5-17 対峙、それはひどく滑稽な

「田中さんの嘘つき……」


 眼前に居るのは、二足で歩く物々しいロボットだった。

 頭に過ぎるのは霧峰さんの所で見た機密の資料。もっとちゃんと読んでおけばよかったと今更ながらに後悔する。


”大丈夫よ。私が覚えているから。

 あれは恐らく自立歩行型起動鎧の試作二型の方ね。電池役の魔術師と操縦手の二人乗りタイプ、高さ4メートル強。

 出力と武装に関してはどれ積んでいるかしらね? パターンが幾つかあったかはずだけれど、少なくともあなたの味方じゃない事は確かね”


 瞬間的に流れ込むイナンナ様の言葉。

 視界の色こそ灰色のままであっても、時間の感覚は通常にほぼ戻っていた。


『ようこそおいで下さいました。女神イナンナ様の降臨体であり、かの有名な稲月家の一人娘である奈苗様』


 ロボットのどこかにスピーカーがついて居るのか、ラジオを通したような声がそこから聞こえる。


『我々はあなたをお待ちしておりました。ああ、お父様は息災ですかな?』



 父は、貴方たちに、殺されたのに。こいつは何を言っているのか。



 怒りの感情はすぐにイナンナ様に冷やされて、代わりに私は淀み無く自然な体捌きで左足を後ろに引き、右手を前にした左横構えで槍を持つ。

 あまり外で見せる事は無いけれど、私の本当の利き腕は左だった。左右のバランスを考えて普段は右利きにしているのだけれど、こういう時には自然と左構えになる。


 そんな私の様子を見て、ザラザラとした音でロボットのスピーカーから声が届く。


『おや……ここには話をしに来たのではないですか?』


”対空砲火を撃ってきた方が良く言うわ”


 そう言った彼女の言葉をそのままに、私は言う。


「先に撃ってきたのはそちらですよね?」


『ああ、それは失礼をしました。でも仕方ない事だとご理解ください。誰だって正体不明の魔術師が高速で飛んで来たら警戒します。話の通じない相手が殴り込んで来る可能性だってあったのですから』


 何をいけしゃあしゃあと言うのか。という思いと裏腹に、これから起ころうとする事に対応する為に、目と感覚はその場の状況を読み取っていた。


”ちゃんと見えている?”


 はい、と心中で返す私の目は、そのロボットに流れる微量な魔力をしっかり捉えていた。


”ナナエ、教えてあげるわ。

 ああいう機械ってね、二足の足で歩くのはすごく難しいのよ。それに、機械は動かすためにエンジンみたいな動力が必要になるの。でもね、今見た感じではあの機械にはバランスをとるための物も、動力らしい物もないわ”


 アニメで見るような曲線などなく無骨な直線のみで構成されているが、それは確かに二本の足で立っている。

 それに、何と言うか、後ろまでは見えないけれど、たしかに人型になっている。


(じゃあ、あの魔力って……?)


”ええ、あの魔力で機械を動かしているのよ。

 おそらくは計画書にあった運用方式乙式の方ね。

 二型乙式。二人乗りで武装は実弾火器を使用、魔導師は動力源に限るものとする。の仕様だと思うわ。

 拙速な決めつけは良くないけれど、そう思って対応した方がいいわね”


 心の中で彼女の言葉に頷く。

 ……正直な所、イマイチそれがどういう事かは私にはわからなかった。


”ええ、安心して。私が分かっているから。

 紙にあった情報だけならばちゃんと把握しているから、後手には回らないはずよ”


 再度、その言葉で私は頷いた。

 それをどう解釈したのか、ロボットは両手持ちにしていた大型の銃を片手に持ち替え、銃口を下に向ける。

 敵意が無いと示したいといったところなのだけれど、それは私には通用しなかった。


『失礼は再度お詫びいたしましょう。ですが、我々は本当にあなたをお待ちしておりました。あなたの力添えがあれば、龍神様の復活が間近になります故に』


 無駄に頭を下げるような動作をそのロボットは行い、スピーカーから垂れ流される声は聞き捨てならない事を吐く。


「……復活?」


 小さく呟いた私の言葉に、相手は包み隠さず汚れた願望をぶちまけた。


『ええ、龍神様の復活こそが、龍神教の真の目的となります』


 私の締め付けるような痛みが、彼女の、イナンナ様の苛立ちをあからさまに表している。

 そして私も理解する。確かにこれは霧峰さんの敵であり、神と人間の敵だと。復活する龍神と言えば、思い浮かぶのは聖典で出てくる邪竜しかない。そんなものを復活させようだなんて。


『……おや? おかしいですね? ここに来ていると言う事は、すでに我々の者から聞かされていると思ったのですが』


 荒れる感情を余所に、スピーカーから流れる声に被せてイナンナ様が言う。


”ナナエ、悪いけれどもう少しだけ時間を稼いで”


 自らの感情を押し殺した静かな彼女の声だった。

 何をしようとしているのかはわからなかったけれど、それに応えようと私は会話を続ける。


「私に何をさせようと言うのですか」

『簡単ですよ。その力を全て龍神様に捧げてもらいます』

「捧げる……?」

『ええ、龍神様に全身全霊で祈りを捧げて頂くだけですよ』


 それは信者が普通に行っている事じゃないの?


 と、思ったのも束の間、すぐに私はそのカラクリに見当がついてしまう。それは何のことは無い、魔術ではなくて、神魔法の方の基本的な事なのだけれど。

 神魔法は選ばれた人間が神に祈りを捧げる事で、その祈りを代償にこの世界に様々な奇跡をもたらす。

 そこには神に選ばれた人間って事が必要で、普通の人が普通に神に祈ったって何も起こらないはずなのだ。


 でも、龍神教の場合は違う。全員がきっと選ばれてしまうのだ。だから、祈る事で、竜の血と呼ばれる奇跡を起こす何かが増えてしまうんじゃないかって。

 確証なんてないけれど、と言うか、こんな事は外れてほしいと私は心の奥底で思っているのだけれど……


 事態はそれを裏付ける方向に進んだ。


『貴方なら大丈夫だと信じていますよ。祈りを捧げたところで、あそこに山になっている搾りかすのようにはならないでしょう』


 視界が白黒のままで良かった。と、

 ああ、やっぱり。と言う二つの感情。


 ここに着陸した時点で私は三つの怪しいものを見ていた。一つは当然このロボット。

 もう一つが折り重なった何かの山で、最後にそれと同じぐらいの高さの燃え盛る山。遠くから見えた狼煙は、施設が焼けていたわけでは無くてこれが原因だと思って、あとは目先の脅威に意識を集中させていた。


 そして、今ここでようやく、その山の正体を認識する。


 ロボットの腕が横に指した山からは、魔力の反応が一切なかった。

 多分、きっと、祈りを捧げ続けた結果、魔力だけでなく人としての生きる全てを捧げてしまったなれの果てなのだろうと理解する。

 恐らくそこにあるのはみんな死んでいるはず。その光景は、普通に目視したら悲惨すぎて吐き戻す気がした。


 一瞬だけ向けたその山から視界を戻すと、ロボットはおもむろに銃を持ち上げていた。


『ちなみに、断ればこちらのようになります』


 その銃口は私には向いていなかった。

 だから体を緊張させはしなかったのだけれど。

 銃口は、その山に合わせられる。


『実は彼らの一部は、龍神教に忍び込んできた不届き者なのです。まぁもう処分は済んでいますが。これは実演と言う名の再利用ですね』


 ダダッ、ダダッ、ダダッ、ダダッ


 銃口が光り、爆音とともに山の一部分が跳ねて飛び散る。

 色を制限された私の視界からは、ココアの液が山から噴火して流れ出るように見えた。


 ……もうホントにチョコレートは食べられないなぁ一生。


 感じる事はそれだけで、目前にある恐怖の感覚はイナンナ様に封じられていた。


(私、まだ私ですよね?)


”ええ、あなたは単なる人間のナナエのままよ”


 こんなの余計な確認なのはわかっている。

 怖気づくことなく、私はそのロボットに向かって聞いた。


「一つだけ聞かせて下さい。その中に、私の学校の生徒は居ましたか?」


 私は槍の穂先を少し回してから、その山を指す。


『……それが、何か関係が?』


 場の空気は急速に冷めていく。


「そこに女子の生徒は居ましたか?」


『さぁて、我々にも女性の信者は居ますからねぇ』


 しらばっくれてもダメ。


「その山に、うちの学校の教頭が居たように思ったのですが。他の生徒もいるんじゃないですか?」


 これは私の渾身のカマかけだった。

 本当は今の視界だと人の顔なんて全然わからないのだから。


『……例えそうだとしても、人間の事なんて神であるあなたには関係ないのでは?』


 一瞬間の置いて返る返答を、私は黒と判断した。


 ああ、もう……


 なんで私はもっと強く夜野さんを止めなかったんだろう。


 後悔はこの一言だけだった。

 後悔する時間も気力も私には無い。


”ナナエ。やるならいつでもいいわ。こっちも準備は出来たからサポートは任せて”


 イナンナ様の言葉を切り払うように、左右交互に持ち替えて槍を回し、左横構えに戻る。


「私は、イナンナ様の代理である前に、一人の人間です」


 もう一度私は同じ動作を繰り返す。

 今度は、慎重に彼女と連携を取りながら。


「そして、一人の人間としてだけでなく、イナンナ様の代理として、大神マルドゥク様に逆らう者達を許しはしません」


 ひどく滑稽な姿だと客観的に私は心のどこかでそう思う。


 女子高生が一人、槍を構えて、倍以上もあるサイズで大きな銃まで持ったロボットと対峙する。

 しかも互いの距離は恐らく50mもあるかないか。

 どうみても相手の範囲内で私の範囲外。


 それでも、私は言った事に後悔はない。


『やはり貴方も龍神様の敵なのですね』


 スピーカーから聞こえる声は、平坦で失望を含んでいた。

 かすかなモーター音と共にゆっくりと腕が動き、銃口が私に向けられる。


 不釣り合いな対峙を経て、静かに戦端は開かれた。

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