5-27 信じられない現実

 この期に及んで私は信じられないものを目にする。

 

 私の後ろから飛来した銃弾が先生の腕に当たった。


 どうして? を考える前に、状況は一転する。


 銃弾は多少傷をつけたに過ぎなかったのだけれど、腕の速度は確実に鈍る。

 それと同時に、私を守るように展開される半球状の防壁……というか、結界。

 三方から襲い掛かる腕は結界に当たって私まで通らなかった。


 そして、極めつけは、そんな私の横を走り過ぎる人の影だった。


 思考加速がされているはずなのに、その速度は走り去る車のような速さだった。

 目にも止まらないと言うべき速度でそれは走り寄り、先生の腕を解体していった。


 何を手にしているのかはわからない。

 でも、魔力の軌跡だけを視界に残して手に持った何かを振り回していく。

 白く伸びた腕の数本は防ぐことさえ叶わずにあっさりと切断されていった。


 その後、一旦は回避に専念したのか先生は攻撃を避けていたが、それも拮抗には至らない。


 再度、私の後ろから放たれた銃弾が先生を狙っていく。銃弾の方の直接的なダメージはほとんど皆無だった。

 けれども、的確に放たれた一発一発は先生の手を確実に遅らせる。銃弾に当たっても、それを避けても、その動きが一手ずつ行動を制限していく。

 銃弾が隙を作り、懐に入った人がしっかりとそのチャンスを摘み取る。そうして、一本、また一本と先生の腕を解体していった。


 それは、私にとって悪夢のような解体ショーだった。


 トラウマだった状況がいとも簡単に解体されていく。

 解体されるそれは、私の大切な、大好きな先生なのに。

 恐怖の対象と好意の対象の両方が同時にバラバラにされていく姿を、私はただ見続けるしかなかった。


 次々と切られる腕は地面に落ちるや否や塵へと変わっていく。何本切ったのかわからないけれど、際限なく生え続けていた先生の腕も次第に本数が減り、形勢は次第に一方に固まっていった。


 そしてまた、新たな銃弾が先生を襲う。


 胸に直撃しそうな軌道を取るそれを、先生は数えられるほどに少なくなった手で防いだ。


 次の瞬間。



 私と先生の間に人影が割り込み、私の目には首の高さを走る綺麗な横薙ぎの光が見えたのだった。



 目は釘付けになって離す事が出来なかった。様々な気持ちが心の中で混ざり合って出てきそうになっていたけれど、胃の底からはもう何も出てこない。


 先生を斬った人がゆっくりとこちらを振り向く。

 足元には丸い何かと人が倒れていて、あれだけたくさん感じた魔力はもう無くなっていた。


 同時に、勝者となったその人が莫大な魔力を持っていると今更ながらに気づかされる。


 ……先生を殺した以上、私の敵ではない可能性は高いと思ったのだけれど、ようやく立ち上がった私はその人に向かって槍を構えていた。

 着ているものは、きっと冬用の厚手の白い法衣。ずっと色が消えている私の視界では、目深にかぶったフードの中まではわからない。

 手には禍々しいぐらいの魔力を保持した錫杖を持っていた。それで先生を切り裂いたのは間違いないだろう。


 一瞬だけ、今私が手に持っているものの存在を意識する。

 おそらくは、同じ材質で出来ている錫杖を、その人は持っている。


 目の前から気を逸らしたのはその一瞬だけだった。

 後は何が起こっても対処できるように、全身に気力を込めて、槍を持つ手にも力を入れる。

 回復のし過ぎでどのくらい寿命が縮んだのかはわからないけれど、少なくとも今はもう体は動けるようになっていた。


 ゆっくりと手にした錫杖を地面に突きながら私の方に歩み寄ってくるその姿は、一端の神官じみている。いや、もしかして、本当にベール教の人……?


 余計な逡巡なのか必要な事なのかわからず、迷いの兆しが見えた私に後ろで人の動く気配を感じた。

 次の瞬間、近づいた気配から掛けられたのは存外の言葉。



「奈苗、よく頑張ったな」



 私は自然に首が後ろを振り向くことを止められなかった。

 この声を聞いて、止められる筈がない。

 17年間、毎日聞いていたその声を聞いて。


「お父さん……?」


 私の口から洩れた言葉を認識した瞬間、私は体をひねりながら全身の力を以て槍を薙ぐ。

 気配からすると距離は至近。薙げばきっと届く距離のはず。


 懐かしさと情愛と色々な気持ちが一瞬でも起きたのは否定しない。

 でも、私はちゃんとわかっている。お父さんは既に死んだのだ。

 つまり、これは私へのかく乱に違いなかった。


 声の相手を明確な敵と認識した私の一撃は、結局のところ止められた。


 振り向きざまの攻撃で距離感が怪しかったのと、不意を打ったにも関わらず相手が一歩前に出ていたことが影響して、穂先ではなくて柄の方が相手に当たっていた。

 挙動を見抜かれていたらしく、しっかりと横薙ぎを防いだ相手の腕からは防壁だった魔力光が粉々に散って闇に消える。


 薙刀仕込みの体捌きには自信を持っていただけに、いくら柄だからって加速した私の一撃を易々と受け止めるなんてにわかには信じられなかった。

 だからと言って、愕然とする姿を少しでも見せるわけにはいかない。

 槍の柄を相手の腕に当てている。そんな超の付く至近距離で対峙しながら、私は相手を観察する。


 その人も、同じような法衣を着込んでいた。同じく目深に被ったフードの中には、懐かしい気配がして私はこの場から逃げたくなる。



「危ないな! 危うく父親を殺すところだったぞ」



 後ろから、先生を殺した人が発した声も私が知る声だった。


「いえ、このぐらいの傷ならば私は何ともありません。娘の平手打ちだと思って甘受します」


 平常心を保たないといけないのに、間近から返されるその声を聞くと私の視界がぼやけていく。

 現実なわけがない。

 こんな事、現実なわけがない。


 胃の中は綺麗に出し尽くしたくせに、今度は目からなの?

 眼前に映る、槍を受け止めた腕はゆっくりと下におろされる。


 私の頬を伝う滴りと、その腕から滴る血の滴りはよく似ていた。



「今まで騙してすまなかったな、奈苗」



 反対の腕でゆっくりとフードを脱いだ中から現れたのは、死んだはずのお父さんの顔だった。

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