5-12 テレビゲームと現実

「ここで……ジャンプ! あ……あ、落ちた。もう残機無いしまた最初からやり直しか」


 時計を確認はしていないけれど、時間はもう夕方の遅くになっていた。

 昼ごはん何かを食べたかも思い出せないぐらい集中してゲームをやっていたと言うのは気のせいにしたいけれど、部屋の中もそろそろ明かりを付けないと目が悪くなりそうなぐらいに暗くはなっている。


 私がずっとプレイしているのは配管工とは名ばかりのキャラクターを操作して、横にスクロールしていくステージをクリアしていくゲームだった。

 そもそもテレビゲーム自体が新しいのだけれど、これは特にCMでやっていて私はすごく気になっていたやつで、実際にやってみたそれは予想以上だった。

 操作はちょっと難しかったけれども、自分で操作して敵を倒したり、ボスをかいくぐってクリアしていくうちに、昼を忘れるぐらいゲームに夢中になっていたのは……やっぱり気のせいにしたいけれど事実なんだよね。


 プレイ中はイナンナ様と適当に会話をしつつだったけれど、腕の方は順当に上がり、ようやくステージ8までは到達できるようにはなっていた。

 さっき死んだのも8-2だったし。


 再度プレイしなおした私は、ワープを見つけたおかげで効率よく進めるようになっていて、十分な残機を残したままステージ8まで戻ってきていた。


「あそこのジャンプ、走ってギリギリで飛ばないと届かないよね多分……」


 独り言を言い終えた瞬間、視界に一瞬だけ魔力感知のフィルターが掛かり、すぐにそれは取り払われる。

 こんな感じで一応ゲームしながらも、イナンナ様と一緒に魔力感知状態に慣れる訓練は続けていた。

 今やその状態に入ることに違和感を感じる事は無い。最初のうちはその違和感で操作間違えて死んだりしたんだけれどもね。


 視界が通常の状態に戻っている事を確認した私は、戻ってきたステージの8-2で大ジャンプに再挑戦を開始する。開始してから早々に二回はジャンプの飛距離が足りなくて穴に落ちていた。


 うん、ここのステージ、ダッシュとギリギリでのジャンプボタンの操作がすごく難しい。


 反応速度もっとしっかり上げてギリギリでのボタン操作しないと……あれ、これもしかしたら?

 ふと思いついたのは余計なことだった。


(イナンナ様?)


”何?”


(ここでジャンプする時に、例の白黒の世界にして指だけ動かす事って可能ですか?)


 こんな事で無駄に魔力を使いたくはなかったけれど、このぐらいならとばかりに聞いてみる私。

 いや、どうせ、バカねとか魔力の無駄遣いを咎められるのはわかっているんだけれど。


”いいわよ”


(そうですよね、無駄ですよね)


 えっ?


 予想外の返事でびっくりしてもダッシュは急には止まれない。


 操作しているキャラクターが乱杭の足場をダッシュで走り、よもや落ちそうな所で視界からは色が剥げ落ちた。

 片足は宙に浮いていかにも落ちそうな状態で、キャラクターはほぼ動きを止める。


 思考加速の状態に入ったことを認識した後、こんな事していいんですか? と聞く前に、イナンナ様は言葉を発した。


”何事も経験よ。私がどうしてナナエにこれをさせたくないか教えてあげるわ”


(えっと……?)


 私の案に乗り気……と言うわけでは明らかになさそうだった。

 何かがおかしい。


”このタイミングでボタンを押してジャンプすれば対岸までは届くわよね?”


(……ええ。そうですけれど)


 怪訝に答える私に、諭すように言葉を続ける。


”この状態でもね、魔力を使って体を動かす事は出来るのよ。こんな風に”


 ほぼ時間が止まっているような状況にも関わらず、コントローラーの上に置かれた右の親指は普通に見える速度でしっかりとボタンを押し込んでいく。

 私は、ただそれだけの光景を他人事のように見ていた。


(……何もなく出来るじゃないですか?)


 押し込んだそれを見て、何の感慨も浮かばない、むしろ簡単に出来たとさえ思ってしまう。

 彼女はそんな私の言葉を受けて事を進めた。


”そうね。時を戻すわよ”


 にじみ出る色と戻る速度。

 タイミングよく飛んで対岸に無事着地するキャラクター。


 見届けた瞬間に右親指に感じる違和感。

 その後ではっきりとわかるのは、それは痛み、どちらかと言うと激痛と言う事だった。


 痛い! 突き指よりも、筋を捩じっておかしくしたときの痛みに近いこれ! 痛い!!


 反射的に私はコントローラーから手を放し、右手を手首から大きく振る。

 左手でコントローラーを掴んでいたつもりだったのだけれど、振っている間にそっちも放してしまった。下に落ちたコントローラーは近くにあったゲーム機本体を引っ張って揺らしたらしく、ゲームはビープ音を鳴らして止まってしまう。


(なにこれ痛いんですけど!)


 恨み言……ではなく、呻き声のような感じでイナンナ様に報告する。


”これが高速で動いた時の本来の反動よ。親指一本でこれよ、経験してわかったでしょ?”


 ……親指から伝わる痛みは依然として消えなかったけれど、私の頭は他の情報を処理することに忙しかった。


(これを全身に治癒を掛けながら行うって事ですね)


”ええ。やらせたくないって気持ちはわかって貰えたかしら?”


(……)


 返す言葉はなかった。

 確かに今の私の右親指は動かすとすごく痛いけれど、それを全身で感じる羽目になるのは避けたいけれど……

 目的が果たせるためならば、多分私は……



 コンコン コンコン



 その先を考える前に、タイミングが良かったのか悪かったのか部屋のドアがノックされる。

 時計は見えないけれど、これ、絶対晩御飯の時間だ。


「はーい、少し待って下さい!」


 どうせ相手は田中さんなんだろうし、ちょっとぞんざいに返事をしてから私は立ち上がる。


(イナンナ様の気持ちはわかりました)


 それだけ伝えてから、もう真っ暗になった部屋を壁伝いに歩いていく。

 入口にある部屋の電気を付けた後で、私は右の親指を見た。


 内出血しているのか、もう既に関節のあたりから青くなり始めている。


 いつかこの痛みを全身で味わうことになるのかな……

 諦めに似た覚悟が少しだけ出来た私は、部屋のドアを開けて待ち構えている田中さんと特別な夕食を迎え入れようとした。

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