5-21 踏み出す一歩
(私、自分で起きたのではなくて、起こされたんですね?)
すぐに思いついた言葉はそれだった。
”いえ、ナナエが自分で起きただけよ。私が起こしたとしたらそれを食べる時間は無かったわね”
私はそれを聞いた後、軋む体に鞭を打って立ち上がった。
ようやく私はおあつらえ向きにクレーターになったくぼみの真ん中で寝ていたことを悟る。
地面には例の防弾仕様とやらのコート。枕の代わりだったリュックと、体のわきに沿うように槍が転がされている。
コートを羽織りながら私は思う。こんな真冬なのに、よく風邪ひかないで寝ていたなって。
”最低限の事はしたわ。肉体の方は後回しにしたのは否定しないけれど、魔力だけはある程度回復しているはずよ”
そう言われても、実感はなかった。元々魔力はどんなに使っても枯渇したことが無い……と言うか、枯渇する状況にあったことが無かったし。急に抜ける感覚はわかっても、足りなくなる感覚までは覚えたことがないから。
濡れたリュックを背負い、槍を拾い上げたところで私は気づく。
槍の石突にあった球体は消えていた。
”壊したわ。逃げる時に一気に魔力をつぎ込んで爆発させたの。槍本体と同じ素材であれば壊れないはずなんだけれど、どうも石突だけは後付けで元々のデザインになかったものだったみたいね”
私は無言で軽く槍を回す。
最初は穂先とのバランスの為にあるものだと思っていたのだけれど、無くてもそれは十分に良いバランスをしていた。むしろ、穂先に重みがある分、槍としてはこの方が使いやすいまである。
《湧き出して》
軽くだけ熾した魔力を槍に溜め、私は何気ない所作で槍の穂先から魔力を紡ぎだす。
蜘蛛が糸を出すように、細く、でもしっかりとした強度で。
どこか遠くから響くようなかすかな痛みを覚えながら、私は槍を回し、薙刀で覚えている幾つかの型をこなす。
回転して受ける動作の入った型を繋げて即席の演舞をこなしながら、私は紡いだ魔力で円を複数作る。
出来た円に対して、卵焼きを作る時にフライパンに卵液を流し込むように少しだけ魔力を注いで板にする。
数時間前に無我夢中でやっていた事を、私は意識的に行っていた。
”滑らかね。無駄が無いとは言わないけれど、綺麗だわ”
(ありがとうございます)
力を抜くと、出来上がった数枚の魔力の防壁が一瞬にして霧散する。
出来ると言う自信があったわけではない。最初の時は明らかに石突にあった魔法陣かなにかの技術でサポートされていたと思っていた。
でも、今となっては私はそれが出来ると言う確信があった。そして、それは事実として防壁の作製に成功する。
不可視の薄い防壁を作るだけの魔法なのだけれど、これは私が一人で出来た初めての魔法だった。
”私は何もしていないわ。よくやったわね、ナナエ”
(ありがとうございます)
二度目のありがとうございますであっても、あまりうれしい気にはならない。
こんな防壁を作ることが出来たって、一人では戦えないのだから。
”……戦力として成り立つのは良い事よ。
さて、ナナエはこれからどうする?”
魔力感知の視界に切り替え、再度私は下界をよく見た。
明かりのない夜の光景はやっぱりほとんど何も見えなかったけれど、魔力が見える視界には、ああ、と納得させられるものが二つ。
(一つは人間、もう一つは同じロボットですかね?)
”ええ、おそらくは。歩行機械の方は突如現れたわ。動き的に人間の方が追われているのは間違いないみたいね。
正直放っておこうかと思ったんだけれど、どうもこっちに来そうなのよね。
選択肢は二つ。籠ってやり過ごすか、迎え撃つかね。迎え撃つならばあの追われているのは囮に使った方が賢いやり方とは言っておくわ”
私はすぅーと大きく息を吸う。
さっきの痛みはどこへやら、二月の夜の冷たい空気が肺に入ってきても体は文句ひとつ言わなかった。
むしろ、冷たさが心地よさを覚えるぐらいで。
息を深く吐く。
もう一度息を吸ったところで、私は心を決めた。
(喉が渇いたので、ちょっと山のふもとの自動販売機に買いに行ってきますね)
”そう、いいのね?”
(ええ、いいです)
そこで運悪く追われている人に遭遇するかもしれない。その後また死と隣り合わせの戦いをするかもしれないけれど、そんな事を気にしないで、私は自分のエゴの為に動くことにした。
”一応言うわ。もし危険がある場合、瞬時に全身を治療して万全の状態にするわ。勝利するためには先の寿命なんて気にしない方針で行くから、それいい?”
(はい)
下り坂を歩きながら私達は会話を続ける。
(ところで、ここってイナンナ様が最初に私に入った所でもあるんですよね?)
”そうね”
(その時ってどうでした?)
”……ナナエは笑い話が聞きたいの?”
(笑い話なんですか?)
”……ええ、そうよ。すごく焦ったわ。折角用意してもらった体が死にかけるだなんて初めてですもの。私が慌てるなんて笑い話の何物でもないわよ”
(私にとってはそれ死活問題なんですけどね……?)
”活の方に転んで良かったじゃない”
(相変わらずイナンナ様は酷いですね)
内容は酷いけれど、それはすごく親しい二人が話すような口調だった。
そして、それを感じた私は、少しだけ踏み込む。
(ところで、イナンナ様は私に入った後、どうやって家まで来たんですか?)
”それは歩いてよ? コントロールするのは大変だったわ”
(イナンナ様って実は歩くの好きですよね?)
”……あなたが飛ぶことが出来れば歩いていなかったわよ?”
(例え飛べたとしてもあんな運転は嫌ですけどね)
”あれはあれで楽しかったでしょ?”
(もう遠慮したいです……)
……私はイナンナ様を信じている。
だから、その答えにも理由があるのだと、きっと私の為の理由があるのだと信じている。
でも、私は彼女が私に嘘をついて心を痛めているのを感じていた。
その後も会話はまばらだけれど続いた。
大体が酷いですね、って言いたくなる事ばっかりで、でも話をしないとダメな気がして。
短い会話の時間は過ぎ、山のふもとの駐車場まで来たのだけれど、時は既に遅かった。予測していた通りと言うか、私に自動販売機で暖かい飲み物を買う時間は与えられなかった。
「……稲月か? 無事だったのか……?」
暗がりから現れた人は、学級担任の水代先生だった。
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