4-24 私の失態

 警戒をしたまま振り返る。

 そこで見えたのは、両手で拳銃を保持したまま走り来る見知った顔の人だった。


「……田中さん?」


 ホッとしたい気持ちは全くなかった。

 手にしたものが何かをわかっている私には、彼が味方かどうか判断がつくまで気を許せる状態にない。 


「お嬢様、無事ですか!!」


 両手で持った銃口は下に向けたまま、走り寄って来た田中さんは大声でそう確認してくる。

 今頃になって私は、自分がずっと棒立ちのままいる事に気付いた。

 撃たれたのはわかるけれど、実際自分がどんなことになっているかまで気に掛ける余裕すらなかった。


 余裕なんてものは今でもないわけで、無言のまま田中さんに対して警戒を続ける。


「私は味方です、お嬢様。

 助けに入るのが遅れて申し訳ありません」


 と、近寄って来た田中さんは言った。


「どうして、田中さんがここに居るんですか?」


 私が警戒を解かない理由がこれだった。

 私には護衛がついていないはずなのに、このタイミングで出てくる田中さんは明らかにおかしい。

 もしかしなくても、私の味方でない可能性は十分にある。


「私を警戒なされていますか?」


 察しがいいのは確かに田中さんらしかった。

 銃は持ったままだったが、構えを解いてから田中さんは弁明をした。


「私がここに居るのは霧峰様からの指示です。

 空城の計が本当に空城だと見抜かれている・・・・・・・・・・・・・・可能性が高いと報告を受けていまして、お嬢様には気付かれないように密かに護衛についていたのです」


 空城の計、それは私がイナンナ様の入れ知恵で言った事だった。


 ノーガードの状態をあえてつくり、相手がその状況を怪しんでくれること最大の効果を発揮するのだけれど。

 本当に空城だとバレたら……ううん、バレたからこうなったの?


「言い訳をするのは心苦しいのですが、やや離れた所からの護衛だったもので、初動が遅れてしまい申し訳ありませんでした」


 と、視線だけで謝意を伝えてくる田中さん。

 状況的にというか、銃口さえ私に向けていないものの、彼も警戒を緩めてはいない。


 私が返答をせずに無言のままでいると、続けて田中さんが口を開いた。


「警戒をされているのはわかります。ですが信じて下さい、私は味方です。

 一応危険要素の排除は行いましたが、このままで終わる保証はないのです。早急に避難しましょう。

 それに、早く然るべきところに行かないと、お二人のお身が……」


 無我夢中になると色々と気にならなくなるのはよくある事。


 私は撃たれたわき腹をこっそりと確認しようとする。

 手が塞がっているから視線を向けるだけだけれど、コートの前面には確かに穴が出来ていた。

 確かに私は撃たれた。でも、応急処置はイナンナ様にしてもらったから大丈夫……のはず。



 大丈夫? 私は大丈夫。私は?


 気付きたくなかった。

 私はずっと両手が塞がっていた。この事態が始まる前から。

 そして、今も。


 突如として両手と背中に感じる重さ。

 田中さんが「お二人は」と言った意味。その意味を感じる。


 この瞬間、周囲の警戒なんて忘れてしまっていた。

 これから起こりうる事への恐怖を抱いて、軋む様に首を回し背中を覗き込む。


 背中に顔を伏せているりるちゃんの表情は良く見えない。

 ピクリとも動かないのだけは理解する。


 降ろそうと思ったけれど、一人だと上手に降ろせる気がしなかった。

 りるちゃんが気を失っているとしたら、このまま地面に寝かせるしかない。


「お嬢様、そちらに行っても宜しいですか? お手伝いさせて下さい」


 再度問いかけられる田中さんの声にも切迫感があった。


(イナンナ様)


”ええ、大丈夫。少なくともあなただけは守るわ”


 私には、ううん、私個人だけだとどうにもならない事はもう嫌と言うほどわかっている。

 だから、私は助けを求める事に躊躇しない。


「田中さん、こっち来てください!

 私より先にりるちゃんを!!」


 その後の田中さんの行動は迅速だった。

 近寄るや否や、私の背中からすぐにりるちゃんを取り上げて躊躇なく地面に寝かせる。明かりの乏しい中でも慎重に怪我の確認をした上で、さらには呼吸や色々な反応を確認していく。


 終わった後で、顔を上げた彼は口を開いた。


「幸い銃撃は何も当たっていないようで、目立った外傷は無かったです。

 ですが……」


 と、田中さんは言いにくそうに言葉を続ける。


「今の状態は、気絶していると言うよりは昏睡に近い状態かと思われます。

 重篤ではないと信じたい所ですが、早く病院に連れて行って詳しく検査したほうが良いかと」


 その言葉を聞いて、私は直ぐに行動を起こした。


「公衆電話探してきます! すぐに救急車呼ぶんで待って……」


 言い切らずに振り返ったところで、私の腕は掴まれる。


「いえ、それには及びません、お嬢様」

「でも、すぐに救急車呼ばないと」


 強引にでも振りほどって行こうとしたのだけれど、田中さんの手は力強くて振りほどけない。


「落ち着いてください、お嬢様!」


 ひときわ大きな声で田中さんが叫ぶ事で私は動きを止めた。


「無線機でこちらの状況は伝わっています。もう少しすれば救助が来るはずですので、ここでお待ち下さい」


 音量は大きくてもあくまでもその声は冷静で、私の頭からも熱が引いていくのが分かった。

 田中さんは懐から手から少し出るぐらいの小さい機械を取り出して私に見せつける。


「事が始まってから、霧峰様へはずっと連絡が繋がったままです」


 無線機らしいその画面には光が灯ったままで、田中さんは私の手にそれを押し付けた。


「今はこちらからの送信状態になっているので、横の黄色いボタンをもう一度押してみて下さい。受信状態に戻ります」


 押し付けられたそれは、田中さんの手には良くても私の手には少し余るサイズだった。


 話せ。と暗に言われても、何を言えばいいのか。

 こんな状況を招いてしまった事を謝れば?

 ううん、今は素直に助けを求めないと。

 

 すぐに心を決めた私は、言われた通りに機械の横にあるボタンを押す。


 ザーッと言う雑音が無音だった暗がりに広がった。


「……無事だな?」


 雑音の中に浮かび上がる様に通ったそれは、冷静と言うよりは、冷たく聞こえる霧峰さんの声。


 その後もザーッと雑音が流れる中で、二呼吸したところでようやく私は「……うん」と答えた。


 光るだけの無線機を握りしめ、私は返事を待つ。


 出来る限り呼吸を戻そうと、深呼吸を続ける。



 ややしばらくして、ようやく無線機から声が聞こえた。


「無事ならそれで良い」


 無線機から流れてきたその声は、私の背後からも同じように聞こえたのでした。

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