5-36 結実にかける情と非情

 私は、無傷だった。

 二歩ほどたたらを踏んで歩いたところで、ギルガメッシュ様が言った。


「後ろは、振り向かない方がいいぞ」


 凄く勇気がいる。

 でも、私は振り向かないといけない。何があったのか最後まで見届けないと。


 …………


 言葉は出なかった。

 振り向いた後見えたのは、うつ伏せに倒れ、頭を打ち抜いて水溜まりを作っている最中の田中さんだけだった。

 色は……ちゃんと赤い。


「大丈夫か?」


 隣まで歩いてきた彼が心配してくる。

 大丈夫だけれど、大丈夫ではない。私ではなくて、田中さんが。


「どうして……なんですか?」


「見たままだよ。馬鹿だよなぁ。本当に馬鹿だ。

 俺の大切な駒で、俺とそっくりで、目的をしっかりと見据えてそれを果たす奴だった」


 寂しそうに言うその言葉は、過去形でしめられた。


「自殺したのも、目的通りだったんですか?」


「ああ、本人が言ったろう? 俺の両腕を取れば家族を復活させてくれる約束したってな。

 爺と、ハタナカ。ちょうど二人だ。

 クソったれが」


 私を通り過ぎて、倒れ伏せる田中さんの元まで歩み寄ったギルガメッシュ様はその様子を見て頭を振った。


「ああ、やっぱりなぁ。魔力感知式信管なんて脅しておいて、肝心の爆弾は偽物じゃないか」


 ……つまり、田中さんは、最初からこうなる事を望んでいたと言う事なのか。


 私が見ている前でギルガメッシュ様は錫杖を二回地面に叩きつけ、何かの魔法を行った。

 血が消え去り、田中さんの傷は綺麗になっていく。


 でも、それだけだった。彼は死んでいた。


「死に化粧なんて綺麗なものは無いけれどな、そのぐらいはしてやらんと。せめてもの弔いだ」


 彼はそのまま身を屈め、うつ伏せになっている田中さんを仰向けにして、腕を組ませる。


「折角なぁ……

 時間を掛けて俺は二人を手駒と言えるぐらいまで育てたんだ。

 それをこんな一手でひっくり返されたら立つ瀬が無いよなぁ」


 亡骸にかけるその声は痛切な響きを携える。


「ハタナカは本当に良く出来た奴だったよ。だからこそ、俺の裏さえここまでかけたんだ。

 そうでなければ、ティアマトのクソの思い通りになんてさせるものかよ」

「……知らなかったんですね」

「色々調べているのは知っていた。

 だが、あそこまで理解しているとは思わなかった。

 忌々しいが、言っていた事はほとんど正解だよ」


 私達は静かに俯く。


 失意に沈む彼と対照的に、私の中では色々な情報が飛び交っていた。


 ほとんど正解!?

 ティアマトの復活ってホントにあったの!?

 しかも負けたって本当!?


 イナンナ様すら無言の状況を私は下を向き通す事で平静を装う。

 叫びたかった、吐き出したいけれど、全てが本当だと言うのならば飲み込まなくてはならない。


 こんな、ありえない話、全て。


「ああ、そうだ」


 顔を上げたギルガメッシュ様が言った。


「そうって、何がですか!」


 それに反応した声が荒ぐのを私は止められない。

 

「何って、ああ、奈苗ちゃん。お前にではないよ」


 そう私に言った彼は、電灯の無い完全な暗がりを向いてから一言告げた。


「そろそろ出て来ていいぞ」


 出てくる?


 釣られて私はそちらを見た。

 何もない。魔力すら何も感じない。


”出て来るわ”


 イナンナ様が静かに言った。

 次の瞬間、そこには二人の人間・・・・・がいた。


(そんな!)


 瞬きをした。そんなぐらいの時間で、何もなかったはずの場所に人が二人立っていた。

 いや、そもそもこんな戦いがあった場所に人が居るなんておかしい。居たのなら気付いているか、とっくに巻き込まれているはずなのに……


 はずなのに、じゃあどうしてか。

 答えは、すでに私の中に持っていた。


”ティアマトが再生させた。

 かの邪悪なお母様は、十分な力を既に蓄えているわね”


 イナンナ様が言う言葉を私は既に理解している。

 つまりあの二人は、彼女たちは、田中さんの願いが生んだ……


「ああ、警戒しても無駄だ。

 亡骸ぐらい合わせてやるから、こっちに来い」


 ギルガメッシュ様はそう言って二人を手招きする。

 言う必要もなく、その二人は田中さんの奥さんと娘さんだった。


 近づくにつれ、暗がりでも顔が見えるようになる。写真で見たのと同じ顔だった。

 ちゃんと年を取ったのか奥さんの方には少し小じわが見え、娘さんの方も成長して私と同じぐらいの背丈だった。


”ナナエ、目を背けないで。あの二人はティアマトのしもべよ”


 イナンナ様の忠告が聞こえたけれど、私にはその娘さんの顔をしっかりと見ることが出来なかった。

 いや、本当の所、一度だけ見て、それ以上見ることが出来なくなっていた。


”ええ、貴方によく似ているわ。でも、ナナエではない。

 私ではないのよ。しっかりして”


 そう、私によく似ていたから。

 田中さんの言葉を思い出して心が辛くなる。

 私が娘さんに似ていると思った時に、彼はどんな気持ちで私に接していたのだろうか?

 

 それを聞く機会は、多分、私達が勝てば与えられるのだろう。


 田中さんの亡骸に駆け寄った二人は、その手を取って静かに泣いていた。


 私は二人の気持ちを考える事を止め、その場から離れて地面に転がしていた槍を拾う。


 二人の気持ちは痛いほどわかった。私がそうだから。

 そして、だからこそ、私は考えるのをやめた。意味が無い。この場では。


「奈苗ちゃん、丸腰の相手に殺気なんて出すな。

 それに、15年ぶりの再会だ。少しは斟酌してやれ」


 ギルガメッシュ様はそう言って、二人に近づく私に槍を下ろさせた。

 彼も、イナンナ様も知っている。田中さんの所で泣いている二人はティアマトによって復活を成した事を。

 つまり、既にティアマトによって、事を聞かされていると言う事を。


 だから、私は槍を拾って直ぐに処置しようとしていた。

 人としては非情なのを覚悟の上で。


 まだ殺る気を失わない私に向かって、彼は窘めるように言葉を続ける。


「奈苗ちゃんはまだ人間だ。神へは対峙してもらうが、人として、人を辞めるべきじゃない」

「……勝手ですね」

「ああ、神は勝手だ。人の言う事なんてマトモに聞きやしない」


 窘める言葉に聞こえたそれは、どこかに吐き捨てるような響きをもって私に届く。

 言っているのは霧峰さんなのか、ギルガメッシュ様なのか、どちらが話しているのだろう? と一瞬、私は妙な錯覚を覚える。


「だから、奈苗ちゃんは神になんてなるな」


 ああ。

 と、私は少しだけ理解する。

 人神ギルガメッシュ、人から生まれし神。

 つまりは、この物言いは彼の実体験なのかもしれないと。


 今の私は……どちらなのだろうか?


”人間よ。私が保証するわ”


 ……うん。イナンナ様がそう言うならそれでいいや。


 そして、私はゆっくりと槍を下ろした。

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