5-11 与えられた物

 うっぷ……


 空になった食器を前に限界とばかりに少し声が漏れる。


 朝一でドアを叩いたのは、だれかと思えば田中さんだった。

 聞けば朝食を届けに来ただけだとの事で、部屋に朝食の用意をしてすぐに出て行った。

 その時点で時計は朝の六時半、私の起床時間も把握して計算に入れているあたり彼らしいと思ったのだけれど。


 用意された朝食は何と言うか、予想を斜め上に行くものだった。

 家庭用サイズの炊飯ジャーにご飯。味噌汁はお椀に一つ、皿の上に薄い焼き鮭一枚と漬物はタッパーに入ったまま。


 うん、私好みの質素な一汁三菜にしてくれたのはいいと思うのだけれど、この後のもう一品が問題だった。


 確かに私は納豆をリクエストしたけれどもね?

 だからってこれは無いんじゃないかな……?


 大粒、小粒、ひきわり、黒豆、枝豆、ミックス


 六つの小鉢にそれぞれ六種類の札の付いた納豆がそこにはあった。と言うか、ミックスって何? これ?

 よく見てみると、大豆だけではなくいろんな種類の豆が入っている事でなんとなく理解する。多分これはデパートで売っているような高い奴だ。


 納豆に金をかけるのってどうなの? と思う気持ちは無くはなかったけれど、何はともあれ食べないと勿体ないしと思ってそのすべてに取り掛かったのだった。



 で、下膳された後も私はお腹が苦しいのです。

 ちなみに、イナンナ様から言われたのは、馬鹿ね食べ過ぎよ、ではなくてもっと食べなさいだった。

 まだまだ体にエネルギーが足りていないらしい。怪我を無理やり治した事を考えれば納得はいくのだけれども。


「朝食はご満足頂けましたか?」


 下膳の指示を済ませた田中さんに私は立ち上がって答える。


「美味しかったです。でも、もう少し普通の物でも良かったのですが……」

「ええ。これは我々の普通です。ご納得ください」


 その納得じゃ納豆は食べられないよ。なんて一瞬でもくだらないことを思ってしまった私。


「昼は軽い物の予定ですが、夜には特別な夕食を用意致します。そちらの方はご期待に沿えるかと」


 相変わらず事務的にそう告げる彼はいつも通りに戻っていた。

 話の内容的にあまり期待できないと思った私は、一応、はいとだけ答える。


 私が気落ちしている間に、田中さんはちょっと後ろを振り向いて二つの袋を取り出した。


「大した物では無いとの事ですが、ご不便をおかけするお詫びにとの事で、霧峰様からプレゼントだそうです。

 小さい方と大きい方、どちらをご所望ですか?」


 その言葉に露骨に顔をしかめたのは、絶対に田中さんに見られている筈。

 このタイミングで霧峰さんからのプレゼントなんてろくなもの訳がないよね。


”ナナエ? ちょっと見てみて?”


 イナンナ様のその言葉に、思い出したように私は目にフィルターを掛ける。

 魔力を感知するような状態に入ると言った方が正しいのだけれど、気分的には眼鏡をかけている感じだった。実際の眼鏡は掛けたことすらないけれど。


 フィルターをかけて見たところで、両方の袋には何ら魔力の痕跡はない。

 あたりまえだよね。


”ええ、何もないとしても、すぐにこの状態になるようにするのはいい練習よ”


(わかりました、イナンナ様)


 頭の中でイナンナ様に話をしつつ、現実の私は二つの袋を前にどっちを選ぼうが迷っていた。


 昔話的には小さいほうだよね? 大きなつづらと小さなつづらなら、小さなつづらを選んだ方が宝が入っているわけだし。

 そうわかっていても、大きいと言う事はそれだけで私には魅力的に見える。


「……片方だけ選ばないといけないんですか?」


 当たり前で欲望たらたらな事を聞く私に、帰ってきた言葉はこれだった。


「ご所望なら、両方ともお渡ししても構いませんが」


 うーん。

 これは聞かなかった方が良かったんじゃないだろうか。

 二択が三択に、いやもしかしたら全部受け取らないという選択も入れると四択になってしまった。


 ちょっと考えた後、私の出した答えはこうだった。


「じゃあ、両方とも頂きます」


 田中さんから何事もなく手渡される大小の袋。小さい方はどうも中に入っているのは本のような感じで、大きい方は何かの箱が入っているようだった。


(欲深だと思わないでくださいね、イナンナ様? 霧峰さんの事だから変なものは渡さないと思っての事ですから)


 と言う彼女への釘差しは、無言で無視される。


 開けて結構です、と言われたので、その場でまず小さい袋から中身を確認していく。


 中身は、五冊分の問題集だった。

 取り出したときにひらりと落ちて、何だろうと思って拾い上げた紙を見ると、そこには『今週一週間分の宿題』と書かれている。


 うん。これは罠だったのね。


 がっくり来る私を見ても何も動じない田中さんを横目で見ながら、気を取り直して大きい方の袋に取り掛かる。

 袋から箱を取り出してみると、それは……テレビゲーム機だった。

 以前に霧峰さんが買ってくれるって一瞬だけ言った奴。あの時はお父さんに断られたけれど。


 田中さんにこれ! と勢い良くやりたい所を私は出来る限り抑えてそろりそろりと彼の方を見る。

 いつも通りの冷静さを保った彼の表情は、私の心中を多分読んでいるに違いない。……よね?


 こちらと視線が合った後、一言だけ頷く。


「テレビの方は私の部屋にあるものを持ってきます。後ほど配線作業させて頂きますのでご了承を」


 その後でもう一言だけ彼は追加した。


「あと、そちらの方にも紙は入っているかと」


 手を入れて探ってみると、こっちの袋に入っていた紙には一言だけ、誰の手書きだろうか『すまん』とだけ書かれていた。

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