5-29 促成教育計画
「少し時間があるから、茶でも飲んで話をしようか」
その声と口調は、私の知っている霧峰さんと同じだった。
偉い人だと言った割には気軽に話す人で、気軽に話す癖にどこからともなく緊張感を持たせてくれる。そんな彼は、本当は人では無かった。
「ハタナカ、すまんが用意を頼む」
「はい」
田中さんは荷を下ろし、すぐにその中から一本の瓶と幾つかのステンレスのマグカップを取り出して持ってきた。
マグカップを受け取り、魔法瓶に入ったその中身を注いでもらう。
慣れ親しんだ煎茶の匂いが鼻についた瞬間、少し気が緩む。
「お嬢様の家に常備されているお茶を淹れてきました。茶を淹れるのは得意ではないので、味が落ちていましたらご容赦下さい」
この場で味に文句なんて言えるわけは無く、「あ、いえ、大丈夫です」とは答えたものの、そのやり取りだけで、私はこれを淹れた人が本当に田中さん(本名ハタナカさん)なんだと理解していた。
その後、もう慣れたクッキーバーも茶請け替わりにとくれたのだが、槍とお茶で両手が塞がっているので、槍を小脇に抱える事で何とか手を開けてそれを受け取る。
「座るところぐらい見繕いたいところだが、さすがにこの状況だと無理か」
田中さんが全員にお茶と茶菓子を配っている間に、あたりを見回していた霧峰さんがそう言った。
……いや、霧峰さんじゃなくてギルガメッシュ様か。
やっぱりなんだか慣れない。
暖かい煎茶を啜りながら私はここにいる人を見まわした。
私の隣には霧峰さん、りるちゃん、お父さん、そして少し離れて田中さんと、いびつだが円を作って私達は位置している。
お父さんはお茶の誘いを一旦は断り、魔法で腕の治療に専念していた。一瞬こちらを見たけれど、大したことは無いと雰囲気だけで伝えてくる。
霧峰さん、じゃない、ギルガメッシュ様はこんな状況でもお構いなしに受け取ったお茶を飲んでいた。
お茶を配り終わった田中さんは、リュックの中を確認していたり、どこかに連絡しているのかせわしなく仕事をしている。
……気になったのは、りるちゃん。彼女はずっと立ち尽くめたまま、何もしていない。
「ああ。りるの事は気にするな、調整済みだ。時期が来れば役に立ってくれるはずだよ」
ギルガメッシュ様のその言葉は私には理解できなかった。でも、
りるちゃんは虚ろな目をしたままずっと直立していて、生気が無い。魔力感知のフィルターを掛けて見るとその姿は異様だった。
人間や神ではない、全く異質の何かを見ているような……?
私がそれを聞く前に、一足先にお茶を飲み切ったギルガメッシュ様が口を開く。
「さて、少しだけ暖まった所で話をするか。
最初に一つだけ正しておこう。奈苗ちゃんは全て俺の手の内の事だと思っているかもしれんが、実際にはそうではない」
彼の言葉はそこから始まった。
「龍神ティアマトの復活阻止、ないし、龍神教の討滅の為に色々と動いていたのは事実だ。だがな、女神イナンナが降りてくる事態はそもそも俺の想定外だった」
ギルガメッシュ様は神様な筈なのに、どうみてもその話す仕草は霧峰さんの、人間のそれだった。
「具体的に言うならば、囮の家で待ち受ける作戦は予定内だ。あれは結構色々と頑張った作戦だったぞ? だがな、その後は全て即興に近いものだよ」
なぁ? と水を向けられたお父さんもそれに頷く。
「イナンナが降臨した時点ですぐに回収できた所まではいいが、まともに降ろせていないって話で頭を抱えたもんさ。イナンナはイナンナで煮え切らん態度だったしな」
今度は私の方を向いたけれど、今の所、終始彼女は無言を貫いていた。
「神である以上、本来はイナンナが降りて来たのならば俺と一緒に仕事をするはずだったんだ。
だが、すぐには出来ないと言う事が判明したわけだ。奈苗ちゃんはイナンナが降りたところでただの人間だったわけだし、イナンナはどうもその場では協力的でなかったからな。
そこで急遽考えたのが、
私の……? 首を傾げたけれど、話はまだ続く。
「元々の計画にあった龍神教への攻勢計画に追加する形で、強引に促成計画をぶち込んだのよ。
本当はこっちも龍神教の手の内を粗方知ってたんでな。その中からちょうどいい標的の見繕いをしたり、誘い出しとセッティングを行って促成計画に組み込んだわけだ。
結構な金と人員が掛かったんだぞ? 叩けるところは金で叩いたりもしたし、眠らせておいた協力者もそれなりな数を潰しちまったしな。
本来の予定の中にそれを無理やり組み込んだもんだから、コスト的にもかなり超過したし、寝ずで調整に駆け回った原因にもなったわけだ」
そこで彼は一旦言葉を区切って私に反応を促した。
言われても私には理解が及ばなかったから、とりあえずわからない所を一つ尋ねる。
「そくせい教育ってなんですか?」
”短期間での詰込み教育って事よ”
聞いた相手は違ったのだけれど、ようやくここでイナンナ様が口を出し私の質問に答えた。
「おう、だんまりの女神様がようやく喋ったか」
そう答えたのはギルガメッシュ様で、お父さんは首を振った。多分、イナンナ様の声が聞こえているのはギルガメッシュ様のみなのだろう。
「そう、まぁ、学生の一夜漬けみたいなもんだ。ただし、対ティアマトってやつだがな。
そして、これを提案したのが爺、お前の父親だよ」
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