5-33 うそ……?
「ハタナカぁぁぁ!!」
ギルガメッシュ様の怒号が響く。
その時点で、田中さんの手による私の目隠しは既に取り払われ、代わりにその腕は私の首にしっかりと巻きついていた。
突然の事で対応できなかった私は、そのまま彼の胸の中に引き寄せられている。
体格差もあって、少しだけ体は持ち上げられてつま先立ちになっていた。田中さんの胸に当たっているはずの後頭部には何かごつごつとした感触が。
さらに、こめかみ近くには突きつけられた妙な熱さを覚える。
「貴様! 何をやったのかわかっているのか!!」
離れたところから叫ぶ声と、
「ええ、私は豊蔵様を射殺しました」
いつも通りで返す田中さんの冷静な声とは対照的だった。
……そして、私の頭がその意味を理解するのは、口から言葉が洩れた後になる。
「うそ……? お父さん……?」
イナンナ様が視界から色を落としてくれたのを、私はどうやったのか強引に戻していた。
魔力のフィルターを掛けたり外したりもしてみたのだけれど、私の目に見えているのは暗がりの中で倒れているお父さんだけ。
よく見たいのに、だんだんと目が潤ってきて視界が悪くなってくる。
ああもう! 滲むな! 私の視界!
普通には見えづらくなってきた私の視界にもう一度フィルターを掛ける。
どうしてだか、魔力の反応がするのは二人だけだった。
ギルガメッシュ様とりるちゃんだけで、お父さんの反応が無い。
(イナンナ様!)
色が抜けて暗がりでもかえって視界が鮮明になるけれど、お父さんは全く動かなかった。
そして、白と黒の中にチョコレートの染みが広がっていく。
それはお父さんの……
いや! それは! ダメ!!
漏れる心の叫びは阿吽の呼吸を引き出し、私達は魔力を使って肉体の限界を突破しようとする。
けれど、その前に私は背中に異質な熱さを感じた。それは一瞬だけれど私に悪寒を覚えさせ、行動の機会を遅らせてしまう。
そのタイミングで田中さんが後ろから言った。
「お嬢様、私は魔力感知式信管を使った爆弾を身に着けています。死にたくないなのなら一切の魔法を使わないで下さい」
ぐっと更に彼に引き寄せられ、男の人の太い腕で首が絞まる。
背中に当たるゴツゴツとした感触の所が爆弾だというのか、熱さはしばらく続いていた。
「ああ、霧峰様も同じです。信管はその距離からでも魔法を使うと即爆発するぐらいの感度にセットしてあります。
その際には私も死ぬことになりますが、お嬢様も道連れにしたくないのであればその場で大人しくしている事をお勧めしますね」
そう言った田中さんは、少し冷めたけれどまだ熱い何かを私のこめかみに押し付ける。
横目で見てもはっきりとは見えないけれど、間違いなくそれはさっきの拳銃に違いない。
「何が目的だ!! ハタナカ!! この期に及んで裏切ったと言うのか!!」
三度目の怒号に、彼は私の首を締め上げる事で返す。
……苦しかった。
苦しかったけれど、それは肉体の痛みではなくて、別の所の方が。
「
淡々と話す田中さんは、先生の時のように狂った感じはしない。
「くっ! 田中さん! 放してください!!」
動きを止めたギルガメッシュ様を余所に、私はこの場から逃れようと暴れた。
魔法が使えないならと手足をバタバタさせてみるも、体格差はどうしょうもなく、腕の力は強くて首のロックは全く外れなかった。
「お嬢様も静かにして下さい。それとも、魔術師殺しに特化した特製の鉛玉の方がいいですか?」
再度ゴリっと突きつけられる拳銃の感覚に、私も動きを止めてしまう。
魔術師殺し……? それでお父さんを撃ったと言うの?
希望と可能性を捨てる事はしたくない、大人しく従いたくなんて無かったけれど、私には今この場で打つ手が見つからなかった。
観念して力を抜くと、心なしか首の拘束が緩くなる。
「ええ、二人とも素直で助かります。念のためですが、小さいお嬢様も動かぬように。いや、動かさぬように、ですかね」
りるちゃんは相変わらず不動直立のまま、こんな状況にもかかわらず虚空を眺めたまま動かない。
「動かさなければいいんだろう?」
怒りを無理やりにでも押し込めたと言わんばかりの声に、田中さんは頷いて返す。
「ええ。それでお願いします。万が一は無いようにお願いしますよ」
お互いに頷いた後で、田中さんは静かに話を始めた。
「まず最初に、この件に関して謝罪は一切致しません。
それに、どこぞの恩方のように力に狂ったわけではありません。全ては私の意思の元、独断でやった事であることはご承知おきを。
その上で、私の目的を話す前に幾つか質問させてください、ギルガメッシュ様」
「何だ! この場で何を聞きたい!」
慇懃無礼と罵声の後に出された質問は、私達の空気を一転させる。
「15年前に、何があったか教えてください」
その質問は、私がイナンナ様に聞いたのと同じ質問だった。
私はハッとなって田中さんの顔を振り向こうとしたのだけれど、押し付けられた銃口によってそれは叶わない。
「15年前? 何の話だ!」
ギルガメッシュ様の返す口調は怒鳴り声のまま全く変わらなかったけれど、その返答自体はきっと田中さんの方の予想の範疇だった。
「それが答えですか? 良いでしょう。
ではもう一つの質問も一緒に聞きましょうか。
15年前、貴方は一度、邪竜ティアマトと戦っている」
静かに語るその内容は、突拍子もないけれども、声は確信にあふれていた。
そして、一呼吸置いて放たれた次の言葉は、この場に致命的な一撃をもたらす。
「そして負けた。違いますか?」
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