4-25 救いと自省

「無事ならそれで良い」


 振り向いたそこに居たのは、予想に違わず霧峰さんだった。

 懐にポケットがあるのか、彼は私が今手に持っているものと同じ無線機をしまい込む。


 暗がりの中で立つ彼は、祭事でよく使われる白い法衣を着ていて、暗い闇の中に異物感を与えていた。そして、手には金属製らしき長い錫杖を持っている。

 その姿は、まるでも何も、祭事に挑むときの姿と変わらない。


 顔にも全く崩れる事のないと思えるような無表情が張り付いていた。

 さっき聞こえた声も、機械越しではなくても単調で感情は無く、普段ならそれは怖いと思っても仕方ないような雰囲気。


 だけれど、今の私は怖気る事はしなかった。

 自分が引き起こした事は、最後まで責任を取らないといけないから。


 意を決して彼を見返す。

 視線をぶつけ合った後で、彼は口を開いた。


「奈苗ちゃんは一人で動けるか?」


 少しだけその声にはいつもの抑揚が感じられた。


「はい。私は大丈夫です」


 と、脇の撃たれた所を手で隠しながら答える。


「一発は撃たれたな。治療は済んでるのか?」


 隠し事が出来るはずも無く、すぐさま看過される。


”大丈夫。そう答えていいわよ”


 正直、私には本当に大丈夫かどうかわからなかったけれど、イナンナ様の進言をなぞるしかなかった。


「……大丈夫です」


 私の言葉に頷き、霧峰さんは錫杖の石突を二度地面に打ち付ける。


「そうか、それならば田中と車に乗って先に帰れ。

 りるは俺が別の車で病院に連れて行く。

 詳しい話は後だ」


 反論も異論も認めないその物言いは、まるでお父さんみたいだった。


 その後、すぐに到着した黒塗りの二台の車に私達は分乗してお互いの目的地へ向かったのだった。



* * * * * * * * * *



「お嬢様、そう気を落とさないでください。

 あれだけの襲撃を何事も無くやり過ごせただけで御の字です」


 ホテルに戻り、霧峰さんの執務室と化しているいつものスイートルームに戻ってから、ようやく田中さんは口を開いた。

 田中さんは助手席、私は後部座席だってのはあったけれど、車に乗ってホテルに着くまでの間中彼は何も言わなかった。


「それに、非難されるべきは私でしょう。

 お二人を守れなかったのですから……」


 私はその言葉でピンと来る。


 ああ、田中さんは自分に非があると思ったから何も言わなかったのか。


 ……それは私と同じ考えだった。


「いいえ、私が不用意な事をしたのがそもそもの原因ですから、田中さんに非はないですよ」


 と返すものの、


「いえ、いかなる場合でもお嬢様を守るのが私の任務ですので」


 と彼は譲らない。


「大丈夫ですよ。少なくとも私にはケガはありませんから」


 私にはなくても、りるちゃんには。

 とは、口に出さなかった。


 今りるちゃんは霧峰さんの付き添いで専門の病院に向かっている。普通の病院ではなく、有事の時用の病院があるらしく、そっちに連れて行くと言う話だった。


 そしてもう一つ、これは事実だけれど、私にケガは無かった。


 車に乗ってホテルに帰る間中に、私は自分のわき腹と穴の開いた服を確かめていた。

 コートの前面には穴が開いていて、その下の制服にはにじみ出て既に乾いた血が付いていた。背面にはもっと大量の血が流れ出ていて、同じく乾きつつある。


 だけれど、私のわき腹には全く銃創は無かった。あるのは、胴回りを一周する古傷の方だけ。


”治療は、したわ”


 とイナンナ様が再度念を押したように、確かに私の体に傷は無かった。多少なりとも血は減ったかもしれないし、治療したと言う事は体内のエネルギーとかいろいろ減っているだろうけれど、外傷と言う意味では全くもってなかった。


「お嬢様は、ご自分で傷の治療が出来るんですね」


 田中さんのそれは、確認だった。


 魔術師にとって、傷の治療、特に自分の体の治療は早くから覚える物だったし、それはさして難しいものではなかった。

 単純に体に魔力を通して体細胞を賦活させ、自然治癒力を使って治すだけの物。

 高校生になってからは治癒の使い過ぎは細胞の再生限界を消耗するため、使い過ぎると寿命が縮まると習う訳なのだけれど、幼小中までは寿命よりも事故からの生存性を上げる為と言う理由で、自分の治療はまず最初に習うものだった。


 そして、この質問の本当の意味は、私に魔法が使えるかどうかの確認だと私は理解していた。

 話したこと自体はないけれど、田中さんならば私の経緯を知っている筈。

 トラウマのせいでずっと魔法を使わなかった事と、神が降臨したという事実も。


 今までずっと、霧峰さんも田中さんも後者に関して私に何かを言うことは無かった。でも、それは状況が状況だったし、仕方がないとはわかっている。

 でも、知っているか知らないかだけで言うと、彼らは知っている筈なのだ。


 だから私はこう答えた。


「はい。イナンナ様のご加護で」


 ……あっ。


 口に出してから脳裏に、こう、のしかかる圧力。


”……”


 無言の圧力と、実際に感じる両方の圧力とあったけれど、それ以上の言葉はイナンナ様からは無かった。

 状況的に知られていてもおかしくない話だし、話をしても大丈夫だろうと解釈してくれたのだと好意的に考えておく。


 田中さんもそれに深追いはせずに、「そうですか」とだけ答えてこの会話は終わってしまった。

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