てどう思ったのかはわからないけれど、次に発した言葉はとても優しいものだった。
《何、そう緊張することはありません、我が孫よ。
神と呼ばれる我が子達でさえ己を保てないこの場にて、自分を保っているだけでも十分に称賛に値します。
マルドゥクの策とはいえ、よくそのような真似をやってのけましたね》
……褒められたらしい。
どんなに暖かい声であっても、私の気は緩まない。
私はより一層気を引き締めたのだけれど、それを聞いたイナンナ様の反応はちょっと違った。
”マルドゥクお父様の策……? どういうこと……?”
《おや、そこの神は聞かされていないのですか?
この場で
貴神はわかっていてそこにいるのでしょう?》
ティアマトの話に私は微かな不安を覚える。
イナンナ様が私の所に来たのは、私の潜在魔力が高かったからという話のはず。
わかっていて此処に? というティアマトの言葉はどういう事なんだろうか?
疑問に答えたのは意外にも隣にいたギルガメッシュ様だった。
「そいつらは何も知らんよ。知る必要が無いから教えていなかった。
二人ともお母様とは初対面だ」
《ほう、ほう。
それは何とも寂しい事です、折角の再会だというのに。
そうですね。折角孫も来たのですから、私自らもてなそうではないですか。
人の神よ、委細全て、私から教えるとしますが異論はないですね?》
「ああ、好きにするといい」
ティアマトとギルガメッシュ様は示し合わせたように話を進めていく。
”ギルガメッシュ! 貴方、まさか
この場でイナンナ様の声が聞こえない存在は居なかった。
「裏切ってはいない。今も虎視眈々とティアマトお母様を倒す事に集中しているさ。
前回の事もマルドゥクの親父には承諾を取っている。事後でだがな」
《ああ、怖や怖や。この期に及んでまだ私の命を狙っているとは》
私は怪訝な表情を隠すことが出来なかった。
話の流れが繋がっているようでいてやっぱり繋がらないし、それを聞いたティアマトの言葉は、なんだかこの場を楽しんでいるようにも聞こえたから。
心なんてずっと決めているけれど、もう一回何かがあるんだろうなと心身を引き締める。
それと、私はある事に気付いていた。
この場においては、私の方がイナンナ様より精神的に強い。
今のイナンナ様は揺らいでいる。
さっきの件もそうだし、忘れている何かの事もあって、自分をしっかりと保てていないのだろう。
揺らいでいる彼女と、既に何事も受け入れる姿勢が出来ている私とでは比べようが無い。
今までの私はイナンナ様にずっと守ってきて貰った。
だから、そう、だから、今は私が彼女を守る番。
“揺らいだ状況に弱いのはナナエも変わらないわよ。
同列にされるのは口惜しいけれど、今は頼りにするわ”
小声で言われたそれに、私は頷くだけで何も返事を返さなかった。
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