5-31 目的、それと、絆
「まぁ、その事なんだがな。そんなに気を負うことは無い。死んだ人間も生き返せる方法があるんだ」
「……どういうことですか?」
突然の言葉に、折角決めたはずの心はグラグラに揺れる。
期待なんてしてはいけないのに心臓が少しだけ早くなる。
ギルガメッシュ様はそれには簡単に答えず、優雅な手つきで魔法瓶からお茶をマグに注いでから私にそれを向けた。
「何、ティアマトの復活を阻止出来れば、マルドゥクのクソ親父が少しぐらいなら生き返らせてくれるさ。
早めの勝利の美酒とでもいうのか、仰々しくそれを掲げた後、ギルガメッシュ様はお茶が熱かったのかチビチビと飲む。
私もつられるままにお茶に口をつける。
話の続きを待ったのだけれど、ギルガメッシュ様はこれで話が終わったとばかりにクッキーバーの方にも手を付けていた。
お父さんは無言のまま、私を見ている。
視線を少しだけ合わせたけれど、私はすぐに手元のマグに目線を下げた。
暗がりでもうっすらと緑がかった煎茶を見て、私は視界に色がある事を感じる。
誰もこの場で話をする人はいなかった。言い換えれば、私の中で整理しろと言わんばかりの静寂が流れている。
そして、私には静寂の中でも話せる相手がいた。
……つまり、そう言う事なのだろう。
言いたいこと全てをひっくるめて一つの質問にしてから、私はそれを彼女に投げつける。
(イナンナ様、さっきの話、本当ですか?)
”ええ、全て本当よ。最初から最後までね。マルドゥクお父様が人を生き返してくれるってのも間違いではないわ”
……私のすがるべき次の目的はこれなのか。そんな思いはあったけれど、振り回されっぱなしの状況で落ち着くに落ち着けない私が居る。
(イナンナ様、ずっと私には黙っていたんですね)
私は下を向いたままそう彼女に話しかけた。
”騙していたわけでは……ないわ”
(黙っていた、んですものね)
彼女の言葉には全くいつものキレが無くて、それはつまり、それだけ後ろめたさを感じていたと暗に私に伝えてくる。
(恨み言なんて全然ないですよ? ただ、ちょっと寂しかっただけで)
”ええ、非難してくれてもいいわよ? それだけの事はナナエにしたのだし、神としてもよい行為ではないわね”
……でも私はそんな事を聞きたいわけじゃなかった。
今となっては私の考え方も既にイナンナ様に毒されていて、言いたくない事とか、言わなくてもいい事があると言う事はちゃんとわかっていた。
だから、聞きたい事をはっきりと彼女に聞く事にする。
(イナンナ様はどうして私を助けてくれたのですか?)
戸惑うような気配が私に伝わる。彼女が戸惑うって事態はそれだけでも少し面白い。
”一番最初は仕方なくよ。降臨したのを公にした時は、ナナエがみっともなかったからね。私が乗り移った後の事も考えてしっかりさせようと思ったのよ、その時はね”
ポツリポツリとだけれど、イナンナ様は続きを話す。
”あとは、成り行きね。計画に賛同したのも、それを行えばナナエがすぐに音を上げると思ったからよ。でも、私の思った以上にナナエはしぶとかった”
「そうだよな。最初に爺が計画を上げた時に、お前は奈苗ちゃんが音を上げる方に賭けていたものな」
最後まで静かにしているのかと思いきや、私たちの会話を聞いていたギルガメッシュ様はそんな茶々を入れる。
”そうよ。少しぐらい助けるつもりはしていたけれど、どうせすぐにヘタれると思っていたわ。よく泣くし、素直に見えてひねっくれっているし、私への敬虔さも少なかったし、器量も胸も小さいし、見どころなんてないと思っていたわ”
イナンナ様、その言葉を聞いている人が私以外にもいるのですが……
”でも、いつの間にか変わっていったわ。私が変わったのか、ナナエが変わったのか。どっちなのかしらね?
私が人間風情にほだされる事なんてありえないと思っているのだけれど、結果としてはそうなった。
そうね、あの時、ナナエが襲撃されて撃たれた時に私はあそこまでする必要は無かったのよ。どうせ待っていれば助けは来るのを知っていたのだから、待っていれば良かったんだわ。
でも、私は出来なかった。私の身を挺してでも助ける事を選んだ”
最後に、彼女は、これじゃ答えになっていないわね。とだけ言って静かになる。
……この戦いが始まる前の一連の問答は、私が私でいるかどうかの最後の質問だったんだろう。
結果として、今の私と、今の彼女がいる。
私にはそれだけで十分だった。
きっと、私にも彼女にもはっきりと理由なんてないんだ。ただ、そうなってしまったって事実があるだけで。
心の片隅でお父さんにも少しだけ感謝をしながら、私はイナンナ様にこう伝えた。
(改めて、ありがとうございます。ちゃんと頑張りますから安心してください。
それと、私は約束を守りますから)
彼女が言いにくそうにしていた事、隠していたことはこれで全て無くなったのだと私は感じていた。
事態は好転どころか最悪の一方に向かっているとも感じていたし、彼女の問題もまだ残ったままだけれど、それでも、私とイナンナ様との間にはしっかりとした信頼と繋がりが出来ている。
”ええ、お願いするわ”
イナンナ様のこの言葉が、それを表していた。
そして、そのお願いと言う言葉で私は一つ思いつく。
(そうだ、イナンナ様。この仕事が終わったら、マルドゥク様に例の件の真相を教えてもらうってのはどうです? このぐらいならきっと叶えてくれるんじゃないですか?)
出来るだけ明るく振舞って伝えたはいいものの、その条件が実の所、途方もない可能性があると薄々だけれど私は感じていた。
邪竜ティアマトの復活阻止なんて、そもそもティアマト自体が神話でしか聞いた事が無い話。
邪竜? そんな生き物あるはずがない。
そう思いはするが、脳裏には私の夢に出て来たそれが浮かぶ。
もしかして、あんなものと本当に戦う事になるの?
いや、復活阻止ならば復活していないんだし、きっと別の事があるに違いないよね?
そもそもあれは私の夢なんだし、あり得るはずがないよね?
気休めの可能性を頭にたくさん浮かべている最中に、ようやくイナンナ様は返事をした。
”ええ、
お互いに最悪を想像していたのだろう、ちょっとだけ陰鬱に聞こえた彼女の返事にも、私は出来るだけ明るくしてこう言った。
(はい! 任せて下さい!)
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