4-22 無事に家に帰るまでが
もはやいつも通りになってしまった贅沢なうどんを食べた後、今日はまた追加で甘味を頂く。
その後で満腹感を楽しみながら談笑していたら、時間はいつの間にか九時を過ぎてしまっていた。
「帰り、タクシーでなくて本当に大丈夫?」
もう帰るねと言ってから、うどん屋さんののれんをくぐって外に出た所で、何度目かの同じ質問が夜野さんから掛けられる。
「そんなに心配しなくても大丈夫よ。道もちゃんとわかっているんだから」
「そう言っても、稲月さんも疲れているでしょうし、りるちゃん寝ちゃってるから……」
りるちゃんは、今は私の背中におぶさって寝息を立てていた。
二回目の甘味が効いたのか、珍しく夜遅くまで外にいたせいか、どちらかはわからないけれど、りるちゃんは食後すぐにうつらうつらとし始めてその後寝入ってしまっていた。
いつも見ていて気づいてはいたけれど、おぶってみるとやっぱりその体は軽かった。
だからと言うか、おぶってでも歩いて帰る選択が出来る訳なんだけれどね。
「大丈夫、このぐらい全然軽いから平気平気。それに、歩いて腹ごなししないと流石に今日は食べ過ぎだから」
私は夜野さんにそう返す。
本当はもう一つ、あまりお金を使いたくないって理由もあった。
今までの質素倹約をしてきた生活的に、タクシーをホイホイと使うような金遣いは私には出来ない訳で。まぁそれは言わなかったんだけれど。
「そう……。わかったわ。でも、夜道だし気を付けてね?」
「もちろん、大きな道を通るから大丈夫。りるちゃんを起こさない程度には早足で帰るから」
「本当に気を付けてね?」
この後、二、三回、同じやり取りを繰り返してから、ようやく私は夜野さんのうどん屋から出ることが出来たのでした。
* * * * * * * * * *
「……やっぱり長く持つとちょっと重いかな」
ちょっと歩いてから独り言ちる私。
最初のうちは全然問題なかったのだけれど、案の定と言うか、言わんこっちゃないというか、次第にりるちゃんを背負うのが辛くなってきていた。
昔、薙刀の道場に通っていた時に行っていたトレーニングを思い出せばこのぐらいは頑張れるのだけれど、やっぱりちょっと辛くなってきたと言えばウソではなかった。
”それ、置いて帰ったら?”
(無茶言わないで下さい!)
こちらも案の定と言うか、ヘタレるような事を考えた拍子にイナンナ様から声が掛かる。
”ふん”
(いや、フンじゃなくてですね……)
なんて事のない会話だけれど、こんなやりとりだけでも気分と共に少しだけ背中が軽くなった気になる。
一人だとやっぱり寂しかったってわけじゃないんだけれど、ってああ、こんな事考えてたら、イナンナ様に読まれてなんて言われるかわかんないや。
なんて、一人で考えながら、私は歩みを遅くしないように極力早足で帰っていた。
早足で帰れば夜野さんの家からホテルは15分ぐらいでつくはず、いや、りるちゃんいるから20分ぐらいかな。そんな感じで簡単に時間の算段をする。
どうせあと10分も歩けばホテルに着くよね。
相変わらず夜の道は人気が少なくて、近くの信号機はいつも通りの黄色の点滅だった。
今日は曇天で月は全く隠れてしまっている。
街灯の明かりと、信号機の明かりだけが道を照らす中、私は歩道を歩く。
九時過ぎなのに片側二車線の道路には車は通らず、人気は少ないどころか見当たらない。
いつもこんなに少なかったっけ?
ちょっとだけ疑問が浮かぶが、その前に
(イナンナ様? そういえば今日の事なんですけれど)
と、イナンナ様に話しかける。
返事を期待しながら、大きめの十字路に差し掛かったその時だった。
突然、右側から強いライトが照らされる。
「車……?」
十字路の右側に止まっていた車が、ライトをつけたようだった。
わからないけれど、多分ワゴン車か軽トラックみたいな車が一台、ちょうどエンジンをつけたのかな?
暖気の為なのか、静寂の中、エンジンをふかす音が二回聞こえる。
私は警戒とまではいかなくても、ちょっとだけ気になって、十字路を渡らずに歩道の所で止まっていた。
そして、三回目のエンジン音と共に、車は急発進する。
”ナナエ!! 逃げて!!”
同時にイナンナ様の声が脳裏に強く響いた。
(逃げる、どこに?)
考える間もなくイナンナ様の言われたままに動こうとして、左右を確認して首を振ったその一瞬。
それだけで事態は手遅れだった。
信号なんて気にしないとばかりに交差点を横切り、猛然と走り来る車は良くあるワゴンカーだった。
人間、本当に危険を察知した時には逃避したくなるんだよね。
うん、なんかこれ、映画でよくあるシーンみたい。
……体は動かなくても、こんな事を考える時間だけはあった。
眼前を横切ろうとするワゴンカーのスライドドアは開いていて、そこには男が二人、素人目にもそれとわかる銃を構えていた。
次の瞬間、目に映ったのは筒の先から見える光。
唐突に音は消え、全ての視界がいつか見た白黒の世界に置き換わっていった。
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