5-19 初めての……
火炎放射は収まったものの、それの原料と私の水はそこら中に撒き散らされていた。
もわもわと暑くて油臭い蒸気に包まれているせいか、不快感がひどい。
あと一歩というところを止められた事もあり、それはちょっと気分にも影響していた。
(さっきからイナンナ様、無駄をずいぶん気にされていますがどういうことなんですか?)
”簡単よ。これは二型。試作機は二機あったはずでしょ? 一型もどこかにあるはずよ。今全力を使い尽くして一型に襲われたら元も子もないわ”
(……なるほど)
”目先を追うのも大事だけれど、とらわれ過ぎてはだめよ。一型以外の可能性も十分にあるのだし、常に余力を確保するべきだわ”
火炎放射で頭も熱くなっていたのか、イナンナ様の諫言は丁度良く頭を冷やしてくれる。
”とは言え、相手も同じなのだけれどね……”
立ち込める蒸気と火炎の残りで白黒の輪郭はぼやけるが、魔力の光には影響しない。
弾の補充を終えて両手に構えた重機関銃は既に私の方を捉えていて、肩から突き出た火を噴く筒には魔力の光が強くまとわりつき、何かをしているのがみえる。
”相手も慎重に戦っているわ。これまで使ったのは実弾と火炎放射器のみ。
魔法を使っているのは、機体の姿勢制御と反動制御、あとは冷却のみなのよ。
魔力を使い過ぎると動かなくなる欠点をよく知っているせいで、余程の事が無い限り動くつもりがないみたいだわ。
慎重と言うか、魔力を温存したいのがバレバレではあるのだけれど”
その場をやり過ごすことに精いっぱいだった私に比べて、冷静にイナンナ様はその状況を分析していた。
彼女からすると、単にそれは状況報告に近いものだったのだろうけれど、私にはその言葉にあるものを見出す。
(動かないなら、チャンスですね)
”この距離を無傷で詰めれればね”
火炎放射も銃弾も、私には直撃すれば一発でアウトなのはわかっている。
いくら魔法で治癒できるからといって、銃弾が頭や心臓に当たったら即死だろうし、火炎放射も直撃したら多分死ぬ。
それに、距離を詰めるって事は相手の攻撃が当たるまでの時間も早くなるのだし、その分危険は増すはずだった。
(ちょっと、試してみたいことがあります)
それなのに、私の頭は賭けるべき可能性を見出し、紡いでいく。
ゆっくりとロボットの銃口が私の方を向く。冷やされた火炎放射器の方も私を捉えている。
相手は両方で仕留めるつもりなのだろう。
……いや、それだと甘いかな?
何か他にもある。そう思った私の考えは結果的に間違ってはいなかった。
魔力を全く感じない何かが、ロボットの足元に零れ落ちたのが見えた。
”ナナエ、先手を取られたわ。全部落とすわよ”
即座に音が消えた。
視界は、見えてはいるけれどほとんどモザイクになってしまった。
(閃光爆弾ですね?)
”そう、陳腐だけれど効果的な魔術師潰し。これからすぐに銃弾と火炎と両方注いでくるわよ。
かなり不利な状況ね。でも、攻めずに後ろに下がる分には比較的安全に距離を離せるわ。
どうする?”
イナンナ様の言う事はもっともだったけれど、私は自分の思いついた可能性に掛けることにした。
(いえ、ここでやります。相手が全力を出さないなら今がチャンスですから。
サポートコントロールお願いしますね。私が死なないように)
即座に返ってくる”わかったわ”という返事を聞きながら、ホント、我ながら酷いなぁと改めて思う。
相手は神様なのに、利用するようにお願いしちゃってるし。
”そんな事今更どうでもいいわ! やらなかったら死ぬだけよ”
(はい!)
檄を飛ばされて気合を入れなおした私はしっかりと石突の方を前に構える。
私が思いついたそれは、現代魔法の構築だった。
魔力は原子の運動に作用する。
現代魔法の基礎研究ではそこまでは究明されていたものの、魔術師がそれを魔法で実践することはほぼ不可能とされていた。
理由は簡単。魔術師が対象となる原子をイメージできないから。
現象であれば魔術師はそれをイメージできる。詠唱によってサポートしてその現象を魔力で現象化できる。
通常の魔術師は、原子運動を理解する必要なんてなかった。
例えば、ほとんどの魔術師は個人差は色々とあれど浮遊することが出来る。
基礎研究の結果として、酸素に特性を持つ魔術師は酸素をコントロールして浮力を保っていると言う事が判明したし、金属類に特性を持つ人は、磁場をコントロールすることで浮力を得ることが出来るなんてこともわかっていた。
けれど、両者とも、
旧来の魔法と現代魔法の大きな違いは対象と目的。
ただ漠然と飛ぶと考えるのが旧来の魔法。
現代魔法の考え方では、空気中の特定の原子をコントロールして対象を浮かせるって形になる。
現代魔法の方が魔力をより直接的に作用させる分、目的がハッキリしていれば効果は大きくなる。
今私がやらないといけないのは、相手が油断している間に一瞬で寄って全力で叩くこと。
通常の魔法では威力が足りなかったり、もしかしたらまた拮抗してしまうかもしれない。
だからこその選択だった。
本来は不可能とされている魔法なのだけれど、私には可能性が見えている。
特性無色と呼ばれる夜野さんや私には、特定の原子に対する特性は無い。でも、だからこそ詠唱で無理やり導くことが出来るんじゃないかなって。
そして、今ならきっと方向性さえ見出せば、イナンナ様が後は何とかしてくれるはず。
魔法の対象として考えたのは、窒素だった。
空気中のたしか70%ぐらいが窒素だったはず。
多いし、あと燃えない。
今からやろうとする事には最適だし、やる事自体は単純だ。
やる事は窒素をコントロールする……というより、相手に窒素を思いっきり叩きつける。
こぶしか頭ぐらいの大きさの窒素を、瞬間的にでも全力で出した魔力を使って叩いて、圧縮した気体の塊を相手に飛ばすだけだ。
単純に銃弾への盾としての期待もあるけれど、それよりも期待すべきは二つ。
外に流れていく気流が出来て、弾避けと最低限の火炎放射に対する阻害も出来る点。
あともう一つは、それの後ろに飛び込めば、スリップストリームによって私の速度も上がるから近寄るのに必要な時間も減るはず。
物理学はあまり得意ではないけれど、きっと行ける。
自分を信じるしかなかった。
けれど、弾丸と火炎が迫り、刹那も残されていない時の中で、気の利いた詠唱なんてすぐには思いつかない。
私は自分を信じる。
詠唱は自己暗示のようなもの、導くために使うのだ。導くべき言葉に本来は飾り気なんていらない。
気の利いた言葉が浮かばないんだったら、思ったままを口にするまで!
《ティレ ド アゾート!!》
私の全身にブチブチと弾け割れる感覚が起き、励起して漏出した魔力は石突に収束する。
そして次の瞬間、私を引っ張る気流と共にロボットに向かって魔力は発射された。
(イナンナ様! 行きます!)
今回はボキンと足から一回大きな音が鳴っただけで、私は魔力を追って前に飛び出す。
じんわりした感触が下から登ってくる間にも、先に放たれた魔力は空気中で原子に作用し、窒素を超高速で前に前に押し潰し続けながら飛ぶという現象に転換されていく。
目に見えない巨大な空気の大砲を撃ったに等しいそれは、直撃コースの弾丸であろうと、少しでも軸がずれているとそれらを外にはじき出していく。
同時に上から襲い来る火炎放射でさえ、やや熱を感じないまでもないが、放たれた窒素魔法による気流によって直進しなくなる。
そんな状態になってしまえば、彼我の距離をゼロにまで近づけるのは容易だった。
私が飛び込むより先に、不可視である窒素の塊は状況を理解できなかったロボットの前面に直撃する。
中の魔導師が直前で防いだのか、私の魔法は大きな衝撃を与えてロボットの上体を仰け反らせただけで、それはすぐに姿勢を戻そうとした。
その動きは刹那。一瞬の事だったとしても、隙には変わりない。
私は今まで横に飛んでいた速度を両足で大地に留めるように、ロボットの懐に着地した。
その上で、後ろになっていた槍の矛先を下から回転させて一瞬だけ手を離し、右手が前の正常位に持ち直してから、両足に溜めこんだ速力を斜め上にベクトルを変えて突き出す。
胴突きは、絹ごし豆腐に箸を刺すが如くロボットの胴に吸い込まれた。
貫けないなんて思っていなかったわけでは無かったけれど、あまりにもそれは容易すぎるぐらいの手ごたえで、前を掴んでいた右手を離し、後ろの左手一本で、しかも石突の近くを掴んでいるあたりまで槍を突き入れてしまっていた。
そのことに気づいた時には、すでに私の槍は流れ出てくるチョコレート色の液体にまみれてきていたのだけれど、その事には後悔も忌避感も何も感じなかった。
ただ、私には、達成感とか、感傷っぽいのは簡単には与えられないみたいで、
”ナナエ、逃げて!!”
どこかで気が抜けたらしく、次の瞬間にはそのロボットが多分爆発したんだと思う。
視界が白くなったところしか覚えていない。
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