5-22 先生との再会

「……稲月か? 無事だったのか……?」


 どんなタイミングだというのか、このタイミングで電気が復旧したらしく、駐車場にある電灯に一斉に低いうなり音と共に明かりが灯る。

 近くの自動販売機もそれと共に明かりが入っていく。


 明かりに照らされた先生は着ていたコートがボロボロになっていた。そして、それよりもすぐに目に入ったのが、コートの右腕が半ばから千切れて無くなっている事だった。


「……先生、腕は……?」


 距離がまだ遠くて、呟いたぐらいの音量しか出なかった私の声は届かないかと思ったのだけれど、先生は視線でそれに気づく。

 破れたコートの右袖を左手で抑えながら、小走りで走り寄ってきた先生は酷く焦燥した表情を浮かべていた。


「稲月は今までどうしていたんだ!? 見た目は無事そうだが襲われたりしなかったのか!? ああ、持ってるそれは何か護身用か何かか!?」


 そんな先生は矢継ぎ早に私に質問を投げる。慌てふためく様は、まるで何かに追われていたかのように。


「私は大丈夫です。多少危ない目には会いましたが、何とかやり過ごして今はここで休んでいました」


「そうか。無事って事はイナンナ様のご加護でもあったのか?」


 先生と私の気持ちの持ちようはいつもと正反対だった。心を決めている分、私の方がしっかりしていて、先生は随分と落ち着きが無い。


「先生、少し落ち着いてください。しばらくの間はここは安全ですから」


 何があったのか、生気を失いかけている先生の目を見て私はしっかりとそう言った。


”しばらく、ね。まぁ、10分ぐらいは猶予はあるわね”


(それなら嘘をついたわけでは無いので大丈夫ですね) 


 イナンナ様見立てよりもう少し私は短いんじゃないかなって思っている。どうせやる事は変わらないから、いいのだけれど。


 私は一旦槍を地面に置いてから先生に近寄る。

 先生の背筋は伸びていなかったけれど、それでも私より高い両の肩に手を置いて、しっかり目線を合わせた。


「落ち着いてください、先生。何があったのか教えてください」


 先生の吐息はヤニ臭かったけれど、視線が交わって少しした後、先生の目に光が戻っていく。


「ああ。ああ、稲月、本当に大丈夫なんだな?」

「ええ、何があっても私が守ります」


 私は先生から離れて槍を拾い直した。

 戦闘する時には意識していなかったけれど、何気に重く感じる。

 それでも、拾い上げたそれを両手で持ち、厄を切るように振り回して見せていく。

 一通り回した後で石突を地面に突き立てて私は再度聞いた。 


「先生、何があったのですか?」


 変わってしまった私の様子に驚いたのか、それとも安心したのか、瞬きを数回やって目を擦った後で、ようやく先生はボツボツと事態を口にし始める。


「……ロボットが居たんだ。

 俺と夜野は教頭先生たちを迎えに放課後に龍神教の施設に行ったんだ。そうしたら、ロボットが居た。

 それは問答無用で教頭先生を後ろから撃った」


 先生は震えていた。


「その後俺は無我夢中で逃げたよ。いや、夜野だけは守ろうとした、守れる距離にいたからな。義手はその時に失ったが、とりあえずその場は逃げることが出来たんだ。

 夜野は守れた。だけれど他の生徒と教頭が……」


 嗚咽を漏らして口を押さえている先生を、私は冷静に見れていた。


「夜野さんはどうしたんですか?」

「ああ、逃げた後、追手が来ていたから二手に分かれたんだ。夜野には人の多い大通りを使って駅前に逃げて貰ったから多分無事だ。俺は囮を買って出たはいいが……この様だ」


 見せつけるそのコートには、私にはちょっと見慣れてしまった穴がいくつか開いている。


「自己治癒のおかげで致命傷こそ無かったが、もう体力も魔力もカラカラさ。少しでも休もうと思って潜んでいたんだがそれも見つかっちまってな。ようやく撒いたと思ってきたところが此処なんだ……」


 無意識なのか、先生は懐から煙草を取り出して口に咥え、火をつけようとしていた。


「先生」


 一瞬だけ止まる腕。


「すまん、一本だけ吸わせてくれ」


 ……それは先生にとっての精神安定剤なのだろう。

 黙認した私は別の事を質問する。


「夜野さんは無事なんですね?」


 一息で深く紫煙を吸い込んだ後、顕在している左手で煙草を取ってから先生は言った。


「ああ、俺が狙われるって事は向こうには行っていない証拠だ」


 うん。私にとっての精神安定剤はこの一言だった。


 夜野さんはきっと無事で、先生さえ守れば最低限私の身近な人は守れる。

 本当に最低限で守れなかった物もあるけれど、それでも、恩のある先生と、大事な友人が守れるならそれでいい。


「先生は、ゆっくりタバコ吸って休んでいてください」


 そう言って私は先生の横を過ぎ、その背に立った。

 もうガシャガシャするその足音は身近迄やってきている。


「稲月……お前……」


 背中から掛かるその声はもう私には届かない。

 槍を二回回してから左横構えに移り、私は目前に迫るそれを待ち受ける。


 電灯の下にそれが浮かんだ瞬間、ドドドドドっと死を振り撒く爆音が山に響いた。

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