5-37 人ではない者達へかける言葉
少しだけ待った後、腕時計を確認したギルガメッシュ様が二人に声を掛けた。
「そろそろ別れの挨拶は済んだか?」
田中さんの手を持った二人は、寄り添ったままの姿勢で頷く。
「安心しろ。すぐに合わせてやるから」
合わせる? すぐに? 誰に?
疑問を浮かべるのと、その結末が見えたのはほとんど同時だった。
加速状態にしていなかった私にはそれが全く見えなかった。
気が付いた時には、母と娘は父に寄り添うように静かに倒れていた。
「後顧の憂いは絶たんとな」
いつの間にか三人の近くに立っていたギルガメッシュ様がそう言って、錫杖を地面に突く。
「……殺したんですか?」
「ああ、これは俺の仕事だ。奈苗ちゃんが手を汚す事は無い」
私にやるなと言いながら、結果は変わらなかった。
「本当に、勝手なんですね」
「ああ、そうだ。だが、必要な事だ。
ハタナカの犠牲を無駄にしないためにもな」
「……これが、必要だったんですか?」
彼は私の問いに頷いた。
「時間が無くなってきた。少し歩きながら話すぞ」
その後、彼は私を振り向かずに街への道を歩いていく。
どうして時間が無いのか、どこに行く必要があるのか、何も彼は言わなかった。
けれど、そこに私の意思を挟む余地は全くない。その背中には、振り向くことはしないという彼の意思だけがはっきりと書いてあってあったのだから。
空気のように静かだったりるちゃんも無言で彼の後を追う中、選択肢が無い私は、その場に残った人達へ小さくだけお祈りをしてから彼らを追いかける。
「すまんな、弔いの言葉を残す時間もくれてやれなくて」
追いついて早々に、私の方を一瞥した彼は、柄にもない謝罪の言葉を口にした。
「いえ、勝手なのはわかりましたから。
でも、勝てば本当に生き返るんですよね?」
「ああ、それは本当だ。それまで嘘だったら俺にも勝利する意味が薄れる」
私は彼の横を歩きながらその意味を考える。
「ハタナカさんの為ですか?」
「ああ、それだけではないがな。
そうだな、これからの事に関して、話すべきだった事を今のうちに話しておこう」
彼は視線を前に向けたまま、
「神話の中で、この世界はどうやって作られたと言われているか覚えているか?」
「ええ、はい。マルドゥク様が倒したティアマトの体を使って、この世界を作ったって話ですよね?」
「ああそうだ。それは事実だ。
そして、だからこそ、マルドゥクのクソ親父は、復活したティアマトを倒す事で、その死骸に残った力を使って死人を生き返らせることが出来るって話に繋がる。
だがな、この話には裏がある」
……裏?
「勝たなければいけないって事ですか?」
「それにも関係するが、他の話だ。
神話にもあるように、この世界はティアマトで出来ている。
つまり、逆を返せばティアマトの方からも関与は出来るって事だ」
「関与? 願いを叶える事ですか?」
「ああ、それだけならいいんだがな。
この世界はティアマトに触れると戻ってしまうんだ」
「戻る……?」
話の合いの手はイナンナ様からだった。
”ティアマトへの回帰。そこにあるすべての存在をティアマトにしてしまうのよ。
神降ろしの時に私達が人間を吸収するのと大差はないわ”
大差はないと聞いてだったらどうしてそれが問題に? と疑問が浮かぶが、それをギルガメッシュ様が答える。
「ああ、そうだ。だが、程度が全く違う。
この世のすべてがティアマトに吸収されるが故に、たとえ神であっても奴に直接触れる事は出来ん。同様に、魔法攻撃の一切も吸収されてしまって効かん。
そんな状況でこちらの攻撃は遠近通らないのに、奴の放つ咆哮の直撃を受けると、触れた時と同じようにティアマトに吸収されてしまうんだ」
”こちらからは攻撃はおろか接触すらできない。相手からは一撃で致命傷と言う事よ”
……二人の言った事は、どう聞いても詰んでいる話にしか聞こえなかった。
そんな相手にどう勝てばいいのか? 普通の人間ならば想像がつかないはずだった。
でも、私には夢で見た記憶がある。名も無き少女の敗戦の記憶が。
そして、その夢に出て来た槍は、私の左手の中に納まっていた。
「……この槍なら、攻撃は通るんじゃないですか?」
私の言葉に、ギルガメッシュ様は反応して振り向いた。
歩きながらだったけれど、しっかりと視線を合わせながら彼は答える。
「ああ、そうだ。
その槍と、この錫杖だけが、唯一触れても吸収されずにティアマトを攻撃できる武器だ。
最初に殺した時のティアマトの骨を、マルドゥクが加工して作った物らしいがな。
ティアマトの退治でやる事は一つだけだ。攻撃を避けて、この武器で殴る。
原始的だが、これしか方法はないんだ」
それは、驚愕すべき事実だった。なんて、そう思うべきなのだろうけれど、私にはなんとなくわかっていた。
その……いつも見ていた悪夢のおかげで。
”あまり驚かないのね?”
「ええ、もう驚くだけの気持ち無くなっちゃいましたからね」
一人で肩をすくめながらイナンナ様に返した後で、私はもう一つの事に気づく。
「例のロボットとの戦いって、本当に私にティアマトと戦わせるためだったんですね。
分不相応な相手を前に、遠距離からの即死の嵐を防がせる。攻撃手段は近距離での一撃必殺のみ。
どんな攻撃であれ、最小限で凌ぎ切らないといつかは押し切られてしまう。
そんな状況をもう一度、今度は神様相手にすればいいんですね?」
ギルガメッシュ様は、今度ははっきりと目を見開いた。
私だってわかっている、いつもの私ならここまでわかるはずがないって事ぐらい。
彼が驚いたところでこちらは驚かない。
「ああ、そうだ」
”……ええ、そうよ”
ギルガメッシュ様が重く肯定の返事をした直後に、同じ調子でイナンナ様もそれを認めた。
心配そうに、なのか、私を見ているギルガメッシュ様の視線はどことなく寂しそうでいて、心を咎めているのがわかった。そして、イナンナ様も同じ雰囲気をずっと私に送り続けている。
私は一旦立ち止まって大きく息を吸った。
数歩先で同じく歩みを止めこちらを振り向いたギルガメッシュ様に、私は大声で叫びかけた。
「あーあ!
二人とも酷いですよね! ホント酷い!
私に無茶な事させ過ぎですよ。私、まだ人間なんですから! こんなの無いですよ!」
ギルガメッシュ様に当たらない位置なのを確認してから、槍を振り回す。
ただ私は叫びたかった。
なんて事は無い。今までの溜まったうっぷんを発散したいだけで、本心は別の所にあった。
だから、ただ槍も振り回すんじゃなくて、おさらいとばかりに魔力を紡いで確固とした防壁を作る。
私は確実に成長している。
それ程集中しなかったはずなのに、出来た防壁の精度は前よりも上がっていた。
適当な演舞をこなしながら、もう一度、今度は軽く息を吸い直し、少しだけ隠しながら本心を紡いでいく。
「でも、わかってるんです。道はこれしかないって事は。
やるしかないですし、やります。
その代わり、ちゃんと勝ったら私にも何かご褒美下さいね?」
演舞の〆とばかりに、言葉の最後に合わせて私は一歩を踏み出し、加速しない自分の最大限の速度で槍を突き出した。
その矛先はギルガメッシュ様の首元すれすれまで迫ったものの、彼は全く微動だにしない。
そして、それを払う事なく彼は言った。
「ああ、俺達は勝つさ。勝ったら何でも言う事を聞いてやるよ。
マルドゥクの親父からだけでなく、俺からもな」
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