5-32 パン、パンパン

(はい! 任せて下さい!)


 私が明るく彼女に伝えたところで、隣からパンパンと二回手を叩く音がした。


「改めておめでとう、奈苗ちゃん。そして、ようこそこちらの世界へ」


 ……言っている事はわかるのだけれど、どうも私とイナンナ様との間に割って入られたようなタイミングで、ちょっとムッと来る。

 そんな事はお構いなしに私に近寄ったギルガメッシュ様は、色気のない魔法瓶に入ったお茶を私のマグに注いだ。


「まぁ、飲んで、手にしたそれも早く食ってしまえ。

 そろそろ時間も押してきているし、食ったら色々、今度は現状の込み入った説明をしてやるよ。

 ああ、それと、飲み終わったらマグ返すついでに、ハタナカから追加の装備品も貰っておいてくれ。それの使い方も一緒に説明するから」


 私とイナンナ様が良い話をしていたつもりなのに、これも相変わらずと言うか、霧峰さんだと信じていたギルガメッシュ様は色気もそっけもない実務的な事で全てを塗りつぶしてしまっていた。


”そういう奴よ。目的には忠実な男だから、わかってあげて”


(……はい)


 イナンナ様は何と言うか、しおらしくなっている。

 きっとそれは、例の件を隠していて負い目があるに違いない、と私は思う。

 具体的に考えるのはなんだか読まれそうで嫌だから考えなかった。


 具体的……と言えば、ふと私は思い出す。

 週末に夢の中で霧峰さんっぽい人にキスしたのって、あれ本当の事だったのかな……?

 霧峰さんって実はギルガメッシュ様だし、私はイナンナ様だし……


 なんかものすごく嫌な気分になって、ここで考えるのを止めた。絶対これは余計な事だって思って、私は頭を振る。

 うん、この件は忘れよう。


 忘れるために急いでクッキーバーとお茶を胃に収め、ふぅ、と一息ついて気持ちを切り替える。


 休憩はもう終わりにしないと。

 ああ、それと、これから起こる事の前に、私は一つ大切な事をしないといけない。


 言える時に、お父さんに私の気持ちをちゃんと言っておかないと。


 チャンスは今しかないと思った私は、ずっとこちらを見続けていたお父さんに顔を合わせる。


「お父さんがやった事は良いか悪いかはわからない。でも、ありがとう。

 お父さんのおかげで私は成長できたと思う」


「……そうか」


 ほとんど言い放つだけに近いその会話は、いつも通りだった。

 こんな状況だし、本当はお父さんの胸に飛び込んだりした方がドラマみたいでいいんだろうと思ったけれど。

 そんなことは全くせずに、私達は真面目な顔をしたままで、いつもの朝に学校を行くときの挨拶のような口調だった。


 「行ってきます」「気をつけてな」みたいな、お互いが何事も感じさせないような普通の口調。

 でも、これが私たち父娘の普通で、普通である事を私達は噛み締めていた。


 そんな中に、空気を読まずに一人割って入る不届き者が居る。


「ああ、ちなみにだけどな。爺は毎日毎日奈苗ちゃんの事を気にしていたんだぞ?

 爺が死んだことにした後、爺は奈苗ちゃんにバレないように他のビルで寝泊まりして仕事をしてもらっていたんだ。

 その間中、本当に毎日毎日、奈苗は無事か? とか、奈苗の様子はどうだ? って電話越しでずっとそればっかり聞いてきたしな。

 それと、ちゃんと観察していて奈苗ちゃんの命には別条ないってのに、奈苗ちゃんを撃った銃撃犯に全力で魔法ぶっぱなしてたりもしたんだぞ?」


 何が面白いのか、話をしながらくっくっと笑うギルガメッシュ様。


「若!」「ギルガメッシュ様!」


 次の瞬間、珍しく、お父さんと私の反応が重なった。


 と言うか、ほんと余計! そんなの言われなくたってお父さんならそうするってわかるし!


「おお、すまんすまん」


 そう言ってすんなりと彼は引き下がったものの、私はやっぱりギルガメッシュ様の人を食ったような所が好きじゃないんだなってどこかで感じていた。



 それからもう一息ついた後、お父さんと目線で合図してから私は装備品とやらを受け取るために田中さんの所に行った。

 彼はどこかと連絡を終えて、大きなリュックから何かを取り出して体につけている最中だった。


「田中さん、何されているのですか?」

「ああ、いえ。準備ですよ。お嬢様にもいくつかお渡しするものがありますので、ちょっとお待ち願えますか?」


 そう言ってから、さらに彼はリュックから色々と取り出している。


「コートは使われているのですね。役に立つことはありましたか?」


 ちらと横目でこちらを見た彼はそう尋ねた。


「あー、うーん。多分ですかね? 少なくとも暖かかったですよ」

「そうですか。とりあえず、追加の食料と水です。あとは、気付け薬や傷の応急セットなど。小さいリュックも新しく持ってきたのでそちらに詰めておきますね」


 相変わらず最初は食べ物からなんだなと思いながら、私は荷物を詰め替える様を眺める。

 用意が出来たところで立ち上がった彼はいつも通りに指示をした。


「背負うのお手伝い致します。槍は下に置いてもらえますか?」


 言われた通りに私は動く。

 新しいリュックはかなり小型で、動きを制限しない分荷物はあまり入らなさそうだった。

 そして、リュックのベルトを腕に通してもらった後で立て続けに田中さんがいくつか物をくれる。


「それと、このブレスレットとこちらのイヤホンをつけて下さい」


 と、手渡してそのままつけてくれたはいいもの、それらの品物は田中さんが今までつけていたものだった。


「あれ? 田中さんは使わないんですか?」


「ええ、私にはもう不要ですから」


 あくまでも平坦に、いつも通りの口調でそう言った田中さんは腰に手をやって、そこから拳銃を取り出す。

 それはすごく自然な所作だった。


 片手でそれを持ち、滑らかな挙動で半身になって銃を肩の高さに構える。

 私も振り向いて銃口の先に何があるのかと見た。


 お父さんと、続けてギルガメッシュ様がほぼ同時に後ろを振り返る。全員考える事は同じで、銃口の先に何かがあると思ったんだろう。


 次の瞬間、私の目は田中さんの手で隠された。

 そんな事をされても、魔力感知が出来る私の目にはほとんど意味が無い。

 これから起こる、何か凄惨な事から覆い隠したと私はわかったのだけれど、今の私には無意味だった。

 お父さんと霧峰さんとりるちゃん、三人の魔力光ははっきりと感じ取れた。


 次の瞬間、パン、パンパンと乾いた音が鳴り、



 お父さんが、光を失って倒れるのが見えた。

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