5-28 二人目の真実

「今まで騙してすまなかったな、奈苗」


 そう言ったお父さんの首元に、私は槍を突き付けた。


「お父さんは死んだんです。ここにいるはずがありません!」


 横から割り込んだ人が槍に手を掛け、それを易々と降ろす。

 本当は、槍を持つ手には力なんて全然入っていなくて抵抗する事は出来なかった。


「本人だよ。ハタナカもりるも来ているぞ。混乱しているのはわかるが、少し落ち着け」


 同じくしてフードを脱いだ錫杖持ちの人は霧峰さんだった。

 目に映る光景が現実に思えるのに、私の中でそれはありえないと否定をし続ける。


「どうして……!」


 私を騙していたんですか、とまでは口に出なかった。

 全てを口に出してしまえば、今見えている状況が真実だと認めてしまう事になるから。


「必要だからだよ」


 私の言いたい事を読んで答えた霧峰さんは別の方向を向き、手招きする。その先の暗がりから出て来たのは、物々しいコートを羽織り大きなリュックを背負った田中さんと、一緒に手を引かれて来るりるちゃんだった。


(イナンナ様! 加速させて下さい)


”……”


 兎にも角にも、私は一旦この場を少しでも離れて仕切り直しを図りたかった。

 お父さんがそこに居る嬉しさよりも、警戒心の方が勝ってしまっている。

 それに、状況的に言わずもがなだけれども、私の勘がこの場には異様な事態が起きていると警鐘を鳴らし続けていた。


(イナンナ様!!)


 ……反応しない? どうして……?


 もしかして、私への隠し事って……?


 頼りにならないのならばとすぐに切り替えた私は、早く過ぎる時間の中で可能な限り思案を巡らし、真実と言う名前のパズルのピースを探す。


「どうせ混乱しているなら、早いうちに自己紹介ぐらいしておくか。その方がかえって落ち着くだろう」


 グルグルと回る思考の中、霧峰さんがそう言って私の注目をさらった。


 自己紹介……?


 さらに放り投げられるピースを私はしっかりとキャッチ出来ないまま、彼は言い放つ。



「我の名はギルガメッシュ。人より生まれて神になりし者。

 この体はそれの降臨体にして、ベール教次期教皇継承位14番目に位置する霧峰きりみね 一臣かずおみである。

 此度は我らが大母であり永久の敵である邪竜ティアマトの復活阻止の為に顕現した」



 私は、固まった。

 そのまま、見開いた眼を瞬きさせること数回。


「まぁ、そういうことだ」


 最後の一言だけはいつもの霧峰さんの言葉だった。


 人神ギルガメッシュ様の降臨。これだけならばまだ受け入れられた。イナンナ様に見せられた光景が本物だとしたら、その可能性はあるだろうとは思えたから。

 でも、それが霧峰さんで、しかも……目的が、邪竜ティアマトの復活阻止……?


 私は瞬時に脳内で情報と言う名前のピースを並べる。


 ベール教と人間と神の敵を霧峰さんは追っている。

 人の願いを叶える龍神教。

 実存する神々の世界とそこで交わされた会話。

 降臨している二人の神。

 最後に、邪竜ティアマトの復活阻止。


 こんなピースが本当に組み合わさるの……?

 ありえない。と、以前なら、ううん、一週間前だったとしても私は断言していただろう。


 でも、私はそれを飲み込もうとしていた。いや、今となっては飲み込める下地が出来てしまっていた。


 本当ですか? と聞くことはしなかった。でも、私はかわりに一つの疑問を彼に投げかける。


いつからですか?・・・・・・・・


 ギルガメッシュ様……なのか霧峰さんなのか、彼は少し考えた後、すぐに私の意図を理解して答えを言った。


「ああ、そうきたか。最初からだよ」

「最初って、いつですか?」

「最初は最初だ。言い換えようか、。これでいいか?」


 質問をした時点で予期はしていたけれど、愕然とした気持ちを隠す事は出来なかった。


 《神降ろし》。それは神様を人間の肉体に降臨させる儀式。でも、その時に神は依り代の存在、魂とも言える中身を食べ、その力を全て平らげた上で成り代わってしまう。


 つまり、私が霧峰さんだと思っていた人は最初からギルガメッシュ様で、そもそも霧峰さんと言う人の中身は存在していなくて、私はその人の手の上で踊っていたと。


 こんな意味のわからない状況を理解しろという方が普通はおかしいと思う。でも、私は自分がパニックから抜けて冷静になっている事を自覚する。

 私は、一言二言の会話だけでこの状況を飲み込めてしまっていた。


「説明してください。最初から。そして、私の中にいるイナンナ様も」


 あえて口に出して全員に聞こえるように公言する。

 私の中にイナンナ様がいる事を隠す必要は、この場では全くないだろう。


 彼女に何かやましい事があったとは思えない。現に今も無言だけれど私に対しての罪悪感と悔悟の気持ちが伝って来ていた。


 まず真実を知らないといけない。

 私の為にも、彼女の為にも。

 目下、お父さんが生きている以上、私の一番の目的は消えてしまったのだけれど、それでも、今この状況を降りる事は出来ない。私はそう感じていた。


「もちろん、そうするさ」


 当然とばかりに頷いたギルガメッシュ様は、おもむろに腕時計を確認して十時半かと一言呟く。


「少し時間があるから、茶でも飲んで話をしようか」


 その声と口調は、私の知っている霧峰さんと同じだった。


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