5-18 初めての実戦
”軽そうに持っているけれど、重機関銃よ。掠っただけでも致命傷になる可能性があるから気を付けて”
(この状態で気をつけるも何もないですよね)
思考が加速された世界で、私達はのんきとも言える会話を交わす。
既に銃口から三発、もう三発と計六発の弾が発射されて、私の方に向かっていた。
黒い墨の粒に見えるそれは、この世界でも十分な速さをもって私に迫る。
この距離なら瞬き一瞬で私に降り注ぐであろうそれは、前もって私達が設置しておいた魔力の防壁に軌道を逸らされ、あらぬ方向へと流れていった。
”さ、この先は実地訓練でもしていきましょうか”
一歩間違えれば死ぬ状況だと言うのに、イナンナ様は事も無げにそう私に伝える。
”後遺症が出ない程度に体の方も加速させるわよ。数分で終われば、後でひどい全身筋肉痛に見舞われるぐらいで済むはずよ”
(そのぐらいなら安い代償です)
返答をした後、加速されてはいるものの、感覚的にはのろのろとした動作で私はまた槍を回転させていく。
まるでそれはゆったりとした演舞のように。
切っ先よりも石突の方に私は意識を向けて、極力左右に動きながら槍を回していく。
石突が描いた円は魔力の防壁となり、叩きつける機関銃の弾を逸らしていった。
”訓練その一。防壁は攻撃に対して極力角度をつけなさい。
魔力で防壁を作る時は使った魔力量によって強度は自由に変えられるわ。厚く作ったり、全周に防壁を作って受け止める事は可能だけれど、それだと魔力の無駄が多いの。
受け止めずに角度をつける事で、外に逸らす事を意識しなさい。そうすれば薄く作って極力魔力を使わずに対応できるわ”
話をしている間に、最初に準備運動に見せかけて配置しておいた防壁は銃弾によって割られていた。
それでも、続けざまに作り出した防壁が射線に浅く入る事で粗方の弾丸を逸らしていく。
浅く斜めに配置される防壁は、そのサイズに比べて防げる面積は小さくなるのだけれど、確かに費用対効果の面では最適だった。ほとんど魔力を使っていないそれであっても、イナンナ様が的確に配置するおかげで次の防壁を作り出すための時間を十分に稼いでくれていた。
感心するのも束の間、次の言葉が私にかけられる。
”訓練その二。見極めが大切よ。
常に相手を意識して、当たらないように動きなさい。当たりそうなものだけを弾くようにすれば、無駄は減るわ”
言い終わるや否や、飛来する銃弾が出来たばかりの防壁を配置前に割ってしまう。
まともに行けば胸に大穴が開きそうな直撃コースのそれを、私は無理やり体を逸らして倒れそうになりながらやり過ごす。
”失点一ね。ここの体勢からだと三手先の防壁が間に合わないわ”
冷静に判断する彼女の忠言に私は反論する。
(いえ、まだ手は動きます)
強引な手なのはわかっていた。違和感というか、何かが切れるような感覚を覚えつつ、槍を持つ左手に力を込めて、私は重量のあるそれを片手で回した。
リンボーダンスでもするような体勢からぶん回した槍はちょうどいい角度の防壁を作り出し、姿勢が回復するまでの時間を十分に稼いでくれる。
(この一枚で二手分は稼げましたよ)
失点は挽回したと思ったのだけれど、彼女の反応は冷たい。
”どちらにしろ失点よ。治療しないとまともに動かせないわその左腕”
じわりと温水が染みゆく感覚が左腕に走る。
左腕だけではなく、両足にも同じ感覚。これは両方とも無理をした証拠に他ならない。
(すみません)
素直に謝るしかなかった。
”……謝る必要はないわ。あなたの人生を削っているのだし”
それから数手、時間にして30秒もあるかないかのうちに豪雨のような弾丸は全て逸らされて一旦の終息を迎える。
”思ったより早い
(わかりました!)
両足に力を込める。
霧峰さんにこのロボットの兵器の話をされた日の夜に、私はイナンナ様と話をしていた。
もしもがあったら、どうするかって事を。
その場では無理ねって話になったのだけれど、お互いに確認できたのは、至近距離から強力な一撃で倒すってのが一番有効だって話をしていた。
その時には、私が有効な手を持っていなかった。
でも、今は違う。
イナンナ様がいるし、この槍もある。私が命を賭ければ届きうるのだ。
”一気に飛び込ませるから貫くのよ!”
眼前の敵に集中し、結果として、彼女の声は後ろに消え去る。
白黒の枠の世界に、機体全体を薄く覆うきらめく敵の魔力光。給弾しているのか両手を動かしているのは確認できる。銃の長い筒にも強めの魔力光が集まっていて、それは明らかに私の方を向いていない。
よし、やれる……?
と、私は別の光に気が付いた。その両手を覆うような魔力光が肩口から出ている事に。
いや、その上! 右肩に今まで見えていなかったちょっと細めの筒が用意されている!
”ナナエ! 横!”
前に飛ぶ予定だった力を使って、私は全力で横に飛ぶ。
地面を蹴る瞬間に伝わる、足首かつま先かどこかが崩れるような衝撃。その後の染み入る暖かさは私の足が砕けて治されたのだろうけれど、そんな事を気にする間は無かった。
私が居た場所を筒から放射された火炎が舐めとっていく。
たっぷりと伸びた火炎の舌は根元から振り向かれて私の方を追いかけて来ていた。
”火には水よ、やれる?”
決して十分ではないけれど、横っ飛びで距離を離した私は、槍の穂先を使って二度目のアクロバティック着地を成功させる。
そして、着地後に石突を前に構えて詠唱を行った。
まるでそれは魔術師が魔法を使うがごとく。
《染み
唇が瞬時にひび割れた。火に焼かれる前に肌がガサガサになった。
加速された時間の中にいるくせに、私はその感覚を覚えてしまう。
目の前には私の体を十二分に隠せるぐらいのサイズの水球が渦巻いていた。
迫りくる火炎は水球に頭を入れると、それを貫き通そうとする。
私の作った水球は半分ほど蒸発させながらそれを受け止める。
一瞬見ると私の方が押されていた。水球はどんどん蒸発して押されていく。
でも、私は慌てることはなかった。
私は、イナンナ様とこの槍のおかげで魔法を使うことが出来た。
水の魔法を使って水球を作ることが出来たのだ。
でも、この水球に使う水はどこから取ってきたのだろうか? それは空気中。魔力で寄せ集めてくるって言うのは魔法学と化学の時間で勉強する事だ。
だから、蒸発したところで何の問題もない。そこにあるのだから。
《集まりなさい!》
再度魔力を使って水球を作り出す。
《集まりなさい! 集まりて沸き立つ噴流となれ!》
今度はそれを火炎にぶつけた。
延々と湧き出る水の激流は、対応する火炎流とぶつかり合い、ちょうど真ん中ぐらいまでは押し返す。
”このまま打ち返すにしろ、ちょっと魔力的には無駄が多いわね”
あともう少しで……と思っていた矢先の彼女のこの言葉に、私はちょっとだけ力が抜けてしまった。
魔力の供給が切れて水の球が維持できなくなり、水はその場に流れ落ちる。
同時に、相手の火炎放射も一旦は収まったようだった。
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