5-35 目的と、その代償

「貴方が隠していた事、ティアマトがやりたい事の両方を知ったから、私は自分がやるべき事を見つけたまでの事です」


 田中さんは一体何を知ったと言うのか、話は終わらない。


「もう少しだけ話にお付き合い下さい。

 15年前の事を色々調べた結果、私は一つの可能性を見出しました。15年前の失踪事件の際に龍神ティアマトが復活したのではないかという事です。そして、そこで何かがあったと推測しました。

 調べるきっかけはそうですね。15年前に発生した後天性の魔術師の著しい増加と、その前後の龍神教の台頭でしょうか。

 歴史に隠されてはいますが、調べれば過去にも魔術師の増加のような事が幾度と合ったのです。そして、表向きの理由は様々なれど徹底して真実は隠され続けて来た。

 もう一つの竜が出たと言う噂話と一緒にね」


 奇跡の時代、世界大戦時の魔術師減少の揺り戻しと言われているそれを、田中さんが引き合いに出していた。

 私もその一人だと言うのに、それには違う理由があったと言う事……?


「真実を隠して来たのはベール教です。

 他にも理由はありますが、過去の事例を元に、私は15年前にティアマトが復活したのではないかと仮説を立てました。

 ただ、その時点では失踪事件との関係は不明でした。過去の事例にはそのような事件が一切なかったが故に、関係性も仮説も正しいとは私の中で信じ切ることが出来なかったのです」


 ふぅと、ここまで話をしてからようやく田中さんは息を吐いた。


「今回の作戦の最終段階に入る前に、貴方は、自分が人神ギルガメッシュ様で、ティアマトの復活阻止を目論んでいると仰った。

 その際に、私は15年前のティアマト復活に関しては事実だとほぼ断定しました。

 貴方だけではなく、龍神ティアマトの誘惑も計算に入れての結果です。

 ティアマトの誘惑は明らかに不自然でした。『来るべきに備えて、両腕を取れ』と、まるで貴方の手口を知っているかのような言動でしたからね。

 かの相手は、貴方の事を良くご存じのようでした。それはつまり、一度相対している事に違いないと私は解釈しました」


 田中さんの言葉は、どこまでが真なのか私にはわからなかったけれど、”この人間……本当に人間なの?”と言うイナンナ様の呟きが全てを肯定しているようだった。


「恐らくですが、歴史上何度もティアマトは復活して、その度に討滅されているのでしょう。

 ただし、前回は違った。

 全ては貴方の言動が教えて下さったことです。

 先ほど貴方は、大神マルドゥク様による人間の復活の可能性を言及した。ただし、それは勝利時にのみと明言して。

 逆に言えば、前回は敗北したから私の家族は蘇ることが出来なかったのではないかと私は気付いたのですよ」


 ギルガメッシュ様は否定も肯定もせずに無言を貫いていた。


 流れる無言の時間の間に、私は一つだけ、いや、一つの事だけしか考えられていなかった。


 田中さんの言った事が本当だとすると、私のあの夢は一体……?

 現実にはあり得ない巨竜との戦いと、その結末は敗北。

 あまりにも二つの事は一致し過ぎている。


「それで、お前は心変わりしたということか?」


「はい、いいえ。心変わりなんてしていませんよ。。それ以外は私にとって些細な事です」


 どちらも静かな口調だった。お互いの決別を図るような言葉を交わしているのにも関わらず。


 家族の事を思って、代わりに私の父を殺す。憎みこそすれども、私にそれを非難する資格は無い。

 だけれど、私は聞きたかった。


「じゃあ、どうして、どうしてお父さんを殺したんですか? 今この状況で!

 勝てば生き返してくれるって約束されてるなら、戦う方を選ぶべきじゃないですか!」


 首は極められていて、頭は銃で半ば前方に固定されたまま発せられる私の声は、後ろに立つ本人に向けられてではなくて虚空に響いていく。

 私の声を聞いた彼の顔が、どんな顔をしているかわからなかった。でも、明らかにその声は暗く調子を落としていった。


「ふむ、確かにそうですね。

 ですが、私も人間なんです。

 諫言に揺らいで、家族に対しての未練が浮かんでしまったとでも言いましょうかね。

 勝てるかどうかわからない不確実性よりは、確実な方を選びたくなったのですよ。 

 それと、お嬢様の存在も大きかった」


「私の……?」


「ええ、お嬢様は私の娘が生きていればそっくりだった。そんな気がするんです」


 飲み下したつばは私だけだったのか、田中さんもそのタイミングで喉が動いた気がした。


「それに、あなたは予想以上だった。

 促成計画立案時点での見立てでは、私もあなたが消える方に賭けていましたよ。

 ですが、生き残った以上、貴方は十分な戦力として見ることが出来ます。それこそ、ギルガメッシュ様のを担えるぐらいにね」


「片腕……?」


 このタイミングでの誉め言葉、そして、初めて使った片腕と言う言葉に私は身を固める。


「ええ、そうです。

 話が少しそれましたが、豊蔵様、あなたのお父様を殺した理由ですが、かの方は霧峰様の片腕だったのです。

 ええ、もちろん実際の意味ではなく比喩ですよ。ただ、無くてはならない存在として立ち得ていた。

 だから、私は射殺しました。私の目的の為にね。

 今更言ったところでどうしようもない話ですが、お嬢様にはすまないとは思っています」


 私にはその言葉が本当に罪を感じているように聞こえた。

 だけれど、耳へは半分しか意識を置いておらず、考えるのは次の事だけだった。


”ナナエ、いざと言う時には、生きる事のみでいくわよ”


 イナンナ様へは返事を返すまでもない。

 今の私は無手で、リュックを背負う際に置いた槍は手も足も届かない所に転がっている。これも最初から図られていたに違いない。

 この状態では、私の使える魔法なんて肉体加速と魔力の爆発ぐらいしか手は無かった。

 それでも何とかしてこの場を生き延びる為に私達は考える。


「そして、繰り返しになりますが、霧峰様に新しい戦力が出来た事は非常にうれしく思いますよ」


 田中さんがそう言ったあと、私の頭蓋骨にはしっかりと銃口が押し付けられた。

 決心は既に決めていた。どうなろうとも生き残る、そのために私は機会を伺い続ける。


「なるほどな。そう言う事か」


 押し黙った私の視界の中で、ギルガメッシュ様が言った。

 姿勢こそ崩さぬものの、どうしたことか明らかにその口調は変わっていて、怒りや困惑や否定的な感情が全く消えてしまっている。


「ええ、そういう事です」


 そして、田中さんの言葉からも同じく全ての棘が消えてしまっていた。


 私にはそれが理解できない。だから、ずっと機を狙うしかない。


「それで、お前は何か言ってほしい言葉はあるか?」

「ええ、最後に私がどうだったか、言って頂けると助かります」


 ……二人の会話がおかしい。

 会話よりも挙動の方に集中しないといけないのに、私はどうしてもそちらの方がきになってしまう。


「ああ、お前は十分すぎるぐらいに優秀だったよ。調整調査の能力は元より、お前のその無表情面と演技には色々助けられたさ。

 名実共に俺の右腕として働いてくれた事に、改めて礼を言うよ」


「それはそれは、過分な言葉をありがとうございます」


 これは男同士の儀礼なの? 決闘の前のやり取り?

 困惑する私にイナンナ様は何も答えなかった。


 私の頭上で田中さんが頷いた。霧峰さんも同じくして。

 その後、田中さんが一言だけ私に告げる。


「お嬢様、後をよろしくお願いします」


 唐突に私の首から腕が離れた。


 そのまま前に軽く突き飛ばされた後で、一度だけ私の後ろで銃声がした。


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